1953.二日目の予定
初日の午後は、地蜥蜴以外の魔獣に遭遇せず、無事に作業を終えられた。
デレヴィーナ市に停めた移動放送局のトラックには、難民キャンプに行った星の道義勇軍の三人も無事に戻り、夕飯を食べながら簡単に報告する。
「ラゾールニクさん、【真水の壁】って残り何枚ですか?」
「八枚。でも、【不可視の盾】をもうちょい使いこなせたら、節約できるんだけどなぁ」
クルィーロが聞くと、見もせずに即答した。
「そんなコト言ったって、今週中にプロ級なんてムリですよ」
知恵の黒山羊に襲われた時、クルィーロは【不可視の盾】を掛けた左手の軍手ではなく、【祓魔の矢】を握った利き手を出してしまった。
魔獣の舌に刺さった矢は、生首の詠唱を防いだかもしれないが、クルィーロは咬まれて負傷した。
……【不可視の盾】、利き手にした方がいいのかな?
咄嗟の動きを変更するのにどれだけの訓練を要するか知らないが、少なくとも、敷石の敷設作業があるこの一週間以内では、無理なコトくらいわかる。
薬師アウェッラーナは、余計な手間を増やされたなどと文句を言うような人物ではない。だからこそ、余計に申し訳なさが募り、クルィーロは自分も呪歌【癒しの風】を謳ったのだ。
その甲斐あってか、他の者の傷はその場で完治し、クルィーロの傷も昼休み中に痕を残さずキレイに治った。
だが、服に穿たれた穴は勿論、そのままだ。何本も巻いた【護りのリボン】や服の【耐衝撃】など、まるでないかのように何の抵抗もなく、魔獣の牙が魔法の服を貫通した。
レノが剣で魔獣の目を突いてくれなかったら、食い千切られてしまったかもしれない。
クルィーロは、恐ろしい可能性に気付いて身震いし、改めて幼馴染の勇気に感謝した。
「明日、地下街の呪符屋さんへ【真水の壁】を買いに行こうと思うんですが、他に何か入用の物はありませんか?」
老漁師アビエースが、みんなを見回す。
「えっと、じゃあ、【身代わり】の呪符……は高いから流石に無理か」
ラゾールニクが金髪の頭を抱える。
濃紺の大蛇の巨体で圧し掛かられたら、【真水の壁】など一撃で破壊されるだろう。【身代わり】の呪符で、どこまで肩代わりできるかわからない。しかも、一回しか防げないのだ。
素材屋プートニクは、防壁の門が閉まる前に王都ラクリマリスに帰り、今、この場には魔法を使う戦闘のプロが居ない。
どんな作戦を立てれば生存率を上げられるか、その実行にどんな呪符が必要か。
クルィーロにはわからなかった。
……身を護るコトに専念しろとは言ってたけど。
今からでは【不可視の盾】を練習する時間はない。
ランテルナ島の拠点で呪医セプテントリオーから教わった直後は、クルィーロも熱心に練習した。
あれから二年近く経つ。呪文は忘れなかったが、身体の使い方はすっかり抜けてしまった。
出血が酷かったので、今夜は安静にするよう、森で薬師アウェッラーナに何度も念を押された。父とアマナを心配させたくなくて三人に口止めした手前、【盾】の練習などできない。
袖の穴は、折り返して【護りのリボン】で留めて誤魔化した。
「あ、クロエーニィエ店長に聞いたら、何か教えてくれるかもしれませんよ。あの人も元騎士ですし」
ピナティフィダが明るい声で思い付きを口にする。
「そうだなぁ。先にそっちへ行ってから、呪符屋さんへ行こうか」
「私も一緒に行っていいですか? 【護りのリボン】買い足した方がいいかなって思いますし」
「じゃあ、頼むよ。ローク君にもよろしく」
レノは、妹が地下街チェルノクニージニクに行く件にあっさり同意した。
……まぁ、ピナちゃんはしっかりしてるし、アビエースさんも一緒だし。
クルィーロはなんとなく、幼馴染の二人が急に遠くへ行ってしまったような心細さを覚えた。
「私もご一緒してよろしいですか?」
国営放送アナウンサーのジョールチが、小さく手を挙げる。
「ジョールチさんも一緒なら、心強いです」
老漁師アビエースが歓迎し、ピナティフィダも笑顔で頷く。
DJレーフがみんなを見回して言った。
「今日、デレヴィーナ市内で情報収集したんだけど、ランテルナ島に土地勘ある人は、経済制裁が始まってから、ちょくちょく買出しに行ってるんだって」
「まぁ、あそこはアーテル領ったって治外法権みてぇなとこあるかンな」
葬儀屋アゴーニが頷く。
「大量にまとめ買いするから、それをアテにしたスクートゥム王国の行商人たちが、明日、カルダフストヴォー市の広場で市を開くって話を聞いたんだ」
「えッ? 初耳です」
レノが驚く。クルィーロも初耳だ。
DJレーフが苦笑する。
「今回が初めてだからね。これまでの大量購入の流れで、多分、食料品が中心になると思うけど」
「面白そうだが、俺らはまだ蔓草細工の先生があるからなぁ」
メドヴェージが言うと、少年兵モーフが肩を落とした。
ラゾールニクが笑いを噛み殺して言う。
「今回の売行きがよかったら、またその内、市が立つだろ」
「私はその品揃えの確認や、スクートゥム王国の情報などが得られればと思いまして」
「では、私もご一緒させていただいてよろしいですか?」
父が聞くと、三人は二つ返事で了承した。
「色々な角度から見た方が、一度にたくさんの情報を得られますからね。パドールリクさん、こちらこそよろしくお願いします」
「じゃあ、ジョールチさんに俺の端末、渡しときます。写真撮ったりとか、使って下さい」
「有難うございます」
クルィーロは、タブレット端末をジョールチに預けた。
翌朝早く、葬儀屋アゴーニが、ソルニャーク隊長、メドヴェージ、少年兵モーフを【跳躍】でアミトスチグマ王国の難民キャンプに連れて行った。
父と老漁師アビエース、ピナティフィダ、アナウンサーのジョールチは、ランテルナ島へ買出しと情報収集に跳ぶ。
「じゃあ、お兄ちゃんも、また怪我しないように気を付けて」
「……あっ、あぁ。わかった」
クルィーロはギョッとしたが、平静を装ってアマナに小さく手を振り返す。
今日は、右手に軍手を着けて【不可視の盾】を掛けた。
何とかなると自分に言い聞かせながら、防壁の門を出る。レノと手を繋ぎ、薬師アウェッラーナ、ラゾールニクと声を揃えて【跳躍】を唱えた。




