1947.引返せない道
「魔獣との戦いで傷みやすいんで、ホントはもっと早く修繕したかったんですけどね」
ワゴン車を運転してきた林業組合の職員が、工事業者四人を見回して申し訳なさそうに言った。
「内乱時代のゴタゴタで先送りになって、やっと平和になったと思ったのに町や村の復旧工事に人手が取られて、それがなんとか落ち着いてきたら、また戦争に人手を取られて、延期延期でもうボロボロなんですよ」
作業員たちの黄色いヘルメットには、会社のロゴマークの他、防禦の呪文と呪印がある。作業服は、薬師アウェッラーナの服より上位の防禦魔法が染め付けてあった。
……これだけ護りを固めても、護衛なしじゃ作業できない場所なのね。
アウェッラーナは、林業組合の資材置場から、デレヴィーナの森を見遣った。
手前はありふれた雑木林だが、夏の日差しが濃い影を作り、奥まで見通せない。
アスファルトの二車線道路は森の少し手前にある資材置場の前で切れ、その先は草を刈って整地した土の地面が森の入口まで続く。
「休憩室とトイレはこの建物にあるんで、お昼ごはんはここでお願いします」
林業組合の職員が、資材置場の簡素な建物を掌で示した。
小さく飾り気もないが、石造りの堅固な建物だ。目を凝らすと、石材には様々な呪文と呪印が刻んである。
……最悪、ここへ逃げ込めば、何とかなりそうね。
アウェッラーナはこの景色を頭に叩き込んだ。
工事業者のトラックから、敷石を積んだパレットがすべて降ろされると、今度はブルーシートの下にあった古い敷石の積み込みが始まった。
素材屋プートニクが、肩に担いだ大剣を下ろして聞く。
「もっかい確認するけどよ、この人らを守るのに倒した魔獣は、全部俺がもらっていいんだな?」
「はい。よろしくお願いします」
林業組合の職員が背筋を伸ばして答える。
今日のプートニクは、防禦の呪文や呪印がびっしり刺繍された厚手のマントの下に【鎧】を纏い、大剣や補助武器を帯びた完全武装だ。
「あんたら、出掛ける前に【不可視の盾】、掛けて来たよな?」
非戦闘員たちを見回す顔に人懐こい笑みを浮かべるが、大柄なのもあって、威圧感は減らなかった。
「まだ展開させてませんけど、掛けるだけ掛けて来ました」
アウェッラーナが答え、クルィーロとラゾールニクも続いた。
レノ店長は力なき民なので、ロークが薬師候補生に贈られた手袋のような補助具がなければ、【魔力の水晶】だけでは使えない。【護りのリボン】は【水晶】でも発動できるが、熱中症対策で帽子に巻いた【耐暑】だけで精一杯だ。
それでさえ、【魔力の水晶】では長時間維持できない。
クルィーロとラゾールニクは、手持ちの【護りのリボン】全種類を腕に巻いて来た。
「薬師さんも、栽培管理した区画以外のものでしたら、お薬の素材を自由に採って下さって結構です」
「有難うございます。魔法薬は一応、傷薬、濃縮傷薬、毒消し五種類と作用が穏やかな痛み止めを持ってきました。それと、少しだけ【青き片翼】学派の術も使えます」
アウェッラーナ自身は、薬師の【思考する梟】学派で、今日は徽章を隠さず服の上に出して来た。
作業員たちの目の色が変わる。
「えっ? 薬師なのにそっちもイケるんですか?」
「スゲー……頼もしいです」
「もしもの時は、よろしくお願いします」
「そのもしもが私だったら、どうにもならないんですけど、そこの建物で待機するんじゃダ」
「いえッ! 一刻を争うコトもありますし、薬師さんたちは俺たちが必ず守りますんで、お願いします」
「一緒に来て下さい!」
地元の狩人二人が、アウェッラーナに皆まで言わせず、泣きそうな顔で彼女の手を取った。
二人の装備は、作業員たちより強いが、プートニクは勿論、警備員ジャーニトルたちの制服より数段下のものだ。
「天気のいい日に全力で護りを固めて、絶光蝶の成虫と水知樹の樹液を少し回収するのが精一杯で、それも、魔獣の血とか腐肉とかイイ餌を与えられないんで、だんだん質が落ちて、売っても大した値が付かなくなってきてるんですよ」
林業組合の職員が緑色の眉を下げ、地元の狩人二人も頷く。
「パン屋さんも、食材になるもの、採って下さっていいんで、見張りとかよろしくお願いします」
「は、はい!」
レノ店長が、顔を強張らせて応じる。
「うん。まぁ、なるべく誰も怪我しねぇように頑張るよ。あんたらも【不可視の盾】はどうだ?」
「い、いえ、呪文を知らないんで」
作業員たちが青くなる。
「商売柄、覚えといて損はないと思うぞ? 今回は俺が掛けとくけどよ」
素材屋プートニクが、作業員一人一人の手袋に掛け、展開の合言葉を教える。
展開の練習と防禦範囲の確認を兼ね、資材置場の井戸から【操水】で水を起ち上げ、一人ずつ掛けて回る。
きちんと防げたのは【穿つ啄木鳥】学派の作業員一人だけで、残り三人はずぶ濡れだ。彼らが自分で【操水】を掛け、服から水気を抜き終わるのを待って、プートニクがしみじみ言った。
「これで防げンのは一回きりだが、かなり堅いから、覚えて練習しとけ」
今のが魔獣の攻撃なら、三人とも命はなかっただろう。
作業員たちは神妙な顔で頷いた。
プートニクが、返事をしなかった林業組合の職員にも同じことを聞く。
「午前中はここで別の作業があるんで、午後、改めてお願いします」
「書くモンあったら、呪文だけ渡しとくが?」
職員が、作業着のポケットから手帳とボールペンを出して、素材屋に渡す。
「本日の手順を確認します」
建築家の【巣懸ける懸巣】学派の作業員が声を張り上げた。
「まず、私たちが敷石の設置場所を整地、敷設して術を発動させるまで、作業に関係ないみなさんは、森の外で待機して下さい」
「俺も外でいいのか?」
プートニクが自分の顔を指差すと、作業員は頷いた。
「最初は入口のすぐ傍ですから。それと、発動すれば、実体のないモノは敷石に上がれないので、魔物や雑妖に対しては安全になります」
作業員がみんなを見回す。
「その間、みなさんは見張りをお願いします」
「薬草とかの採取はいつするんだ?」
プートニクがアウェッラーナの疑問を代弁する。
「昨日までに敷石を剥がし終えた箇所に敷設が済んでから、森へ入って下さい。敷石の上に乗って、手が届く範囲の物だけ採れば、多分、安全です」
林業組合の職員が答え、アウェッラーナは少し肩の力が抜けた。
☆ロークが薬師候補生に贈られた手袋……「283.トラック出発」「459.基地襲撃開始」参照




