1954.本職の手並み
合流場所の資材置場は、朝礼と安全教育の最中だ。
移動放送局の四人は、王都ラクリマリスから先に来た素材屋プートニクと一緒に端へ寄って待つ。
クルィーロは開戦前、工場勤めだった。
毎日の朝礼、準備運動や安全教育も、遠い昔のように感じられるが、ほんの二年前までの日常だ。
ここ、ネモラリス島南部に位置するデレヴィーナ市は、アーテル・ラニスタ連合軍による無差別絨緞爆撃に遭わなかった。街並こそ無傷だが、ここにも戦争の影が落ち、庶民の暮らしと生業は破壊された。それでも、戦争前の日常が残る。
絶光蝶の養殖場へ至る道の補修工事が完了しなければ、この日常も失われるかもしれない。
……でも、工事中の警備って、警備会社か軍隊の仕事だと思うんだけどなぁ。
住民の大半を湖の民が占め、ネミュス解放軍側に付いた都市に対するレーチカ臨時政府の報復措置なのだとすれば、お粗末な気がした。
市民の多くが国税逃れし、地元の税務署も見て見ぬフリをする。
だが、ここの産物は、呪符や魔法薬などの基本素材が多い。
デレヴィーナの森と関わる地場産業が立ちゆかなくなれば、その素材を必要とする関連産業でも、休廃業やそれに付随する連鎖倒産が、クリペウス政権に恭順を示す地域でも、発生し得る。
絶光蝶の鱗粉と水知樹の樹液は、魔法文明圏の主要産業と防衛装備に不可欠のものだ。
……やっぱ、秦皮の枝党に入り込んだキルクルス教徒が、ネモラリス全体の弱体化を狙ってイヤがらせしてんのかな?
開戦前のクルィーロなら、全く認識できなかったであろう繋がりが見え、すらすら考えが湧くようになったのは、ロークとファーキルからの影響と、移動放送局での情報収集活動で、国営放送アナウンサーのジョールチに鍛えられたからだ。
今日は、林業組合の職員も二人加わり、敷石の敷設作業が昨日より早く進む。
クルィーロとラゾールニクは見張り、レノは食材、薬師アウェッラーナは魔法薬の素材を敷石の上から届く範囲で採取する。
絶光蝶の最低限の世話と、成虫の回収で往復するだけになって、何か月経つか聞かなかったが、道沿いだけでも何種類もの素材がたくさん手に入った。
素材屋プートニクと地元の狩人二人は、古い敷石を回収した土の道を先行し、わざと足音を立てて誘き寄せた地蜥蜴を狩る。
不吉な唸りを上げて飛び交う飢鬼蜂を駆除し、樹間を舞う鮮紅の飛蛇を仕留め、魔獣由来の素材を確実に回収する。
プロ三人に掛かれば、小型の魔獣を狩るのは簡単そうに見えるが、クルィーロが【操水】で【祓魔の矢】を飛ばしても、素早い飢鬼蜂にはかすりもしないだろう。
……しかも、存在の核を壊さずに倒して、素材を回収できるんだもんなぁ。
存在の核に攻撃が当たれば、魔獣の肉体は即座に灰と化し、魂が異界へ送還される。安全な戦い方だが、魔獣由来の素材は一切手に入らない。
だが、存在の核を壊さなければ、昨日のように胴から切り離された尾や生首から攻撃される危険性を孕む。
本職による魔獣狩りを目の当たりにして思い返すと、ランテルナ島で火の雄牛の角が手に入ったのは、奇跡としか言いようがなかった。
敷石の敷設作業は順調に進み、昼過ぎには昨日の遅れを取り戻せた。
「ここホント、地蜥蜴多いな」
素材屋プートニクが、もう何匹目かわからない魔獣の消し炭と、土涎香を【無尽袋】に詰める。足音で誘き寄せるとは言え、プロの目から見ても多いらしい。
また、【魔除け】で近付けない地蜥蜴が、離れた地面から何匹も顔を出した。
「なんせ、軍に人手取られて駆除が追い付かないんで」
「その間に繁殖期が二回あったから」
「元の何倍になったか、考えたくもない」
地元の狩人たちは、新手を【光の矢】や【風の矢】で的確に射抜き、げんなりした顔で言う。
「まぁ、でも獲り尽くす心配はねぇし、今回の分だけでも、これまでの損害をそれなりに補えたりしねぇか?」
プートニクが地元民たちを見回す。
確かに狩人たちも、この二日だけで魔獣の消し炭や、鮮紅の飛蛇の牙や皮膜を大量に【無尽袋】へ詰め込んだ。それでも、二年近く累積した街全体の損失を補填できる程ではないだろう。
……大体、一気に仕入れたら、値崩れして却って損が拡大するかもだし。
まさか、商売人のプートニクが気付かない筈がないだろう。
「まぁ、この獲ったヤツを臨時政府に徴発されなきゃ、俺らも素材屋も、そこから卸す色んな店も、助かるっちゃ助かるんですけど」
「ここの経済が急に息を吹き返したら、臨時政府に目ぇ付けられそうだしなぁ」
「でも、休業してるとこに卸して、オバーボクとかへ売りに行ってもらっても、どうなんだろうな?」
額の汗を作業服の袖で拭い、作業員も話に加わる。
「いっそ、クレーヴェルで解放軍相手に商売した方がマシかもな?」
「ネーニア島が空襲で大変だったのはわかるけど、仮設の用地も建材も工賃も全部、デレヴィーナ市に負担させて、臨時政府はなんも寄越さないのに」
「焼け出されて無一物の力なき民を何千人も寄越されても、力なき民用のインフラも、水から銅を抜くのとかもないから、お互い不便って言うか」
「ボランティアの人たちが、水の処理だけでも大変だってボヤいてるしなぁ」
クルィーロがそっとレノを窺うと、力なき陸の民の幼馴染は、いたたまれない顔で足元の草を摘む手を止めた。
地元の湖の民六人は、レノの様子に気付かないらしく、愚痴を吐き続ける。
「力なき民でもできる仕事どころか、地元でも失業者が増えてるのに」
「臨時政府は予算がないの一点張りで、避難民とか負担をこっちに押し付けるだけ押し付けて、出すもの出さないし」
作業員は愚痴をこぼしながらも、手は正確に魔法陣を分割した敷石を並べる。
「まぁ、アレだな……こんなコト言ったって仕方ない」
「戦争が終わったら、色々いい方へ変わってくんだろうにな」
その一言で愚痴を切り上げ、四人は配置を終えた敷石の四隅に立って呪文を唱え、道を護る術を起動した。




