1983.吹っ切れた者
「明日は予定通り、買出しだ。トポリの基地へ納品後、ランテルナ島へ戻る」
「了解」
翌日の夕方。
魔装兵ルベルとラズートチク少尉がランテルナ島の廃港へ【跳躍】すると、見覚えのある中年男性が防壁の外に居た。七月半ばとは言え、もう午後七時過ぎだ。崩れた建物の陰で雑妖が蠢く。
中年男性は、防壁からやや離れた木立の中で腰を屈めて何かするようだ。
「あの、そろそろ帰った方がいいんじゃありませんか?」
ラズートチク少尉が声を掛けると、彼は身を起こして見回した。手には蔓草がある。空を見上げ、二人を見ると、慌てた様子で木立から出てきた。
左手首に膨らんだレジ袋を掛け、右手には根が付いた蔓草を持って、門へ駆けて来る。長く伸びた防壁の影に入ると足を緩め、二人の前で立ち止まった。
「もうこんな時間だったんですね。有難うございます」
「何してたんですか?」
魔装兵ルベルが聞くと、中年男性は蔓草をレジ袋に押し込んで答えた。
「薬草摘みです」
三人は連れ立って防壁の門を潜った。
見覚えはあるが、声を聞いても何者か思い出せない。
衣服には呪文や呪印がない。力なき民か、魔力が発覚してアーテル本土から流れてきた者かもしれない。だが、流れ者にしては小綺麗だ。饐えた臭いがなく、服は垢染みておらず、無精髭は短い。
……薬草摘み。最近来た流れ者は、そんなコトしないよな?
防壁の外は魔物や魔獣がウロつく。
魔力が発覚して迫害を恐れ、アーテル本土から追放同然で逃れてきた者は、【魔除け】も何もない丸腰だ。様々な術で守られた街から一歩も出られない者が多かった。知らずに出ようとした者も、門番に警告されれば引き返す。
防壁の外、しかも、外縁部とは言え、森に足を踏み入れる流れ者など、ルベルの知る限り居なかった。
ルベルは更に質問を重ねた。
「薬屋さんですか? 遅くまでお疲れ様です」
「いえ、素人ですけどね。薬草を二種類だけ教えていただいて、薬屋さんで売ってるんです」
「もう閉まってるんじゃありませんか?」
空はまだ明るいが、十九時を回った。地上のカルダフストヴォー市は、既に西門付近の人通りが少ない。肉眼で見える範囲の店は看板を片付けた後だ。
「地下街のお店は、夜九時までやってるとこがあるんですよ。お兄さんたち、他所から来たんですか?」
「マコデスから出稼ぎにきた駆除屋なんです」
ラズートチク少尉が答える。
「あぁ、本土の魔獣を狩りに来たんですね」
「そうです」
「よかったら、道案内しますよ」
「えッ?」
二人が同時に足を止めると、中年男性は立ち止まって振り向いた。
「本土に土地勘あるんで、ウンダ市とか知ってる街なら案内できますよ。今、この辺はネットが繋がらなくて不便でしょう」
「どの辺りをご存じですか?」
少尉が追い付いて聞き、ルベルも歩みを進めた。
中年男性は地下街への階段に向かいながら、街の名を幾つも並べる。
「私はいつも、あの辺で薬草摘みか、そうでない時はバス停に居ますんで、お出掛けの時に声を掛けていただけましたら、いつでもご案内しますよ」
「そうですか。その辺りで契約が取れた時は、よろしくお願いします」
ラズートチク少尉が当たり障りのない返事をして地下街へ降りる。
……バス停に居た星の標か。
ルベルは歩みを速め、彼の横顔を見下ろした。
清潔になっただけでなく、目には生気が宿る。
何があったか気になったが、迂闊なコトは言えない。そっと少尉を窺うが、上官は無反応だ。
「じゃあ、何か御用の時はいつでも言って下さいね」
「えぇ。その時はよろしくお願いします」
様々な料理の匂いが入り混じる煉瓦敷きの通路で、小さく手を振って別れた。
仕事帰りに夕飯へ向かう者で、地下街チェルノクニージニクは人通りが多い。
「私が追跡する。お前は先に夕食を摂り、いつもの宿を取れ」
「了解」
魔装兵ルベルは、先に行商人用の宿を押さえ、荷物を置いて獅子屋へ向かった。夜は力なき民向けに酒を出すが、まだ時間が早く、酔客は少ない。
カウンター席に着くと、ここにも見知った顔があった。魔力が発覚し、親子でランテルナ島へ渡ってきた男性だが、あの時一緒だった幼い息子の姿がない。
「あ、あぁ、駆除屋さん。その節はどうも」
「えっと、こんばんは。あの……息子さんはどうされました?」
「養子に出しました」
「えッ?」
一番安い「今夜の定食」が、中年男性の前に置かれる。ルベルは給仕の女性に同じものを注文した。
本土を追放された男性は、湯気を立てる料理に手をつけず、カウンターを見詰めて言う。
「あれから、宿屋さんたちに水を操る術を教えてもらいまして、お店の清掃の仕事に就けたんですけどね」
「就職できたんですか。よかったです」
「二人分の食費にもならなくて、宿代は有り金を取り崩して払っています」
あちこち掛け合い、やっともう一カ所、掃除させてくれる店がみつかった。
二件目は薬専門の素材屋で、幾つか薬草を教えてくれたが、彼は防壁の外へ、況してや森に行くなど恐ろしく、薬草採取に手を出せなかった。
自分に万一があれば、幼い息子はどうなるのか。
仕事はそれぞれ開店前と閉店後だ。午前中は宿に居て、拾った古新聞を使って息子に読み書きなどを教え、昼からは他の働き口を求めてあちこち回る。
素材屋の主人に薬草を採って来ないのかと聞かれ、正直に理由を語った。
店主は最後まで聞き、息子を医者の家へ養子に出してはどうかと勧めた。彼には子がないが、後継者が必要だ。修業は厳しいが、悪いようにはしないと言う。
「何日も悩んで、息子に伝えて、息子も何日も迷って、結局、息子の方から医者の所へ行くと」
「呪医の養子なら、街の人もみんな、大事にしてくれますよ」
「素材屋さんにも言われましたが、ホントだったんですね?」
昼食は毎日、父親が医者の家に招かれ、医者と父子、使用人五人で食卓を囲む。
勉強は難しいが、息子はすぐ水を操る術を使えるようになった。刺繍入りのいい服を着て、健康状態も悪くない。みんながやさしくしてくれると言う。
「息子が私を心配させまいと、嘘を吐いたんじゃないんですね。信じていいんですね?」
「呪医になれる人材は限られてるんで、魔法文明圏の国ならどこでも大切にされますよ」
「よかった……これでよかったんだ」
男性は、冷めた料理に涙の雫を落とした。
☆マコデスから出稼ぎにきた駆除屋……「1726.作戦前の共有」参照
☆ウンダ市とか知ってる街……「1904.自警団長の剣」参照
☆バス停に居た星の標……「1779.神学校の被害」「1898.仮契約の相談」「1899.突然の七連休」「1935.休暇が潰れる」参照
☆魔力が発覚し、親子でランテルナ島へ渡ってきた男性……「1777.魔獣との戦争」~「1779.神学校の被害」参照
☆宿屋さんたちに水を操る術を教えてもらいまして……「1794.あちらの不幸」「1795.稼ぐ為の知識」参照
☆息子を医者の家へ養子に出して……「1796.生存の選択肢」参照




