1982.商取引の進化
魔装兵ルベルは、ニュースサイトからの情報収集を一通り済ませ、スーパーマーケットで見た「クレジットカード」とやらについて調べた。
レジ付近には色とりどりの見本写真が並び、どうやら支払いに使うらしいと推測できたが、何故あんなカードで買物できるかわからない。
クレジットカードが使える店舗は、規模の大小を問わず、身分証での確認が厳重で、ネモラリス人には決して販売しない姿勢を示すことが決済の仕組み以上に気になった。
まず、ラクリマリス王国内にあるスーパーマーケットの公式サイトを見て回る。
支払方法の項目を見ると、ルベルにもわかる現金、商品券の他、電子マネーとクレジットカードもあった。その中で、商品券と電子マネー、クレジットカードの項目は、この店で使える種類の見本写真がずらりと並ぶ。
……会計係って、これ全部、暗記してんのか。
名称と模様、発行企業の他、支払い時の注意事項も細かい字でびっしり書かれ、呪印を憶えるより大変そうだ。
電子マネーの扱いがない店でも、クレジットカードは通用する。どうやら、クレジットカードの方が便利で、普及が進んだものらしい。
……クレジットって、確か共通語で銀行預金とか信用って意味だよな?
スーパーマーケットの支払い方法はもうひとつ、宅配利用の会員限定で銀行口座からの引落しがある。
毎月、購入分を月末にまとめて指定口座から自動振込みする。電話代などと同じ仕組みの支払い方式で、これはルベルにもわかった。
……あれっ? じゃあ、このクレジットカードって何するものなんだ?
今度は、クレジットカードの見本写真に貼られたリンクから、発行会社の公式サイトを閲覧する。
開いた途端、大仰な装飾の付いた宣伝文句が現れた。
〈バルバツム連邦での年間使用実績一位!〉
〈世界百五十カ国以上でご利用いただけます!〉
勧誘やキャンペーン情報の山から、企業情報のページをどうにか探し当てた。
このクレジットカード会社は、本社がバルバツム連邦にある。
バルバツム連邦は、ネモラリス共和国への経済制裁で中心的役割を果たす。
この決済手段を導入した店舗は、ネモラリス人に販売すると、クレジットカード払いの商品代金を回収できなくなる可能性があるのだ。
次に「ご利用の流れ」のページを見た。
カードの利用者は、加盟店での会計時、機械にカード番号を読み込ませ、暗証番号を入力する。購入金額を何回の分割払いにするか選択。翌月、商品代金の割賦が銀行口座から引落される。
リボルビング払いを選択すると、月々の引落し額は一定だ。
いずれの場合も、商品を購入した店への支払いは一旦、クレジットカード会社が立替える。
カードの所持には、収入や資産などの審査が必要だ。
……ん? つまり、借金して買物するってコト?
外国での買物の際、現地通貨への両替が不要で、盗難時の保証もある。割引など様々な特典が付くが、手数料や借金の利息の支払いが必要だ。
……このリボルビングって言うの、追加で買物したら、いつまで経っても借金減らないよな? 何の為にあるんだ?
魔装兵ルベルには、支払い能力があるにも拘らず、スーパーマーケットで食料品を購入するのにわざわざ借金する感覚が理解できなかった。
ネモラリス共和国にも銀行はあるが、最近知った「キャッシュカード」とやらはない。
デビットカード機能付きのキャッシュカードなら、レジでの支払いを銀行口座から直接引落せるらしいが、クレジットカードの方が普及率が高かった。
ネモラリス共和国が半世紀の内乱からの復興でモタつく間にも、世界の商取引は進化を続け、この三十年余りで、すっかり取り残されてしまった。
……外国と取引のある商社や製造業者って、こう言うの導入する用の法律を作って欲しいって、要望とか出さなかったのかな?
アル・ジャディ将軍によると、インターネットは軍が何度要望を出しても予算がつかず、外国の通信事業者が参入しようにも法整備すらされないという。
ネモラリス共和国もそうだが、魔法文明圏での取引は、基本的に物々交換が主流だ。しかし、科学文明圏の企業が相手では、そうはゆかない。
ルベルは首を捻った。
……そう言うのも、復興が遅れる原因なんだろうに。
夕食後、ラズートチク少尉にリストヴァー自治区からの留学生の件と、クレジットカードについて聞いてみた。
「クレジットカードなど、決済方法の件はインターネットの導入と同じく、我々の仕事ではない。だが、留学生の件は、更に調査が必要だな」
「何を調べましょう?」
「そうだな。差し当たって、エンシスと言う留学生の実在。存在するなら、現在の居所と作業した工房。他にも自治区出身の留学生が居るか。アーテル領への移動経路などだな」
「クブルム街道から、ラクリマリス領を経由して、南北のヴィエートフィ大橋を渡った線は薄いでしょうね」
ルベルが言うと、少尉は唇に薄く苦笑を浮かべた。
「念の為、自治区の守備隊に調査させる」
「工房は別の記事に載っていました。星道の職人ザーイエッツの金属加工工場だそうです」
「ザーイエッツ? 大統領選に出馬した星道の碑党の議員か?」
「あッ!」
ルベルは慌てて記事のスクリーンショットを開いた。本文下の関連記事一覧に大統領選の見出しが並ぶ。
聞き覚えのある名だと思ったが、すっかり失念してしまった。
少尉は何も言わず、ルベルの画面を覗いて検索し、星道の碑党本部の公式サイトを表示する。
ザーイエッツ議員と貧相な少年が、完成した剣を両手で抱えて微笑む写真が大きく載る。
〈光ノ剣が完成〉
〈ルフス光跡教会で授与式に出席〉
画面を下にずらすと、集合写真が現れた。
ラズートチク少尉はページのスクリーンショットを撮り、各画像をダウンロードして保存した。
「あれっ? アーテルのサイト……? インターネットに繋がる?」
「衛星移動体通信の設備を導入したのだろう」
「あ、そ、そうですね。カネ持ってそうなとこですし、そうですよね」
湖底ケーブル破断の影響から脱し、信仰心の篤さと技術力を世界に向けて宣伝する。魔装兵ルベルは、この職能集団の政党を手強いと思った。
☆クレジットカードが使える店舗は(中略)身分証での確認が厳重……「1897.物資納品作業」参照
☆バルバツム連邦は、ネモラリス共和国への経済制裁で中心的役割……「1842.武器禁輸措置」「1843.大統領の会談」参照
☆インターネットは(中略)法整備すらされない……「410.ネットの普及」「411.情報戦の敗北」「1642.所持の可能性」参照
☆工房は別の記事に載っていました……「1899.突然の七連休」参照
☆星道の職人ザーイエッツ/大統領選に出馬した星道の碑党の議員……「1138.国外の視点で」「1345.当落要因分析」「1346.安定には遠く」「1362.情報を与える」「1363.反応を調べる」参照
☆衛星移動体通信の設備……「1262.沈みゆく泥船」「1293.ずれた解決策」「1318.連邦での反応」「1343.低調な投票率」「1344.投票所周辺で」参照
☆湖底ケーブル破断……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」参照




