0020.警察の制圧戦
「こっちの警察に、お前たちが使える武器なんて、置いてるワケないだろう」
遺失物の係官が、床に転がるテロリストに視線を落とす。
先に警察署が襲撃を受けた。続いて、中央市民病院も襲われたのを把握したが、人手不足で救助の人員を出せなかった。
魔装警官の約半数が、既に沿岸三地区への応援に出ている。残りもこの地区内からの救助要請で出払ってしまった。
非番の者だけでなく、登録された退職者にも非常招集が掛かった。
署内に残るのは、内勤者と事務などの一般職員、全体の指揮を執る署長だけだ。
助けを求めて殺到する市民に紛れ、テロリストが警察署内に入り込んだ。
隠し持った手榴弾を警察署の奥へ投げる。
爆発と轟音。
煙と瓦礫。
死と恐怖。
混乱に乗じてナイフで手当たり次第に切りつけ、避難者を殺傷する。
地元住民には、力なき民のフラクシヌス教徒が多数居る。
警察に助けを求めるのは、魔法を使えず、自力で逃げることも身を守ることもできない「力なき民」だ。
陸の民のフラクシヌス教徒に紛れ、同じ陸の民のテロリストが、人混みで凶刃を振るう。
内勤者も戦えない訳ではないが、魔法の対象を特定し、標的を正確に捕捉しなければ、安全に制圧できない。
無辜の民を巻き込まぬよう、対応に手間取る間にも被害が拡大する。
恐怖に竦んで動けなくなった者が、押され、突き飛ばされ、倒れて踏みつけにされる。
足がもつれた者が倒れ、起き上る間もなく、多くの足がその身を走る。
倒れた誰かに躓いた者の上に、更に別の誰かが倒れ込む。
大人の足下で、小さな子供が踏み潰される。
逃れようとする避難民が出口に殺到し、群衆雪崩が発生した。
人が集まった場所に手榴弾が投げ込まれる。
爆発。
瓦礫と人体が散乱し、一瞬置いて悲鳴が上がる。
壁の穴から火災の黒煙が流入する。埃と煙に巻かれ、混乱が深まる。
避難民が咳込みながら外を目指す。その中をテロリストが手当たり次第に斬りつけて回る。
職員は、手榴弾を投げながら内部に入り込むテロリストを追う者と、市民を殺傷するテロリストを捕縛する者に分かれた。
防禦の術を二重、三重に掛け、避難者の群に突入する。
人の流れに逆らい、刃物を振り回す男に近付く。
「道義の緒 今 咎人を……」
内勤職員の一人が、接近しながら呪文を唱え、結びの言葉の手前で止める。収斂された魔力が、その手の中で淡く輝く。テロリストの斜め後ろに位置取り、その手首を掴んだ。
「……縛めよ」
結びの言葉を唱えた瞬間、職員の手の中から輝く魔力の縄が現れた。テロリストの手首を絡め、腕に巻き付き胴を這い、足に向かって蔓草さながらに伸びて締め上げる。
職員がテロリストの腕を引き下ろす。足首に巻き付いた魔力の縄が更に伸び、胴を這い上がった。
テロリストは逃れようともがくが、魔力の縄は更に固く絞まり、その動きを封じる。職員が引き下ろした腕も胴と共に巻かれ、刃物を握ったまま固定された。
職員は手を離し、テロリストの膝裏を蹴った。
魔力の縄でがんじがらめにされたテロリストが、あっけなく床に転がされる。
避難民が遠巻きに見守る。
床には捕縛されたテロリスト五名、爆発と凶刃に倒れた避難民数十名、蹲る負傷者はその倍以上に上る。
凶器を取り上げ、蓑虫のような男たちを隅に蹴り転がす。
「くッ……殺せ!」
「……それは警察の仕事ではない」
ベテランの内勤職員が、床で身を捩る蓑虫たちを冷たく見下ろす。
職員が、あちこちでネクタイやハンカチで、負傷者に止血帯を施していた。
隣の市民病院も襲撃されている。
病院職員にも、半世紀の内乱の従軍経験者が居た。患者や避難者は、病院職員の誘導で駐車場の屍を乗り越え、警察の敷地へ逃れて来る。
湖の民や力ある陸の民は自力で【跳躍】し、どこかへ避難していた。
医療者が何人生き残ったか、現時点では不明。
仮に医師や看護師が居ても、それが科学の医療者では、病院の設備や薬が使えない今、負傷者の治療は応急処置の域を出ない。
署内のテロリストを制圧し、数人が病院の救援に向かう。
力なき民の運転する定員オーバーの車が、市民病院と警察を素通りする。
既に日が落ち、走り去るヘッドライトの範囲外は深い闇に包まれていた。
東側……ラキュス湖の沿岸部が、天を炙る火災に照らされる。
消防と住民の自主防災班が、消火に当たっている筈だが、一向に火勢が衰えない。普段なら、軍や応援に駆け付けた警官も、湖水を使って消火活動に参加できる。
「沿岸部で……何が……」
炎に追われた力なき民の避難者が、続々と坂を上って来る。
着の身着のままで煤だらけ。
女子供に至っては泣く気力もないのか、虚ろな目で黙々と前を行く者について歩く。その後を追うかの如く、炎もじわじわと坂を這い上がった。




