表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

199/3498

0199.嘘と本当の話

 「我々も、これからどうするか思案中だ。ガルデーニヤはどうだった?」

 名乗らなかった年配の男性に聞かれ、ファーキルはネットの掲示板で仕入れた情報を思い返した。


 アーテル、ネモラリス、ラクリマリスは元々ひとつの国だ。AMラジオは近隣の国々へも届く。

 フナリス群島への巡礼者が、ネットの掲示板に書き込んだ情報から、ネモラリス共和国のラジオニュースの文字起こしと、ラクリマリス王国に避難した人々の話を混ぜて語った。


 挿絵(By みてみん)


 「ガルデーニヤ市も、南が少し空襲に遭って、無事だった地区に避難した人が多くて……魔法使いの人も、知らないとこには行けないから、避難所も病院も人いっぱいで……俺、みんなが避難する方についてって」

 トラックの人々は口を挟まず、真剣な面持(おもも)ちでファーキルの話に耳を傾ける。


 ……俺の動きは嘘だけど、街の状況は嘘じゃない。だから、この人たちにとって役に立つ情報なんだ。


 「避難所には入れなかったんですけど、教会のボランティアの人とかが、食べ物くれたりして何とかなってました」

 「旅先で(ひど)い目に遭ったモンだな」

 運転手のメドヴェージが、同情の眼差しを向ける。

 その隣で、小汚い恰好の少年がうんうん(うなず)いた。


 「それで、この一カ月、何とかなってて、今朝、この辺なら知ってるって言う人が送ってくれたんです。家に帰れたら親戚を頼ろうかなって……」

 「そうなんだ。帰るとこ、一応あるんだな」

 「早く親戚の人に会えるといいな」

 白い調理服のレノと青いツナギのクルィーロが、ファーキルにやさしい目を向ける。彼らに嘘を()くのは胸が痛むが、口が裂けても、本当のことは言えない。


 代わりに、ネットで仕入れた情報を伝える。

 実際、現地に行って確認しなければ、デマや憶測も混じっているだろう。

 ファーキルは、なるべく信憑性が高く、有用そうな情報を選んで語った。

 「北の方の街はどこも、南から避難して来た人でいっぱいみたいですよ」


 「そうだろうな」

 「隊長、どうしやす?」

 運転手のメドヴェージが、ボロを(まと)った年配の男性に聞く。隊長と呼ばれた男性は、ファーキルに視線を戻して提案した。

 「食後、ひとまずトンネルに入ってから、もう少し聞かせてくれないか?」

 「はい、勿論(もちろん)です」


 「あ、これ、もういっぱいになったみたい」

 「……ありがとうございますッ!」

 湖の民アウェッラーナが、【魔力の水晶】を返してくれた。ファーキルは、輝きの増した【水晶】を受け取り、感動と共にポケットに仕舞う。



 「焼けましたよー、熱いから気を付けて下さいね」

 同い年くらいの少女が、ホイル包みをトングで挟んで寄越す。この子も調理服のレノに少し似ている。三兄妹(きょうだい)だろうか。


 ファーキルは礼を言い、手袋のまま受け取った。枯れ草に覆われた斜面に腰を降ろす。熱々のアルミホイルを開くと、湯気と共に旨そうな匂いが広がった。途端に腹が鳴る。

 生まれて初めて口にする物だ。

 さっき彼らは「焼魚」と呼んだ。ネットで何度か画像を目にしたことならある。


 ……これが、あの……焼魚。


 思い切って一口齧る。熱さに思わず顔を引っ込めた。だが、食べるのを止められない。

 「はふっ、はふッ……!」

 「あぁ、熱いから、ゆっくり食べてくれよな」

 レノが片付けの手を止め、苦笑した。

 ファーキルはふーふー息を吹きながら、夢中で焼魚を頬張る。空腹も手伝って、噛む度にじゅわりと浸み出す脂と、身の香ばしさにどんどん食が進む。



 食べ終わる頃には、トラックの人々の後片付けも終わった。

 小学生の女の子たちも、慣れているらしく、テキパキ働く。

 日が傾き、湖を黄昏(たそがれ)色に染めながら、湖西地方のフィオリェートヴィ山脈に沈みつつある。


 「ごちそうさまでした」

 「お、もう食ったのか。じゃ、兄ちゃんも荷台に乗れや」

 運転手のメドヴェージに促され、ファーキルは戸惑った。

 勿論(もちろん)、一人で野宿するより、彼らと一緒の方が心強い。


 ……でも、いいのかな?


 底抜けにお人よしなのか、腕に覚えがあるのか、ファーキルを全く警戒しないらしい。


 ……もし、俺が悪者だったら、女の子を人質にして……


 そこまで考えたが、単独では多勢に無勢。トラックの乗っ取りと略奪など不可能だとわかった。

 それに、ファーキルには運転もできない。腕っぷしも強くない。

 急に、自分が全く取るに足りない存在になった気がして、肩を落として荷台に乗り込んだ。



 荷台の中は妙に明るかった。

 窓はないが、小さな灯が幾つも(とも)る。よく見ると、光を放つのはボールペンだ。


 ……魔法の【灯】だ。


 思わず、ポケットの中でタブレット端末を握る。だが、寸前で思い留まった。

 こんな物を出したら、質問攻めにされてボロが出るに決まっている。今の自分は「ネモラリスへの旅行中、空襲に遭って家族を失ったラクリマリス人」なのだ。

 そっと手を離し、改めて荷台の中を見回した。


 長椅子に布団が敷かれ、毛布もある。

 段ボールと袋が幾つも積み上がるが、中身は不明。私物らしき鞄もある。


 荷台の前寄りには仕切りがあり、別室があった。小部屋の戸は開け放たれ、荷物で固定してある。

 突き当りの少し上に小窓があり、運転席とその向こうの景色が四角く見えた。

 窓も開いたままで、外の冷たい風が吹き込む。


 「じゃ、トンネル入るぞ」

 運転手のメドヴェージが声を掛け、エンジンを掛ける。


 トラックはガタガタ揺れながら、草地からアスファルトの坂道に乗った。

 二車線道路を目いっぱい使って、車体がゆっくり旋回する。荷物が片寄り、子供たちが悲鳴を上げた。


 メドヴェージは構わず、坂を登る。

 流石に速度は落としたが、固定できない荷物が動くのは止められない。今度は、荷台の後ろに片寄ってゆく。

 ファーキルは、自分の身体が坂の下側へ転がらないよう、その場に足を踏ん張るだけで精一杯だ。


 程なく、荷台が水平になり、荷物と子供らが落ち着きを取り戻した。

 隧道(トンネル)内部に入ったらしい。平らに(なら)された道を少し走り、エンジンが停止する。


 「ちと寒いが、片っぽ開けとくぞ。夜中、便所に行きたくなったら困るからな」

 メドヴェージが、荷台の扉を開けながら説明した。

 アウェッラーナもこちらに来て、荷物の片付けを始める。移動が少ないのは、水や缶詰などの重い物だ。

 ファーキルも、メドヴェージに聞きながら手伝う。


 寝場所が確保でき、みんなホッとした顔で一息ついた。


 「では、改めて、ガルデーニヤ市がどんな様子か聞かせてくれないか?」

 みんなが思い思いの場所に腰を落ち着けたところで、隊長と呼ばれた男性に促された。


 ファーキルは、でっち上げた設定と、ネットで得た情報を心の中で反芻し、語り始めた。

☆アーテル、ネモラリス、ラクリマリスは元々ひとつの国……「0001.内戦の終わり」参照

☆ネットで得た情報……「0165.固定イメージ」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ