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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第一章 印歴二一九一年二月一日
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0020.警察の制圧戦

 「こっちの警察に、お前たちが使える武器なんて、置いてるワケないだろう」

 遺失物の係官が、床に転がるテロリストに視線を落とす。


 先に警察署が襲撃を受けた。続いて、中央市民病院も襲われたのを把握したが、人手不足で救助の人員を出せなかった。

 魔装警官の約半数が、既に沿岸三地区への応援に出ている。残りもこの地区内からの救助要請で出払ってしまった。

 非番の者だけでなく、登録された退職者にも非常招集が掛かった。

 署内に残るのは、内勤者と事務などの一般職員、全体の指揮を()る署長だけだ。


 助けを求めて殺到する市民に(まぎ)れ、テロリストが警察署内に入り込んだ。

 隠し持った手榴弾を警察署の奥へ投げる。

 爆発と轟音。

 煙と瓦礫。

 死と恐怖。

 混乱に乗じてナイフで手当たり次第に切りつけ、避難者を殺傷する。


 地元住民には、力なき民のフラクシヌス教徒が多数居る。

 警察に助けを求めるのは、魔法を使えず、自力で逃げることも身を守ることもできない「力なき民」だ。


 陸の民のフラクシヌス教徒に紛れ、同じ陸の民のテロリストが、人混みで凶刃を振るう。

 内勤者も戦えない訳ではないが、魔法の対象を特定し、標的を正確に捕捉しなければ、安全に制圧できない。

 無辜(むこ)の民を巻き込まぬよう、対応に手間取る間にも被害が拡大する。


 恐怖に(すく)んで動けなくなった者が、押され、突き飛ばされ、倒れて踏みつけにされる。

 足がもつれた者が倒れ、起き上る間もなく、多くの足がその身を走る。

 倒れた誰かに(つまず)いた者の上に、更に別の誰かが倒れ込む。

 大人の足下で、小さな子供が踏み潰される。

 逃れようとする避難民が出口に殺到し、群衆雪崩(ぐんしゅうなだれ)が発生した。


 人が集まった場所に手榴弾が投げ込まれる。

 爆発。

 瓦礫と人体が散乱し、一瞬置いて悲鳴が上がる。

 壁の穴から火災の黒煙が流入する。埃と煙に巻かれ、混乱が深まる。

 避難民が咳込みながら外を目指す。その中をテロリストが手当たり次第に斬りつけて回る。


 職員は、手榴弾を投げながら内部に入り込むテロリストを追う者と、市民を殺傷するテロリストを捕縛する者に分かれた。

 防禦の術を二重、三重に掛け、避難者の群に突入する。

 人の流れに逆らい、刃物を振り回す男に近付く。


 「道義(どうぎ)() 今 咎人(とがびと)を……」

 内勤職員の一人が、接近しながら呪文を唱え、結びの言葉の手前で止める。収斂された魔力が、その手の中で淡く輝く。テロリストの斜め後ろに位置取り、その手首を掴んだ。

 「……(いまし)めよ」

 結びの言葉を唱えた瞬間、職員の手の中から輝く魔力の縄が現れた。テロリストの手首を絡め、腕に巻き付き胴を這い、足に向かって蔓草さながらに伸びて締め上げる。

 職員がテロリストの腕を引き下ろす。足首に巻き付いた魔力の縄が更に伸び、胴を這い上がった。

 テロリストは逃れようともがくが、魔力の縄は更に固く絞まり、その動きを封じる。職員が引き下ろした腕も胴と共に巻かれ、刃物を握ったまま固定された。

 職員は手を離し、テロリストの膝裏を蹴った。

 魔力の縄でがんじがらめにされたテロリストが、あっけなく床に転がされる。



 避難民が遠巻きに見守る。

 床には捕縛されたテロリスト五名、爆発と凶刃に倒れた避難民数十名、(うずくま)る負傷者はその倍以上に上る。

 凶器を取り上げ、蓑虫(みのむし)のような男たちを隅に蹴り転がす。

 「くッ……殺せ!」

 「……それは警察の仕事ではない」

 ベテランの内勤職員が、床で身を(よじ)る蓑虫たちを冷たく見下ろす。

 職員が、あちこちでネクタイやハンカチで、負傷者に止血帯を施していた。


 隣の市民病院も襲撃されている。

 病院職員にも、半世紀の内乱の従軍経験者が居た。患者や避難者は、病院職員の誘導で駐車場の屍を乗り越え、警察の敷地へ逃れて来る。

 湖の民や力ある陸の民は自力で【跳躍】し、どこかへ避難していた。


 医療者が何人生き残ったか、現時点では不明。

 仮に医師や看護師が居ても、それが科学の医療者では、病院の設備や薬が使えない今、負傷者の治療は応急処置の域を出ない。


 署内のテロリストを制圧し、数人が病院の救援に向かう。

 力なき民の運転する定員オーバーの車が、市民病院と警察を素通りする。

 既に日が落ち、走り去るヘッドライトの範囲外は深い闇に包まれていた。


 東側……ラキュス湖の沿岸部が、天を炙る火災に照らされる。

 消防と住民の自主防災班が、消火に当たっている筈だが、一向に火勢が衰えない。普段なら、軍や応援に駆け付けた警官も、湖水を使って消火活動に参加できる。

 「沿岸部で……何が……」

 炎に追われた力なき民の避難者が、続々と坂を上って来る。


 着の身着のままで煤だらけ。

 女子供に至っては泣く気力もないのか、(うつ)ろな目で黙々と前を行く者について歩く。その後を追うかの如く、炎もじわじわと坂を這い上がった。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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