1933.資金調達遮断
「でも、国連は、ネモラリス難民に対する人道支援は続けると言いませんでしたか?」
クラピーフニク議員が眉を顰めて宙を睨む。
だが、国連難民高等弁務官事務所は、拠出金の配分を盾に取られ、ネモラリス難民に対する支援から撤退を余儀なくされた。
武器禁輸措置と経済制裁との絡みで、一般からの寄付が激減。難民が自らバザーに出店して稼ぐのも、安全を確保できないとの理由で断られる。
そればかりか、ネモラリス共和国と友好関係にあるラクリマリス王国やアミトスチグマ王国でさえ、一部の民間事業者は、王の意向や政府の公式発表に反し、広範な取引の不利益を回避する為、ネモラリス人に物を売らなくなった。
ネモラリス共和国の貿易は、輸出・輸入ともに取引が激減し、開戦初年以上の食糧難が懸念される。
この夏と秋の収穫次第では、食料を求めるネモラリス人が、経済難民として周辺国へ流出する可能性が現実味を帯び始めた。
魔法使いなら、売ってくれる店に行っても、その日の内に【跳躍】で地元へ取って返せるが、力なき民は居着いてしまう。
そうなれば、その地域の家賃や物価の上昇、治安の悪化は避けられない。
今でさえ、縁故を頼ってアミトスチグマ王国へ逃れたネモラリス人は、微妙な立場に置かれ、苦しい暮らしを送り、国連決議と経済制裁によって居場所を失いつつあるのだ。
これ以上、追い詰められれば、完全に行き場を失った者たちが、ネモラリス憂撃隊に合流するか、単独でも、アーテル共和国領でテロ活動に手を染めかねない。
クラウドファンディングで得た資金は、難民キャンプ用の医薬品や食料だけでなく、アミトスチグマ王国の都市部に居るネモラリス難民の生活支援や、本国に残った人々にワクチンを届けるのにも使った。
現在も、都市部の難民支援の重要な資金源のひとつだ。
「戦術として、敵を追い詰め過ぎると、捨て身の反撃を招いて危険なのですが」
アサコール党首が苦々しく呟く。
少年兵モーフが、偉いおじさんの方へ勢いよく顔を向けた。
「えッ? 全力で戦っちゃダメなのか?」
「全力で戦うのは構わないのですが、退路……敵の逃げ道をひとつくらいは残しておかなければ、却ってよくない結果を招きやすいのですよ」
「退路……だが、この戦争自体、何を以て落としどころとするか、誰がどんな条件で勝利や敗北を判断するか不明で、和平の道筋も全く見えません」
ソルニャーク隊長が、会議机の上に重い声を吐き出した。
アーテル政府からは、レーチカ臨時政府にも、ネミュス解放軍にも何の音沙汰もないようだ。周辺国に対しても、アーテル側が和平の仲介を依頼したとの情報は、偽ニュースしかない。
ネモラリス共和国のレーチカ臨時政府とネミュス解放軍が、周辺国に何らかの働きかけを行ったと言う情報もない。
少なくとも、駐アミトスチグマ王国大使のイーニー氏は、アミトスチグマ王国政府に対する和平仲介の働きかけを指示されなかった。
機密費で何とかできるワクチンの件ならともかく、流石に停戦の呼び掛けを一介の外交官が独断で行うのは無謀だ。
「クラウドファンディングは、本社がバルバツム連邦以外にあるサービスに乗り換えるしかなさそうですね」
クラピーフニク議員が話を戻す。
ファーキルは、首を横に振った。
「それが、あんまりないんですよね。ちゃんとしたとこは、身元確認をしっかりしますし」
「本社がバルバツムって、動画もそうじゃありませんでした?」
針子のアミエーラが不安げに聞く。
「はい。ユアキャストもSNSも、運営はバルバツム連邦の企業です」
「そちらは大丈夫なんですか?」
ファーキルが答えると、亡命議員三人の声が揃った。
「今のところはまぁ……でも、アルキオーネさんたち、元瞬く星っ娘の動画は、もしかしたら芸能事務所が削除要請を出すかもしれません」
「ん? 何でだ? 歌手の娘さんたちゃ、すっぱり辞めて逃げて来たんじゃねぇのか?」
メドヴェージが首を傾げる。
「コンサートで一方的に引退宣言して、アーテル領から脱出して、アミトスチグマ王国へ不法入国しただけだ。正式に契約解除してない可能性が高いし、ぶっちゃけ犯罪者だもんな」
ラゾールニクがニヤリと唇を歪める。
ファーキルは、笑い事ではなかった。
「情報としての動画は、最悪、個人サイトに載せればいいけど、それだと拡散が減りますし、広告収入もなくなりますからね」
広告収入まで断たれては、難民キャンプが本格的な飢餓に陥ってしまう。
アカウント停止まではゆかなくても、ネモラリス共和国絡みや、アイドルユニット平和の花束……アーテル共和国の国民的アイドル瞬く星っ娘の脱退メンバーの動画は、削除される可能性が大いにある。
「アーテルの最終目標がわかれば、和平の糸口がみつかると思うのですが」
モルコーヴ議員が一同を見回す。
宣戦布告の理由は、リストヴァー自治区民の救済、信仰の弾圧阻止などだ。
アーテル共和国政府は何故か明言しないが、「魔哮砲の破壊」や「魔哮砲製造技術の破棄」「魔哮砲を製造し得る施設の破壊や人物の殺害」などが、ポデレス大統領の演説や、軍などの行動の端々からうっすら窺える。
アーテル共和国は、魔獣の大量出現で戦争どころではなくなったにも拘わらず、終戦や停戦について一言もなかった。
「アーテルの大統領選挙も、魔獣の大量出現で中断したままで、徹底抗戦を呼掛けるポデレス大統領が続投するようですし」
「ヒュムヌス氏は和平を訴えて最終候補に残りましたが、これもどうなるか」
クラピーフニク議員とアサコール党首も眉間に皺を刻む。
「次の大統領と基本政策が固まるまで、ネモラリスも周辺国も様子見するしかないでしょうね」
ラゾールニクが他人事のように言う。
ファーキルは、絶望的な気持ちになった。
「でも、あんな状況で選挙なんて……せめて、ネット回線が復旧すればマシなんでしょうけど」
通信各社は、戦争が終わるまで手出しできないと宣言した。
「今はとにかく、蔓草細工の説明動画、アカウントがある内にさっさと編集してもらって公開しましょう」
クラピーフニク議員の一言で、今日の報告会議が終わった。
☆国連は、ネモラリス難民に対する人道支援は続ける……「1844.対象品の詳細」参照
☆国連難民高等弁務官事務所は(中略)ネモラリス難民に対する支援から撤退……「1606.避難地の現状」「1607.現実に触れる」「1851.業界の連携を」「1868.撤回への努力」参照
☆武器禁輸措置と経済制裁……「1842.武器禁輸措置」「1843.大統領の会談」「1844.対象品の詳細」「1851.業界の連携を」「1862.調理法と経済」「1868.撤回への努力」参照
☆一般からの寄付が激減……「1876.急減する支援」参照
☆難民が自らバザーに出店(中略)断られる……「1865.波及する影響」参照
☆クラウドファンディングで得た資金は(中略)本国に残った人々にワクチンを届ける……「1264.広告塔の活動」参照
☆偽ニュース……「1214.偽のニュース」「1291.庶民の恨み節」「1295.住宅街で聞く」参照
☆コンサートで一方的に引退宣言……「429.諜報員に託す」「430.大混乱の動画」参照
☆ヒュムヌス氏は和平を訴えて最終候補……「1346.安定には遠く」参照
☆通信各社は、戦争が終わるまで手出しできないと宣言……「1261.対クレーマー」参照




