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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十八章 与国

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1978/3516

1930.手本を見せる

 「僕は診療所へ行くから、蔓草(つるくさ)細工の先生よろしくね」

 「お、おうっ」

 クラピーフニク議員は、戸の前に張り出した屋根の下で立ち止まり、少年兵モーフに向き直った。

 「お昼には、この集会所に戻るから、出歩かないで欲しいんだ」

 「何で?」

 「ここはまだ平野に近いからマシだけど、魔物や魔獣が区画の中まで入って来るコトがあるからね」


 クラピーフニク議員は膝を少し曲げ、モーフの両肩に手を置いた。

 「もし、何か出ても、君は戦わないで。いいね?」

 「何でだよ? 銃がありゃ、俺だって」

 「ない。だから、ここに居る間は、蔓草細工の先生に専念して欲しいんだ」


 得物(えもの)がないと言われては、力なき民の少年兵モーフには手も足も出ない。渋々頷いて、戸が開け放たれた家の中へ目を向けた。


 中の壁も、丸太のままだ。高い天井に太い丸太が渡され、所々に魔法の【灯】が(とも)る。

 木の作業台を背もたれのない低い木の椅子が囲み、大人が四人ずつ座ってこっちを見る。作業台の上には、葉を毟った(つる)の山があった。

 立ち見は居ないが、数えるのも面倒なくらいの満員だ。



 モーフは、クラピーフニク議員に連れられて、難民キャンプ第二区画の第十四集会所に入った。大人たちの視線が、年齢の割に小柄なモーフに集中する。


 「彼が蔓草(つるくさ)細工の講師です。まだ若いですが、旧直轄領でラキュス・ネーニア家の農地用に収穫籠作りの依頼を受け、きちんと納品した実績があります」


 普段はラクリマリス王国に居る亡命議員が紹介すると、難民キャンプ第二区画の受講生たちの目の色が変わった。囁き交わす声は悪口ではなく、驚きと褒め言葉らしい。

 モーフは期待の籠った視線を浴びせられ、胃が痛くなってきた。


 「えーっと……モーフです。俺、自分で作ンのはイイけど、説明とか全然ダメだから、やるとこ見るだけで覚えて欲しいんだけど、ホントそんなんでいいのか?」

 最後は隣に立つクラピーフニク議員に聞いた。

 「その為に大人が説明書を作ってくれたんだよ。ここに集まってる人たちは、もう説明書に目を通したから、実際どうするのか見て、確認する見学が必要なんだ」

 亡命議員に熱弁され、モーフはたじろいだ。


 ……ここまで来といて、やんねぇで帰ンのはナシだけどよ。


 「ラキュス・ネーニア家御用達の職人技を見せてもらえるなんて」

 「滅多にあるこっちゃない」

 「時間が勿体(もったい)ない。早く見せてくれよ」


 受講生から催促が飛び、モーフは腹を(くく)ってホワイトボード前の作業台に近付いた。

 タブレット端末を持った受講生四人が、待ってましたとばかりにモーフを囲み、斜め前と斜め後ろに左右一人ずつ、正面を空けて立つ。


 モーフは、用意された蔓草の束を手に取った。

 「えっと、まず三本と四本に分けて、こうやって真ん中で縦と横に向き変えて」


 モーフは昨日、移動放送局のトラックで、ピナたちを相手に説明を練習した。昨日も緊張したが、今日は種類が違う緊張で肩がガチガチに凝って、指の動きがぎこちない。

 亡命議員クラピーフニクは軽く会釈すると、こんな有様のモーフを置いて行ってしまった。



 モーフは動揺を押し殺して説明を続ける。

 「で、別の一本をこうやって下に置いて、押えながらこうぐるっと」

 「あー、そこ、そうなってたのか」

 「図がなかったから、ちんぷんかんぷんだったんだ」

 「成程(なるほど)なぁ」

 「絵が描ける奴、居ねぇんだ」

 応えた声が震えた。

 手前の席の奴は座ったまま、後ろの席は立って、奥の連中は椅子の上に立って見ながら好き勝手言う。


 「あっあぁ、いや、責めてるワケじゃないんだよ」

 「お前の小屋、画学生が居るとか言ってなかったか?」

 「あぁ、居るけど、今は鋳物(いもの)の手伝いで忙しいからなぁ」

 「後で動画見て図を作ってくれって頼んでくんねぇか?」

 「言うのはいいけど、報酬どうするよ?」


 話を振った奴は、半笑いになった。

 「そんな本格的なのでなくていいんだ。単純な線だけの奴なら、ちゃちゃっと描けるだろ」

 「情報を整理して単純化して、誰が見てもわかるようにすんのが難しいんじゃないか」

 報酬を云々した奴が呆れた声を出し、周囲の者たちが頷く。

 「これ、図に描き起こすのかなり難しいぞ」

 「手の形とかなぁ」


 モーフは絵を描いたコトがなく、どちらの言い分が正しいかわからないが、とにかく手を動かして蔓草(つるくさ)を編んだ。

 中心は、芯材を三本と四本の束のまま二周巻き、三週目からは一本ずつに分け、奇数の芯材は編む蔓を上に出し、偶数の芯材は編む蔓を下へ回して巻いてゆく。

 一周する度に中心へ向かって指で押して、編み目を詰めた。


 普段、何となく手癖でする作業だが、教えるつもりでひとつずつの動作を意識しながらだと、何故か、だんだん何をしているかわからなくなってくる。

 言葉での説明はとっくに諦め、完成した帽子を思い描いて、次に何をするか、手の動きにだけ意識を向けた。


 受講生たちはだんだん口数が減り、いつの間にか誰も喋らなくなった。


 モーフは、すっかり静まり返った集会室で黙々と編む。

 帽子の(つば)を編む途中、やっと気付いて説明した。

 「蔓を途中で足す時は、こうやって裏側から挟んで通してくんだ。えーっと、なくなるちょっと手前のとこから」

 「なくなったとこからやると、穴ができるからだな」

 「ん? うん……多分」

 自信を持って言えないのが情けなく、悔しかった。

 ソルニャーク隊長とメドヴェージのおっさんなら、きっと上手く説明できるのだろう。

 モーフは自分が情けなくなって、逃げ出したくなるのを(こら)えて編み続けた。



 一通り手順を見せて、一個完成させるのに二時間以上掛かった。


 ……残りたった一時間もねぇんじゃ、終わンねぇぞ。


 青くなったが、ぐずぐずしてはいられない。

 「じゃあ、みんなもやってみてくれよな」

 モーフの一言で、大人たちが作業机から蔓草を数本ずつ手に取った。

 「一番最初が一番大事だけど、一番難しいから、わかんなかったら聞いてくれ」

 モーフは奥の席へ行き、見えなかっただろう受講生の前で、最初の部分だけ実演して回る。



 案の定、クラピーフニク議員が昼メシを持って来るまでには終わらなかった。

☆旧直轄領でラキュス・ネーニア家の農地用に収穫籠作りの依頼……「1631.初めての注文」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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