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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

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200/3498

0200.魔獣の支配域

 ラクエウス議員は、航空カメラマンに電子記録式カメラを差し出された。背面の小さな画面に目が釘付けになる。

 隊長の意見を聞こうと、隣をチラリと見た。彼もまた、驚愕と恐怖に脂汗を浮かべる。視線に気付き、口を開いた。


 「……魔獣です」


 春の穏やかな日射しとは言え、真昼の陽光の下で堂々と活動する。

 街区ひとつ分を丸ごと埋める巨体が、赤黒くぬらぬらと陽光を反射した。鼻なのか触腕なのか、巨大なホースのような部位を揺らし、獲物を待つ。


 「高度を上げろ。西へ……あれの攻撃圏外に離脱せよ」

 隊長が動揺を押し殺した声でパイロットに命じた。どこまで逃げれば安全なのか見当もつかない。機体が高度を上げ、ヘリは急速に現場を離脱する。


 ……何人が、あの化け物の餌食になったのだ?


 調査団長のラクエウス議員は、小刻みに震える拳を握って、隊長と顔を見合わせた。軍用とは言え、偵察ヘリの装備ごときでは、あの巨大な魔獣に到底、歯が立たない。


 「この件も早急(さっきゅう)に報告し、駆除隊をマスリーナ市へ派遣せねばなりません」

 隊長は、有無を言わさぬ口調でそれだけ言うと、窓の外に視線を転じた。

 調査団長のラクエウス議員が(うなず)いてみせる。隊長は視界の端で捕え、一瞬、驚きに目を見張ったが、すぐ眼下の状況に集中する。


 ネモラリス軍の駆除隊は、主に魔装兵で構成される。

 敬虔なキルクルス教徒であるラクエウス議員が、派遣要請を出さないと思ったのだろう。


 測量会社のカメラマンは、既に動揺から立ち直り、撮影に戻った。



 マスリーナ市の生存者は、居ないものとするしかない。

 隊長は、後続の輸送トラックにマスリーナ市を大きく迂回するよう、無線で指示を出した。

 港町の廃墟が遠ざかる。

 ラクエウス議員の目にも、倒壊を免れたビルの残骸と、異形の魔獣がポツリと見えた。それもすぐ小さくなり、やがて見えなくなる。


 ……あれを科学の武力だけで(ほふ)るには、どれだけの弾薬が必要なのだ?


 終戦から三十年を経た現在も、復興予算に圧迫される防衛予算を思い、ラクエウス議員はそっと息を洩らした。

 兵士が自前の魔力で戦う分には、大した予算は掛からないと、増額の要望を一蹴するのが、予算委員会で交わされる毎年お決まりの遣り取りだ。

 そしてまた、道半ばだった復興は、振出しに戻ってしまった。


 ……本当に、自治区の信徒を救う為に、ここまでする必要があったのか?


 ネーニア島東岸部には、陸の民……それも、力なき民が多い。大部分がフラクシヌス教徒だが、彼らは魔法使いではない。

 異教徒だからと言って、魔法使い諸共(もろとも)葬り去る非道なやり口に、ラクエウスは違和感を覚えた。



 内陸部に進路を変えた調査ヘリが、隊長の命令で再び南下する。

 調査団の最終目的は、ネモラリス領最南端のリストヴァー自治区の現況(げんきょう)確認だ。


 この分では、近隣のゼルノー市やクルブニーカ市も、どうなったことか予測がつかない。

 クルブニーカ市は、製薬会社や医療機器メーカー、病院などが集積した医療産業都市だ。魔法使いの医療者も多い。周辺住民の負傷者などは、あそこに避難した可能性が高かった。


 だが、帰路の燃料に懸念がある。

 内陸寄りのクルブニーカ市には寄らず、ニェフリート河畔を飛び、ゼルノー市西部の状況を確認した。焦土の中にポツリポツリと、鉄筋コンクリートのビルが焼け残る。


 調査ヘリは、セリェブロー区とゾーラタ区に(またが)る官庁街上空を過ぎ、農村部に入る。こちらは、空襲被害がなかった。ヘリがゆっくりと高度を下げる。


 家屋と農地は無事だ。

 天気はいいが、畑へ出て農作業に(いそし)しむ人の姿はなかった。通りにも全く人の気配がない。

 ここもいつ、空襲に遭うとも知れず、どこか北の方へ避難したのだろう。

 それだけでなく、避難民が暴徒と化し、無事だった地域で略奪を働いたとの情報もあった。


 ゾーラタ区を斜めに突っ切り、調査ヘリがミエーチ区に入る。

 大部分が住宅街だったここは、更地(さらち)に還るまで焼き尽くされた。空襲前のテロで、どの程度の損害を(こうむ)ったのか、今となっては些末事に思える。


 焦土を抜け、工業地帯のグリャージ区上空に差し掛かった。

 沿岸部を埋め、半世紀の内戦後の復興を(にな)った工場群が(むくろ)を晒す。

 折れた煙突が、穏やかな春の日差しに暖められる。


 人影のない廃墟群を抜け、調査ヘリはリストヴァー自治区に侵入した。

☆魔獣です……「0184.地図にない街」「0185.立塞がるモノ」参照

☆調査団長のラクエウス議員……「0190.南部領の惨状」参照

☆復興予算に圧迫される……「0019.壁越しの対話」「0026.三十年の不満」参照

☆クルブニーカ市……「0191.針子への疑念」「0192.医療産業都市」参照

☆避難民が暴徒と化し、無事だった地域で略奪を働いた……「0129.支局長の疑惑」参照

☆ゾーラタ区……「0153.畑の道を行く」「0160.見知らぬ部屋」「0172.互いの身の上」「0180.老人を見舞う」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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