0199.嘘と本当の話
「我々も、これからどうするか思案中だ。ガルデーニヤはどうだった?」
名乗らなかった年配の男性に聞かれ、ファーキルはネットの掲示板で仕入れた情報を思い返した。
アーテル、ネモラリス、ラクリマリスは元々ひとつの国だ。AMラジオは近隣の国々へも届く。
フナリス群島への巡礼者が、ネットの掲示板に書き込んだ情報から、ネモラリス共和国のラジオニュースの文字起こしと、ラクリマリス王国に避難した人々の話を混ぜて語った。
「ガルデーニヤ市も、南が少し空襲に遭って、無事だった地区に避難した人が多くて……魔法使いの人も、知らないとこには行けないから、避難所も病院も人いっぱいで……俺、みんなが避難する方についてって」
トラックの人々は口を挟まず、真剣な面持ちでファーキルの話に耳を傾ける。
……俺の動きは嘘だけど、街の状況は嘘じゃない。だから、この人たちにとって役に立つ情報なんだ。
「避難所には入れなかったんですけど、教会のボランティアの人とかが、食べ物くれたりして何とかなってました」
「旅先で酷い目に遭ったモンだな」
運転手のメドヴェージが、同情の眼差しを向ける。
その隣で、小汚い恰好の少年がうんうん頷いた。
「それで、この一カ月、何とかなってて、今朝、この辺なら知ってるって言う人が送ってくれたんです。家に帰れたら親戚を頼ろうかなって……」
「そうなんだ。帰るとこ、一応あるんだな」
「早く親戚の人に会えるといいな」
白い調理服のレノと青いツナギのクルィーロが、ファーキルにやさしい目を向ける。彼らに嘘を吐くのは胸が痛むが、口が裂けても、本当のことは言えない。
代わりに、ネットで仕入れた情報を伝える。
実際、現地に行って確認しなければ、デマや憶測も混じっているだろう。
ファーキルは、なるべく信憑性が高く、有用そうな情報を選んで語った。
「北の方の街はどこも、南から避難して来た人でいっぱいみたいですよ」
「そうだろうな」
「隊長、どうしやす?」
運転手のメドヴェージが、ボロを纏った年配の男性に聞く。隊長と呼ばれた男性は、ファーキルに視線を戻して提案した。
「食後、ひとまずトンネルに入ってから、もう少し聞かせてくれないか?」
「はい、勿論です」
「あ、これ、もういっぱいになったみたい」
「……ありがとうございますッ!」
湖の民アウェッラーナが、【魔力の水晶】を返してくれた。ファーキルは、輝きの増した【水晶】を受け取り、感動と共にポケットに仕舞う。
「焼けましたよー、熱いから気を付けて下さいね」
同い年くらいの少女が、ホイル包みをトングで挟んで寄越す。この子も調理服のレノに少し似ている。三兄妹だろうか。
ファーキルは礼を言い、手袋のまま受け取った。枯れ草に覆われた斜面に腰を降ろす。熱々のアルミホイルを開くと、湯気と共に旨そうな匂いが広がった。途端に腹が鳴る。
生まれて初めて口にする物だ。
さっき彼らは「焼魚」と呼んだ。ネットで何度か画像を目にしたことならある。
……これが、あの……焼魚。
思い切って一口齧る。熱さに思わず顔を引っ込めた。だが、食べるのを止められない。
「はふっ、はふッ……!」
「あぁ、熱いから、ゆっくり食べてくれよな」
レノが片付けの手を止め、苦笑した。
ファーキルはふーふー息を吹きながら、夢中で焼魚を頬張る。空腹も手伝って、噛む度にじゅわりと浸み出す脂と、身の香ばしさにどんどん食が進む。
食べ終わる頃には、トラックの人々の後片付けも終わった。
小学生の女の子たちも、慣れているらしく、テキパキ働く。
日が傾き、湖を黄昏色に染めながら、湖西地方のフィオリェートヴィ山脈に沈みつつある。
「ごちそうさまでした」
「お、もう食ったのか。じゃ、兄ちゃんも荷台に乗れや」
運転手のメドヴェージに促され、ファーキルは戸惑った。
勿論、一人で野宿するより、彼らと一緒の方が心強い。
……でも、いいのかな?
底抜けにお人よしなのか、腕に覚えがあるのか、ファーキルを全く警戒しないらしい。
……もし、俺が悪者だったら、女の子を人質にして……
そこまで考えたが、単独では多勢に無勢。トラックの乗っ取りと略奪など不可能だとわかった。
それに、ファーキルには運転もできない。腕っぷしも強くない。
急に、自分が全く取るに足りない存在になった気がして、肩を落として荷台に乗り込んだ。
荷台の中は妙に明るかった。
窓はないが、小さな灯が幾つも点る。よく見ると、光を放つのはボールペンだ。
……魔法の【灯】だ。
思わず、ポケットの中でタブレット端末を握る。だが、寸前で思い留まった。
こんな物を出したら、質問攻めにされてボロが出るに決まっている。今の自分は「ネモラリスへの旅行中、空襲に遭って家族を失ったラクリマリス人」なのだ。
そっと手を離し、改めて荷台の中を見回した。
長椅子に布団が敷かれ、毛布もある。
段ボールと袋が幾つも積み上がるが、中身は不明。私物らしき鞄もある。
荷台の前寄りには仕切りがあり、別室があった。小部屋の戸は開け放たれ、荷物で固定してある。
突き当りの少し上に小窓があり、運転席とその向こうの景色が四角く見えた。
窓も開いたままで、外の冷たい風が吹き込む。
「じゃ、トンネル入るぞ」
運転手のメドヴェージが声を掛け、エンジンを掛ける。
トラックはガタガタ揺れながら、草地からアスファルトの坂道に乗った。
二車線道路を目いっぱい使って、車体がゆっくり旋回する。荷物が片寄り、子供たちが悲鳴を上げた。
メドヴェージは構わず、坂を登る。
流石に速度は落としたが、固定できない荷物が動くのは止められない。今度は、荷台の後ろに片寄ってゆく。
ファーキルは、自分の身体が坂の下側へ転がらないよう、その場に足を踏ん張るだけで精一杯だ。
程なく、荷台が水平になり、荷物と子供らが落ち着きを取り戻した。
隧道内部に入ったらしい。平らに均された道を少し走り、エンジンが停止する。
「ちと寒いが、片っぽ開けとくぞ。夜中、便所に行きたくなったら困るからな」
メドヴェージが、荷台の扉を開けながら説明した。
アウェッラーナもこちらに来て、荷物の片付けを始める。移動が少ないのは、水や缶詰などの重い物だ。
ファーキルも、メドヴェージに聞きながら手伝う。
寝場所が確保でき、みんなホッとした顔で一息ついた。
「では、改めて、ガルデーニヤ市がどんな様子か聞かせてくれないか?」
みんなが思い思いの場所に腰を落ち着けたところで、隊長と呼ばれた男性に促された。
ファーキルは、でっち上げた設定と、ネットで得た情報を心の中で反芻し、語り始めた。
☆アーテル、ネモラリス、ラクリマリスは元々ひとつの国……「0001.内戦の終わり」参照
☆ネットで得た情報……「0165.固定イメージ」参照




