1978.麓の開墾作業
クフシーンカが、大工のフェロスと雑木の伐採について打合せした一週間後。菓子屋の妻が、木の実を持ってクフシーンカ宅を訪れた。
「私、最近ずっと、東教区の畑を作るお手伝いに行ってるんですよ」
「まぁ、大変な作業を。お疲れ様です」
クフシーンカは、客人の前に香草茶を置いた。茶器から香気が立ち昇り、台所を満たす。
「私は力仕事じゃなくて、大工さんたちが切った枝を束ねるだけですから、大したコトありませんよ。それより、午後からお手伝いに来て下さるフェレトルム司祭様の方が、みんな助かってますよ」
「えぇッ? 司祭様、そんなコトまでして下さるの?」
大聖堂から派遣されたフェレトルム司祭は、不定期に薪拾いの手伝いをする。
リストヴァー自治区の住民との距離を縮める為でもあるが、最大の目的は、クブルム街道へ登ってラクリマリス王国の電波を使い、インターネットでバンクシア共和国の大聖堂などと連絡を取ることだ。
アーテル共和国に派遣されたレフレクシオ司祭とは、湖底ケーブルの破断による通信途絶で、未だに音信不通が続く。ラニスタ共和国へ行ったチェルニテース司祭とは遣り取りでき、互いの安否確認も兼ねて連絡するらしかった。
だが、今回、開墾する土地は、東教区の南端ではあるが、クブルム山脈の麓だ。密輸端末を所持する区長は、ある程度まで街道を登らなければ、電波を拾えないと言った。
「えぇ。多分、農家の人たちがイヤがらせしないように見張って下さってるんだと思うんですよ」
「何かありましたの?」
非協力的なだけならまだしも、まさか積極的な妨害までするとは思わなかった。
「初日のお昼過ぎ、農業組合長さんと取巻き連中が、わざわざ車で来ましてね」
まだ涼しい午前中は、自分たちの畑仕事をするから来なかったのだろう。昼食後に五人で来て、いちゃもんを付け始めた。
東教区で作業する者たちは、少し北の広場に休憩用のテントを設営し、十五分交代の人海戦術だ。昼食と昼休みも交代で、作業全体は中断なしで続ける。
農業組合の五人は広場を素通りし、クブルム山麓の作業場まで車で乗り付けた。
「こんなとこの木を伐ったりしたら、雨の日に土砂崩れが起きるぞ」
「心配して来てくれたのか。ありがとよ」
東教区の男性が、本気かイヤミか判然としない口調で、農業組合長に応じる。
「それに伐った木で柵を作るって?」
「一石二鳥でいいだろ?」
農家の一人が質問する。
「こんな斜面で、ロクに基礎工事もしないで、丸太だけ突き刺す気か?」
「何の工事か知らんが、兵隊さんがやってくれるみたいなコト言ってたぞ」
「俺らはその間、丸太の防腐加工……それも材木の工場がしてくれるし」
「俺らがすんのは、木ぃ伐って枝葉取って運ぶとこまでだ」
「どうせ今年中にゃ、種蒔きなんざできねぇし、気長にせにゃなぁ」
東教区の住民は悪気なく応じたが、組合長は赤くなったり青くなったり忙しい。
「大体、畑が完成したところで、こんな山に近い場所、魔獣に襲われて死ぬだけだぞ」
「木の柵なんかじゃ魔獣は防げない」
「俺たちがどんだけ苦労して頑張っても、無理だったんだからな」
「武器取り上げられて、自警団なんかないも同然だ」
「やめとけ、やめとけ」
組合長と取巻きたちは、東教区の住民を案じる体で、諦めさせようと口々に危険を並べる。
「コウタイのジカンですよ」
フェレトルム司祭が、東教区の住民九人と共に広場の休憩所から、作業場所へ上がってきた。思わぬ人物の声に組合長たちがぴたりと黙る。
フェレトルム司祭はバンクシア人で、着任当初は共通語しかわからなかったが、最近は湖南語をかなり聞き取れるようになり、片言の短文ならどうにか話せるようになった。
「おテツダイにキてますか? アリガトウございます」
「あ、いえ、私ら自分の畑がありますから、ここの手伝いまではできませんし、燃料不足で農機を動かせないもんですから、手作業用の農具も貸してあげられないんですけどね。昼休みにちょっと様子見て、危ないとこ教えてたとこなんですよ」
司祭に微笑を向けられ、組合長が言い訳をすらすら並べる。
「そうですか。アブナイ、なにですか?」
「みんな、兵隊さんが何とかしてくれるコトばっかなんで、大丈夫っス」
東教区の男性が、組合長より先に答えると、司祭は微笑んで頷いた。
「司祭様、その袋は何ですか?」
農家の一人が、司祭ともう一人の二人掛かりで運んできたフレコンバッグを指差した。
「ハッパうめる。一年後、ヒリョウです」
「あっちのテントで、切った枝から葉っぱ外して、ここの土に埋めといたら、来年くらいにはいい感じの腐葉土になるそうなんで、みんなで手分けして作業してるんですよ」
菓子屋の妻が補足すると、今度は組合長が荒れ地をスコップで穿る者たちを指差した。
「じゃあ、あいつらは何してるんです?」
「白い地虫がお薬の材料になるとかで、兵隊さんに渡したら食べ物と交換してもらえるんですよ。私はあんな気味悪い虫、絶対触りたくありませんけどね。上等の缶詰や何かと換えてもらえるそうで、平気な人はみんな張り切ってるんですよ。兵隊さんたちは自分じゃお薬作れないから、トポリの陸軍病院へ持って行くって言ってましたけどね。もしかしたら、組合長さんたちの畑にも居るかもしれませんし、みつけたら捕まえとくといいんじゃありませんか」
菓子屋の妻が捲し立てると、組合長は目を白黒させた。
「そう言や、燃料なくて農機動かせないのに車で来たよな。何で?」
「軽油とガソリンは別物だ。軽油は工場でも使うから、近い内に操業できなくなるとこが出て来るぞ」
交代しに来た男性の指摘に思い掛けない反論をされた。
「司祭様は、今日だけお手伝いなんですか?」
「いいえ。毎日、おテツダイです」
「そ、そうですか。熱中症にはくれぐれもお気を付け下さい」
「司祭様に何かあったら申し訳ないんで、ここの手伝いは、しないでいただいた方がいいんですけどね」
「いいえ。毎日、みなさんとトモにおテツダイです」
司祭が発音こそたどたどしいが、きっぱり言い返すと、組合長たちは挨拶もそこそこに退散した。
「それっきり、一回も来なくなりましたから、助言じゃなくて、イヤがらせに来てたんだなって、みんなで言ってたんですよ」
「まぁあ……」
クフシーンカは呆れて、言葉もなかった。
☆大聖堂から派遣されたフェレトルム司祭……「1007.大聖堂の司祭」参照
☆クブルム街道へ登ってラクリマリス王国の電波……「505.三十年の隔絶」「562.遠回りな連絡」「630.外部との連絡」参照
☆インターネットでバンクシア共和国の大聖堂などと連絡……「1038.逃げた者たち」→「1079.街道での司祭」「1080.街道の休憩所」「1107.伝わった事件」参照
☆レフレクシオ司祭とは(中略)音信不通……「1107.伝わった事件」参照
☆ラニスタ共和国へ行ったチェルニテース司祭……「1568.礼拝での問い」~「1570.本格的な聖歌」参照
☆密輸端末を所持する区長……「505.三十年の隔絶」「630.外部との連絡」参照
☆武器取り上げられて……「920.自治区の和平」参照
☆白い地虫がお薬の材料になる……乾燥「0245.膨大な作業量」「0250.薬を作る人々」「0256.兄妹水入らず」、生「345.菜園を作ろう」参照




