1981.間接的な情報
アーテル共和国は、半世紀の内乱によるラキュス・ラクリマリス共和国からの分離・独立で、キルクルス教を国教と定めた。力なき聖者の教えに基づいて政策決定するキルクルス教国家だ。
……二重規範だよな。
国民に魔術の使用を禁止した手前、国家やキルクルス教団による使用を公表できないのだろう。
いっそ公表して、使っていい術と禁呪を明確にした方が、民の暮らしはよくなりそうなものだ。
「それをすると、ランテルナ島へ隔離した魔法使いが力を得て、本土の力なき民を中心とするキルクルス教徒の立場が危うくなる」
ラズートチク少尉は、魔装兵ルベルの問いに遠い目をして応えた。
ネーニア島南部ラクリマリス王国領グロム市に滞在して三日目。
今日は買出しには行かず、宿で情報収集する。
ラクリマリス王国領では、湖底ケーブル破断の影響を受けない。
タブレット端末でインターネットに接続し、ルベルはラニスタ共和国、バルバツム連邦、ラクリマリス王国、アミトスチグマ王国のニュースを閲覧する。
ラズートチク少尉は、キルクルス教団や慈善団体、企業などの動きを探る。
首尾よく湖底ケーブルを切断し、アーテル共和国全土で通信障害を発生させたまではよかったが、こちらも、同国内の情報を収集し難くなった。
関係国の報道などから間接情報を得て推測するしかないのがもどかしい。
ウートラ班長ら工兵隊の四人はアーテル領内に潜伏し、南ヴィーエトフィ大橋周辺で現在も、不定期に爆発を生じさせる。
湖底ケーブルの修理を妨害する他、現地のラジオニュースをカセットテープで録音し、司令本部へ送った。
インターネットがほぼ使えず、新聞は土魚の大量出現で配達不能に陥り、雑誌などを買いに行くのも居住地によっては命懸けだ。
アーテル共和国の一般人は、テレビとラジオだけが情報源になりつつある。
テレビの方が、図解や映像などでより多くの情報を得られるが、ネモラリス共和国にはテレビジョン受像機も、その録画を再生できる機器もなかった。
購入してもいいが、ネモラリス軍司令本部は、操作が簡便で、テレビでは報道しない情報が出るとの理由で、ラジオからの情報収集に絞る。
魔装兵ルベルは、星光新聞ラニスタ共和国版の公式サイトを開いた。
国際ニュース一覧から、アーテル共和国に関する情報を拾う。「連邦軍へ 光ノ剣授与式 ルフス」の記事を開いた。
連邦軍へ 光ノ剣授与式 ルフス
アーテル共和国の首都ルフスでこのほど、光ノ剣授与式が執り行われた。
式典は、同国で最も由緒あるルフス光跡教会で行われ、関係者と報道陣に公開された。
同国に派遣されたバルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊のルスタートル司令官他、各部隊からの代表計十名と、バルバツム連邦のオウィス大使、大聖堂から派遣されたレフレクシオ司祭らも参列した。
アーテル共和国では、ルフス神学校で聖典の解析が進み、星道記に記された光ノ剣の復元と技術継承が二百年以上続く。同神学校は、ルフス光跡教会と並んで創立二百五十年以上の歴史を誇る。
バルバツム連邦では既に光ノ剣の鍛造技術は失われ、現存するものは歴史的な価値が高い貴重な遺物のみだ。
封印の地ムルティフローラに近いアーテル共和国では、聖典の“聖別された武器”を復活させ、日々新しい剣が鍛造される。
製造に携わるのは、星道の職人とルフス神学校の神学生たちだ。
同国では昨秋から多数の魔獣が出現し、現在は全ての学校で休校措置が続くが、神学生の一部は、星道の職人の許で実技を学ぶ。ネモラリス共和国のリストヴァー自治区からの留学生も、聖者キルクルスが遺した技術の継承に励んだ。
実戦での使用に耐える魔を祓う剣は、既にアーテル陸軍対魔獣特殊作戦群の制式装備として採用され、ルフス神学校に侵入した魔獣の駆除などで威力を発揮している。
■リストヴァー自治区からの留学生も
今回、連邦陸軍に授与された光ノ剣十振りの内、一振りはリストヴァー自治区からの留学生が手掛けた。
留学生のエンシス君(十年生)は、ネモラリス政府とフラクシヌス教原理主義の武装集団ネミュス解放軍による迫害を逃れ、アーテル共和国に亡命した数少ないネモラリス人信徒の一人だ。
ネモラリス共和国政府は独立以来、キルクルス教徒に劣悪な環境の自治区への居住を強制し、信仰による差別と人権侵害を国際社会から批難されるが、信仰に基づく住み分け政策を堅持する姿勢を崩さない。
ネミュス解放軍の自治区侵攻後、ネモラリス政府軍は自治区防衛名目で部隊を駐留させるが、魔法使いの兵士が駐留部隊の大半を占める。
◆大聖堂から派遣されたレフレクシオ司祭の談話 要旨
「アーテル共和国で最も歴史あるルフス光跡教会で、光ノ剣授与式に立会えたことは身に余る光栄です。現在も、星道記の技術が実践されていることは非常に喜ばしく、アーテルの地で暮らす信徒の皆様が、一日も早く安全に暮らせますよう、お祈り申し上げます」
◆駐アーテル共和国バルバツム連邦大使オウィス氏の談話 要旨
「この度は、歴史的な瞬間に立ち会えたことを光栄に思います。この光ノ剣は、我が国とアーテル共和国、そして、リストヴァー自治区の信仰と友好の架け橋となることでしょう。また、我が国には、アーテル共和国が一日も早く平和と安全を取り戻すことへ協力する用意があります。リストヴァー自治区の人権状況の改善に向けて、これまで以上に国際社会へ訴えて参ります」
◆バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊ルスタートル司令官の談話 要旨
「現代に甦った聖典の武器を授けられたこと、大変光栄に思うと同時に今回の任務の重さを噛みしめております。聖者様の叡智の結晶である光ノ剣を携え、アーテル軍の支援をより一層、強力に遂行する所存であります」
◆リストヴァー自治区からの留学生エンシス君の話
「大役を任されて緊張しました。聖典に書いてある通りに剣ができてよかったです。兵隊さん、頑張って魔獣をやっつけて下さい」
……留学生? 一体、どうやって自治区を脱出してアーテル領へ渡ったんだ?
魔装兵ルベルは、ネモラリス政府とラニスタ人記者の認識の齟齬も気になるが、自治区民の国外脱出経路と手段が気に懸った。
元星の標が自治区から逃亡を試みたが、クブルム街道を使う経路では魔獣に襲われ、それなりの戦闘訓練を積んだ成人男性十一人の内、生きて北ザカート市まで到達できたのは三人だけだった。
記事は神学校独自の学年表記だけで、年齢の記述がないが、エンシスと言う留学生が実在するなら、このやや幼い口調から、恐らく中学生くらいの子供だろう。
ルベルは取敢えず、記事のスクリーンショットとテキストを保存した。
☆湖底ケーブル破断……「1218.通信網の破壊」~「1222.水底を流れる」参照
☆アーテル共和国全土で通信障害を発生……「1223.繋がらない日」~「1225.ラジオの情報」参照
☆ウートラ班長ら工兵隊の四人……「1214.偽のニュース」~「1217.工兵との会議」参照
☆南ヴィーエトフィ大橋周辺で不定期に爆発……「1240.基地局の種類」参照
☆湖底ケーブルの修理を妨害……「1261.対クレーマー」参照
☆土魚の大量出現……「1698.真夜中の混乱」~「1700.学校が終わる」参照
☆光ノ剣授与式/レフレクシオ司祭らも参列……「1899.突然の七連休」「1905.王都の来訪者」参照
☆封印の地ムルティフローラ……「359.歴史の教科書」「874.湖水減少の害」、キルクルス教徒の認識「1073.立ち止まろう」参照
☆ネミュス解放軍の自治区侵攻……「893.動きだす作戦」~「906.魔獣の犠牲者」「916.解放軍の将軍」~「918.主戦場の被害」参照
☆元星の標が自治区から逃亡……「1038.逃げた者たち」参照
☆クブルム街道を使う経路(中略)生きて北ザカート市まで到達できたのは三人だけ……「1129.追われる連中」~「1131.あり得ぬ接点」参照




