1932.対策の多重化
難民キャンプでの熱中症対策のひとつ、蔓草細工の帽子作りは、星の道義勇軍三人の協力で何とかなりそうだ。
それはそれとして、SNSでは引き続き、麦藁帽子の募集を掛ける。
投稿の拡散は数千単位で進むが、実際に寄付される帽子は、一週間で一個あるかないかだ。
……魔法が使えたら、そんなのいらないもんな。
そもそも、麦藁帽子の扱いがない帽子屋が多い。
日焼けを防ぐ婦人用の帽子は生地が分厚く、力なき民が被ったのでは、頭が蒸れてしまう。また、装飾が農作業の邪魔になるものが多かった。
〈作り方わかったら、麦藁調達して作るんですけど〉
〈はい、動画どぞー〉
SNSで支援の声が上がると、すかさずその支援に協力する声が出る。
差し出されたのは、麦藁細工作りの動画だ。解説はファーキルの知らない言語だが、職人の熟練技は、つい見入ってしまう魅力があった。
……でも、これ、無茶苦茶難しいんじゃないか?
深い皺が刻まれ、所々にシミが浮く節くれだった手は、麦藁を難なく編んで等間隔の編み目を生み出してゆく。だが恐らく、素人が同じ動きを真似ようとしても、麦藁がくにゃくにゃして編み目の大きさを揃えるどころではないだろう。
ファーキルも、移動販売店プラエテルミッサに居た頃、蔓草細工に挑戦してみたが、どう頑張っても上手くゆかず、情報支援に専念すると決めた。
少年兵モーフは、その辺で摘んだ蔓草で、籠などを簡単そうにひょいひょい編んだ。だが、実際に同じことをしてみると、それが高度な技術を要する手仕事なのだと思い知らされた。
……まだ子供なのにちゃんと売物になる細工物を作れるんだもんなぁ。
ファーキルは、久し振りに直接顔を合わせた少年兵モーフを見た。
自分で作る分にはいいが、他人に教えるのは苦手で、移動販売店に居た頃に聞いたモーフの説明は、よくわからなかった。
今回も、難民キャンプでの蔓草細工教室が思うようにゆかなかったらしく、難しい顔でソルニャーク隊長とメドヴェージの報告に耳を傾ける。
……でも、ロークさんは、あの説明で鍋敷きとか作れるようになってたしなぁ。
「SNSで、作り方が分かったら手伝うって言う人が何人か出ました。作り方の動画を編集して公開しようと思うんですけど、いいですか?」
「そうだなぁ。あの分じゃ、まともに使えるモンができ上がる頃にゃあ、夏が終わっちまわぁな」
ファーキルが提案すると、メドヴェージが困った顔に苦笑を浮かべて同意した。
クラピーフニク議員も、難しい顔で頷く。
「二時間もある動画をいちいち全部見るのでは、充電が幾らあっても足りませんし、要点だけをまとめたものは、難民キャンプでも助かりますね」
実演を見ただけで、ある程度できるようになる人も居れば、何度も繰り返し教わらなくては無理な人も居る。
なるべく多くの人が技術を習得できるよう、多様な教え方をするのが理に適う。
「では、その方面はジェルヌィさんにお願いするとして、熱中症の薬の消費が予想以上に早いことがわかりました」
アサコール党首が深い溜息と共に報告した。
亡命議員たちは、難民キャンプに足繁く通い、難民の要望や困り事の聞き取りだけでなく、電子カルテに転記する手書きカルテの写真撮影や、医薬品の在庫確認もする。
ファーキルも時々手伝うが、なかなか手間が掛かる作業だ。
「お薬の材料……マチャジーナからはもう輸出できないんですよね?」
確認するアミエーラの声が震える。
「今も、診療所への搬送が間に合わず、亡くなる方が居ますし」
「熱中症の予防をもっと効果的にできればいいのですが」
モルコーヴ議員とアサコール党首の顔が暗くなる。
「畑の脇に日除けのテントを置いてはいかがですか?」
提案したのは、ソルニャーク隊長だ。
「移動放送局では、催し物用の簡易テントに呪符を貼って対応していますが」
「成程。しかし、簡易テントは大抵リース品ですからね。調達するとなると寄付ではなく、購入の可能性が高くなります」
アサコール党首が難点を挙げると、隊長は頷いた。
「きちんとしたものでなくとも、日除けになりさえすればいいので、大きな布を材木に括りつけ、畑の隣の家に立て掛けるだけでもかなり違いますよ」
ソルニャーク隊長は今日、初めて難民キャンプに足を運んだ。【跳躍】用の広場から集会所までの僅かな移動で、畑の様子を一目見て、そこまで考えてくれたらしい。
衣服に掛かった術で常に守られる魔法使いにはない視点からの提案だ。
難民キャンプに身を寄せるのは、大半が力なき陸の民だが、支援者は逆に魔法使いが多い。対策の発想が、なかなか難民と同じ視点では得られないのだ。
「成程。農作業中、小マメに休憩を入れれば、多少はマシですね」
「その日陰に塩と水を置いて」
「呪符は取敢えず【耐暑】と【魔除け】だけで」
魔法使いの議員たちの顔色がよくなる。
針子のアミエーラが思い付きを口にした。
「急場は一枚布で凌いで、その間に国連が貸してくれたみたいなテントを作ろうと思うんですけど」
「それなら、【魔力の水晶】で繰り返し使えていいですね」
モルコーヴ議員が、ホッとした笑顔を針子に向ける。
「本体は普通の糸を使ってミシンで縫って、呪文と呪印は、寄付でいただいた魔法の糸が足りればいいんですけど」
新着メールが来て、ファーキルはテントの作り方を検索する手を止めた。
差出人は、クラウドファンディングの運営会社だ。
「……あッ!」
「どうしたの?」
アミエーラが不安の滲む声で聞く。
ファーキルは冷たい紅茶を一口飲み、大きく息を吐いて答えた。
「クラウドファンディングが……できなくなりました」
「何だってッ?」
最も反応が早かったのは、クラピーフニク議員だ。一瞬遅れて、会議室全体に動揺が広がる。
「どう言うコト? 何で?」
アミエーラに震える声で聞かれ、ファーキルはメールを読み上げた。
要約すると、ネモラリス共和国に対する武器禁輸措置の国連安保理決議と、それを受けた経済大国二十カ国会議による経済制裁に基づき、バルバツム連邦に本社を置くこのクラウドファンディングの運営企業も、ネモラリス共和国への資金流入を断つ為、タイトル、説明の本文、キーワードに「ネモラリス」を含む寄付依頼ページは全て非表示にしたと言う。
ファーキルは、目の前を闇に閉ざされた心地がした。
☆医薬品の在庫確認……「1766.進展する支援」参照
☆マチャジーナからはもう輸出できない……「1850.制裁対策会議」参照
☆国連が貸してくれたみたいなテント……「775.雪が降る前に」「1173.薄く軽い新聞」「1606.避難地の現状」参照
☆武器禁輸措置の国連安保理決議/経済大国二十カ国会議による経済制裁……「1842.武器禁輸措置」「1843.大統領の会談」「1844.対象品の詳細」「1851.業界の連携を」「1862.調理法と経済」「1868.撤回への努力」参照




