0202.ネットの環境
「何それ?」
魔法使いの工員が聞く。
ファーキルは、材質のよくわからない四角い物をみんなに見せながら答えた。
「タブレット端末です。これには電話の機能がないんで、親戚に連絡はできないんですけど、ニュースとかは、電波の届くとこまで行けば、見られますよ」
アミエーラにはちんぷんかんぷんだ。他のみんなも首を傾げる。
工員だけが唯一人、わかったような顔で質問を重ねた。
「ひょっとして、インターネット? でも、ラクリマリスって魔法文明寄りで」
「巡礼のついでに観光する外国人が多くて、外国の通信会社が王様の許可を取って、自立式の通信設備を領内のあっちこっちにいっぱい作ったんです」
ファーキルは少し考えながら答えた。それにも、工員だけが頷く。
「ラクリマリス人でこう言うの持ってるのは、それ関係の仕事の人か、俺みたいな力なき民くらいですけど……」
それ関係の仕事がどんな仕事か、アミエーラには想像もつかない。
工員が、目を輝かせて更に聞く。
「どこまで行けば、接続できるんだ?」
「多分、山を越えれば……これ……本体は、太陽電池で動かせるんで、天気が良ければ、電力の心配はしなくても大丈夫です」
ファーキルは、話の通じるネモラリス人の存在で少し元気を取り戻したのか、すらすら説明した。
「では、明朝、南へ抜け、ラクリマリスの情報を見て、どうするか決め……」
「あ、ラクリマリスの報道機関自身は、インターネットで配信しないんです」
ファーキルが慌てて隊長を遮った。
早口に説明を付け加える。
「外国の通信会社とか、近所の国の報道機関とかが出してる情報で、間接的になんですけど……」
「ありがとう。それでも、ないよりマシだ。ある程度の判断材料にはなる」
隊長は苦笑で応じた。
◆
今夜の見張りは、最初にレノと新入りのファーキルが立つ。
魔法使い二人と小学生二人、病み上がりのアミエーラと運転手のメドヴェージは休ませ、他の者たちで回す。
「えっと、じゃあ、俺、北を見張るから、君は南をよろしく。何か来たら、助手席のクルィーロを起こして」
「わかりました」
ラクリマリス人の少年は、素直に返事をしてトラックの前方に立った。
この隧道内で見張る対象は、人間か車輌だ。
戦争中とは言え、魔物ではなく人間に気を付けなくてはならないのが、悲しい。
レノは、放送局で拾った肩掛けとピナの手袋、ティスのマフラーを借りて寒さを凌ぎ、隧道の北口を見張った。
月が出たのか、出口付近はうっすら明るい。
……フラクシヌス教徒のみんなは、きっとアウェッラーナさんに賛成だろうな。
特にラクリマリス人のファーキルはそうだろう。
最悪、アウェッラーナと二人で、歩いてでもグロム市に帰るかもしれない。湖の民の薬師が一緒なら、他の誰よりも心強いだろう。
ファーキル自身は力なき民だが、【魔力の水晶】があれば使える術を幾つか使えるような口振りだった。
二人が抜けるのは、一行にとって大きな損失だ。
もし、みんなが別れるなら、その境目は信仰だ。
自治区民のアミエーラはアウェッラーナに賛成したが、明日になれば気が変わるかもしれない。
南へ行くのは、空襲などの心配がない分、トラックがなくても安全だろう。
魔物は、魔法使いの二人とロークとファーキルが持つ【魔力の水晶】で、【魔除け】や【簡易結界】を使えば、何とかなりそうだ。
……メドヴェージさんしか免許ないし、トラックは北に譲るしか……あッ!
レノはそこまで考えて気が付いた。
リストヴァー自治区の住人が、許可証なしで地区から出ると処罰される。行き先が北でも南でも、キルクルス教の信仰を隠さなければならないのは、同じだ。
アーテル軍は「リストヴァー自治区は空襲の対象から除外する」と宣言した。
そもそもこの戦争は、アーテル共和国が「自治と称した隔離政策で、ネモラリス政府に弾圧される信徒を救う」名目で始めたのだ。
普通に考えれば、自治区民のアミエーラが「避難」する必要などない。
……あれっ? 何であの人の上司は、自治区もどうなるかわからないって、避難させたんだ?
それを今更、少年兵モーフの近所の人に聞いても、わからないだろう。
無許可外出で捕まる危険を冒してでも、逃げなければならない理由は何なのか。
号外に載った火災なら、燃えずに済んだ団地地区に留まってもいい筈だ。
……やっぱ、火事で大勢亡くなったから、マスリーナ市みたいに魔物が強くなるかもってコトかな?
上司が一緒に逃げないのは腑に落ちないが、今のレノにはそのくらいしか思いつかなかった。
レノは荷台を振り向いた。みんなよく眠っている。
少なくとも、クルィーロとアマナは、ネモラリス島の首都まで行けば、父親と再会できるかもしれない。
レノたち椿屋の兄妹は、ネモラリス島に親戚は居ないが、クルィーロの父の伝手で何とかしてもらえないか、頼んでみるつもりだ。
そう言えば、アミエーラの遠縁もネモラリス島に居ると言った。だから、ラクリマリス領経由でネモラリス島へ行くことに賛成したのだろう。
……まぁ、何もかも明日の朝……ラクリマリスのコトを言ってるニュースを調べてもらってからだな。
最初の見張りは何事もなく、二番目のソルニャーク隊長とピナに替わった。
「じゃあ、次、よろしく」
レノはいつも通り、妹に手袋とマフラーを渡し、ファーキルと共に荷台へ上がった。




