1948.地を均す魔法
レノ店長は、今のところ暑がる様子はない。
メドヴェージが作った蔓草細工の帽子に【耐暑】の【護りのリボン】を巻き、その下になる蔓草の網み目に【魔力の水晶】を嵌め込んで来たからだ。
デレヴィーナの森へ入れば、日射しが遮られる分、涼しいだろう。
作業員たちは、三人が敷石を積んだ荷車を動かし、一人が空の荷車を引く。
「手伝いましょうか?」
「いえ、それより、魔物や魔獣が来ないか見張りをお願いします」
作業員はクルィーロの申し出を断り、森の奥へ緊張した顔を向けた。
整地済みの僅かな土地の向こうで、雑木林が深い木下闇を作る。
遠目にも、雑妖が蠢くのが視えた。
空の荷車を引く作業員が説明する。
「敷石は十六枚一組で、ひとつの魔法陣を作ります」
「魔法陣?」
「地脈の力を使って【魔除け】と【退魔】を常時発動させる術式で、力が集まる場所にしか設置できません」
「ですから、魔物や魔獣が寄ってきやすい面もあるのですが」
「へぇー……」
クルィーロとラゾールニクが感心する。
「発動には、【巣懸ける懸巣】学派か【穿つ啄木鳥】学派の術者が合計四人必要で、一人でも欠けると魔法陣の術式が起動しません」
「俺が守るから、あんたらは自分の仕事に集中してくれ」
素材屋プートニクが請合う。完全武装の偉丈夫は、視界の端に入っただけでも威圧感があるが、今はそれが頼もしかった。
地元の狩人二人も負けじと作業員たちを安心させる言葉を掛ける。
「えぇ、護衛の皆さん、改めてよろしくお願いします」
「ホントは手前のこの辺から作業なんですけど、護衛の人数が多い内に危険な場所から先にすることになったんです」
「狩人さんが二人来られるの、今日から三日間だけだし」
「騎士様はいつ頃まで大丈夫ですか?」
「ん? 俺は今、素材屋だよ。店閉めて来たからな。一週間や十日は付合えるけど、なるべく早く頼むぞ」
「は、はいッ!」
作業員たちから震え声で返事が飛び、プートニクが苦笑する。
「焦ってしくじっちゃ元も子もない。あんまりのんびりしないで、いつも通りに頼むよ」
雑木林の一部が切り拓かれ、凸凹した道が少し奥まで続く。
トラック一台分くらいの幅で、落葉は積もっておらず、湿った土の匂いがした。
「昨日は護衛が一人だけだったので、ここから【操水】が届く範囲の古い敷石を回収する予定でしたが、途中で魔物が出て中断しました」
「ホントはもっと回収して、整地まで済ませる予定だったんですが」
「狩人さんのお陰で、誰も怪我せずに逃げられたんで、それはよかったんですけどね」
「工事の予定が魔物や魔獣次第で」
作業員たちが森の入口に荷車を止めて溜息を吐く。
「今日は護衛が三人も居るんだ。どんどん行こう」
素材屋プートニクが、傍らに立つ作業員の肩をポンと叩き、ニカッと笑った。
ラゾールニクが合言葉を唱え、軍手に掛けた【不可視の盾】を展開する。
「いっけね! 忘れるとこだ」
クルィーロとアウェッラーナも慌てて展開する。作業員たちは、資材置場で展開済みだ。
「じゃ、行きます」
空の荷車に取付けてあったステンレスの棒を取り、【穿つ啄木鳥】学派の作業員の一人が森の道へ先行する。金属棒は、片手で握りやすい太さで作業員の身長より長く、イザと言う時は武器にもなりそうだ。
素材屋プートニクが大剣を抜いて後を追い、狩人の一人も続いた。
作業員は森と平野の境界に金属棒で線を引き、そこから道の端に沿って奥へ引っ張り、直角に折り返して反対側の道の端にも線を刻んで、道の入口を四角く囲んで戻った。
残る三人が囲みの角に一人ずつ立ち、四人で視線を交わすと早口に力ある言葉を唱えた。
薬師アウェッラーナが初めて耳にする呪文だ。
囲まれた土が水面のように波立ち、土煙を立てるが、囲まれた範囲からは出ず、道が四角く煙る。
四人の詠唱が終わった途端、土煙が一気に地表へ落ちた。凸凹だった地面がきっちり平らに均され、初めからそうだったような顔で横たわる。
一人がポケットから【無尽袋】を出し、平地へ戻って逆さにして振った。次々と砂袋が現れ、重い音を立てて落ちる。砂袋の山はざっと見ただけでも、見慣れた四トントラックの荷台の容量以上だ。
別の作業員が一袋取って囲みの中央に出し、小さな砂山を築いた。
失効して色褪せた【無尽袋】を作業服の胸ポケットに捻じ込み、作業員が囲みの角に立つ。
四人は声を揃えて、先程とは別の呪文を唱えた。安全靴で足拍子を取る度に真ん中の砂山が崩れ、瞬く間に囲みの内部に広がって、平らな砂地になる。
「束の間の自由受け取れ 風を受け
羽の如くに地を離れ 漂え軽く その身浮かせよ」
四人は荷車に戻り、【重力遮断】を唱えて一枚ずつ敷石を取った。整地した場所へ駆け戻り、手前に四枚、隙間なく並べる。
……これは確かに素人が手伝えるものじゃないわね。
薬師アウェッラーナは、手際のよい仕事ぶりにただただ見惚れた。
ラゾールニクが、彼らの鮮やかな作業をタブレット端末で撮影する。
素材屋プートニクと狩人の一人は道の少し先へ行き、森の奥を警戒する。薄暗い木立の中で、昔ながらの【鎧】を纏う二人の後ろ姿が木漏れ日に浮かび上がり、古い絵画のようだ。
敷石十六枚を四列に並べ終え、作業員たちは四隅の石材に立った。
力ある言葉を唱える四人の声が揃い、魔力が安全靴の下から石材に刻まれた呪印を通して、今し方組み上がったばかりの魔法陣に注がれる。
四人の魔力と地脈の力が合わさり、石材十六枚の中心から【退魔】と【魔除け】の効力がゆっくり広がってゆく。
石材の上だけでなく、周囲二メートルくらいの木下闇を漂う雑妖が消し飛んだ。




