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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十八章 与国

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2005/3516

1956.飢鬼蜂の大群

 五日目の午後、最初に気付いたのはレノだった。

 「何か、耳鳴りみたいな、変な音しないか?」

 「え?」

 クルィーロは幼馴染に聞かれて耳を澄ました。薬師(くすし)アウェッラーナも、護りの敷石の上から薬草に伸ばしかけた手を引っ込めて、立ち上がる。


 低く唸る地鳴りのような音が(かす)かに聞こえる。

 地震かと思ったが、足元に振動はない。


 森の奥へ向かう道の西では、素材屋プートニクと地元の狩人が、仕留めたばかりの火の雄牛を解体中だ。道路保全作業の四人は、荷車から降ろした新品の敷石を設置するのに忙しく、音に気付かない。


 クルィーロは道の東に目を転じた。

 木立の間に黒い雲のような塊が見える。

 「うわ、なんだアレ?」

 「えっ? イヤぁッ! 蜂!」

 アウェッラーナが緑髪の頭を抱えてしゃがむ。

 「蜂?」

 背後を見張るラゾールニクは、東を見て息を呑んだが、すぐ我に返って叫んだ。

 「う、飢鬼蜂(うえきばち)だ! プートニクさん!」


 地鳴りのように聞こえたのは、一匹が雀くらいもある大型蜂の羽音だ。何匹の群なのか、森の一画が暗く見える。羽音が大きくなるにつれ、小鳥が鋭い警告の声を発して上空へ逃れ、小動物があちこち逃げ惑う姿が増えた。


 「水! 【操水】でテントみてぇなモン作ってすっこんでろ!」

 プートニクが叫び、保全作業員が顔色を失って作業を中断する。林業組合の職員が、作業服のポケットから【無尽の瓶】を出したが、落としてしまった。藪に転がり落ちた【瓶】が、外見の容量以上の水を垂れ流す。

 クルィーロも蓋を開けようとするが、手が震えて思うようにゆかない。レノが横から【無尽の瓶】をひったくり、あっさり蓋を開けてクルィーロの手に返す。礼を言う余裕もなく、早口に呪文を唱えた。

 一区画……護りの敷石十六枚分を水壁で囲み、天井を閉じる。


 外に居るのは、素材屋プートニクと緑髪の狩人だけだ。

 飢鬼蜂(うえきばち)の群が間近に迫る。複眼の間に触覚とは別に角が見えた。尻から突き出た針には毒があり、大きな顎は、刃物のように動物の肉を切り裂いて喰らう。


 ……こんな大群、【不可視(みえず)の盾】じゃムリだよな?


 「太陽の子 (いつき)の敵よ 地より()る根を張るもの損なわず

  (しし)焼き焦がし 高光(たかびか)天日此処(あまつひここ)へ 傍生(ぼうしょう)喰らい尽くせ」


 プートニクは、すぐ近くで力ある言葉を叫んだが、水壁越しの声は遠い囁きに聞こえた。

 術者の眼前に荷車の車輪のような火輪が現れる。プートニクが大剣を薙いだ。火輪が宙で横倒しになり、膨らみながら回転して蜂の大群を襲う。

 火のついた飢鬼蜂(うえきばち)が逃げ惑い、一呼吸の間もなく森の地面へ落ちてゆく。


 「風よ、燃え上がる氷の上を渡れ」


 狩人も別の呪文を唱えた。地面に手をついた術者の足元から冷気の柱が起ち上がり、鋸刃(のこば)型の軌跡を描いて地表を走った。

 低い位置を飛ぶ飢鬼蜂(うえきばち)が腹や翅を切り裂かれ、全身を霜に包まれて落ちる。

 プートニクは再び火輪の術を使うが、群がバラバラになってあまり倒せない。


 「天地(あめつち)の 間隔(あわいへだ)てる 風含む 仮初(かりそ)めの 不可視(みえず)の壁よ

  触れるまで (たぎ)真水(さみず)に 姿似て ここに建つ壁」

 ラゾールニクが呪符四枚を敷石の四方に貼り付け、水壁の内側に【真水(さみず)の壁】を建てた。必死の形相で頭上を指差す。

 「クルィーロ君、上! 上に水、分厚く!」

 「は、はいッ!」

 宙に【壁】は建てられない。壁にした水を【操水】で天井に集め、アウェッラーナの隣にしゃがんだ。


 ……落ち着け! 慌てるな!


 クルィーロの魔力では、長時間維持できない。上着のポケットから小袋を出し、【魔力の水晶】を一個握る。

 「飢鬼蜂(うえきばち)の針は、【鎧】でも防げないんです」

 「えッ?」

 「飢鬼蜂専門の駆除屋さんでも、毎年、何人も入院するんです」

 薬師(くすし)アウェッラーナが、足元の石材に震える声を落とした。


 飢鬼蜂(うえきばち)が数匹、こちらに来る。水壁を易々と突破したが、【真水(さみず)の壁】を薄青く染めただけで離れた。

 不吉な羽音に大顎を鳴らすカチカチと言う音が加わり、クルィーロの背筋を冷たい汗が伝う。

 顎が鳴る度にこちらへ数匹ずつ寄って来ては、【壁】に体当たりして離れた。


 林業組合の職員が、アウェッラーナの肩を軽く叩く。

 「薬師(くすし)さん、なるべく安い薬草、何本かもらえませんか?」

 「え? どうするんです?」

 「あいつら、草を焼いた煙をイヤがるって聞いたコトがあります」

 「倒せるワケじゃないけど、牽制くらいにはなるかも」

 「わ、わかりました」

 アウェッラーナは傷薬になる薬草を一掴み袋から出した。

 林業組合の一人が【操水】で水分を抜き、もう一人が作業服の肩からボールペンを抜いて石材に円を描く。【炉】で点火した薬草を振って火を消し、【操水】で束の端を水に持たせた。


 クルィーロは生きた心地がしないが、飢鬼蜂(うえきばち)が離れたのを見計らい、水天井の一部を細く開けた。充満した煙が流れ、飢鬼蜂が一斉に離れる。


 プートニクは火輪を盾のように使い、蜂の攻撃を防ぎつつ倒すが、狩人は角の突撃を受けて傷だらけだ。

 群の大半は、先に倒した火の雄牛の死骸に(たか)る。

 「煙ー!」

 「煙、使って下さい!」

 作業員たちが叫び、狩人が水塊に握られた薬草の束に気付いた。

 角で受けた傷に飢鬼蜂(うえきばち)の大顎が喰らいつき、返事をしかけた声が悲鳴に変わる。水塊が狩人の足元に薬草の束を置き、彼の肉を齧る蜂を包んで引き剥がした。狩人は両腕で目を守るだけで精一杯だ。


 クルィーロが隣に立つ作業員の袖を引く。

 「すみません。水の維持、代わって下さい」

 「あ、あぁ、君はどうするんだ?」

 「(うた)います。レノ、アウェッラーナさん、【癒しの風】!」

 レノが懐を探り、緑髪の薬師(くすし)が顔を上げる。

 狩人の肉を齧る飢鬼蜂(うえきばち)が、一匹、また一匹と離れてゆく。


 三人は視線を交わして立ち上がった。

 「青い翼 命の蛇呼んで 無限の力 今 ここに来て

  翼 はたはたと 癒しの風を送る ひとつの風を……」


 僅かに開けた水天井の隙間から、歌声と魔力が流れる。狩人は血塗(ちまみ)れだが、再び氷の術を放ち、まだ周囲を飛び交う飢鬼蜂(うえきばち)を蹴散らした。

 肉を喰らって逃げた飢鬼蜂が一回り大きくなる。


 クルィーロは動揺を押し殺し、呪歌【癒しの風】を(うた)い続ける。

 「……泣かないでね この痛みすぐ癒す 今から心こめ癒すから

  命 繕って 苦しみ去って 元気になった 見て ほら……」


 ラゾールニクがレノの手を取り、【魔力の水晶】を挟んで握り直した。これで当分、魔力切れを心配せずに(うた)える。

 プートニクは焼き、狩人は凍結させて、少しずつ飢鬼蜂(うえきばち)を減らしてゆく。



 二人の周囲から一匹も居なくなる頃には、狩人の傷が全て塞がった。

 火の雄牛を喰らう群に目を遣り、クルィーロは息を呑んだ。

 雀くらいだった飢鬼蜂(うえきばち)が、(カラス)並に膨れ上がり、魔獣の死骸は粗方食い尽くされて白い骨が見える。

 「的は大きい方が当てやすいんだ」

 プートニクは不敵に笑い、クルィーロの知らない呪文を早口に唱えた。


 視界が白く塗り潰され、思わず息を止めて目を閉じる。

 蜂の羽音が聞こえない。

 異様に静かだ。

 恐る恐る目を開けると、火の雄牛の死骸があった場所には、何もなかった。藪も樹木も何もかもが白い灰に変わり、生きて動くものの姿はひとつもない。


 「火の雄牛の角は惜しいコトしたが、命あってのなんとやらだ」

 プートニクが、薄青く染まった【真水(さみず)の壁】を大剣の柄で叩き壊した。

 「薬師(くすし)さん、すまん。一カ所刺された」

 アウェッラーナは息を呑み、大急ぎで手当てを始めた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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