1930.手本を見せる
「僕は診療所へ行くから、蔓草細工の先生よろしくね」
「お、おうっ」
クラピーフニク議員は、戸の前に張り出した屋根の下で立ち止まり、少年兵モーフに向き直った。
「お昼には、この集会所に戻るから、出歩かないで欲しいんだ」
「何で?」
「ここはまだ平野に近いからマシだけど、魔物や魔獣が区画の中まで入って来るコトがあるからね」
クラピーフニク議員は膝を少し曲げ、モーフの両肩に手を置いた。
「もし、何か出ても、君は戦わないで。いいね?」
「何でだよ? 銃がありゃ、俺だって」
「ない。だから、ここに居る間は、蔓草細工の先生に専念して欲しいんだ」
得物がないと言われては、力なき民の少年兵モーフには手も足も出ない。渋々頷いて、戸が開け放たれた家の中へ目を向けた。
中の壁も、丸太のままだ。高い天井に太い丸太が渡され、所々に魔法の【灯】が点る。
木の作業台を背もたれのない低い木の椅子が囲み、大人が四人ずつ座ってこっちを見る。作業台の上には、葉を毟った蔓の山があった。
立ち見は居ないが、数えるのも面倒なくらいの満員だ。
モーフは、クラピーフニク議員に連れられて、難民キャンプ第二区画の第十四集会所に入った。大人たちの視線が、年齢の割に小柄なモーフに集中する。
「彼が蔓草細工の講師です。まだ若いですが、旧直轄領でラキュス・ネーニア家の農地用に収穫籠作りの依頼を受け、きちんと納品した実績があります」
普段はラクリマリス王国に居る亡命議員が紹介すると、難民キャンプ第二区画の受講生たちの目の色が変わった。囁き交わす声は悪口ではなく、驚きと褒め言葉らしい。
モーフは期待の籠った視線を浴びせられ、胃が痛くなってきた。
「えーっと……モーフです。俺、自分で作ンのはイイけど、説明とか全然ダメだから、やるとこ見るだけで覚えて欲しいんだけど、ホントそんなんでいいのか?」
最後は隣に立つクラピーフニク議員に聞いた。
「その為に大人が説明書を作ってくれたんだよ。ここに集まってる人たちは、もう説明書に目を通したから、実際どうするのか見て、確認する見学が必要なんだ」
亡命議員に熱弁され、モーフはたじろいだ。
……ここまで来といて、やんねぇで帰ンのはナシだけどよ。
「ラキュス・ネーニア家御用達の職人技を見せてもらえるなんて」
「滅多にあるこっちゃない」
「時間が勿体ない。早く見せてくれよ」
受講生から催促が飛び、モーフは腹を括ってホワイトボード前の作業台に近付いた。
タブレット端末を持った受講生四人が、待ってましたとばかりにモーフを囲み、斜め前と斜め後ろに左右一人ずつ、正面を空けて立つ。
モーフは、用意された蔓草の束を手に取った。
「えっと、まず三本と四本に分けて、こうやって真ん中で縦と横に向き変えて」
モーフは昨日、移動放送局のトラックで、ピナたちを相手に説明を練習した。昨日も緊張したが、今日は種類が違う緊張で肩がガチガチに凝って、指の動きがぎこちない。
亡命議員クラピーフニクは軽く会釈すると、こんな有様のモーフを置いて行ってしまった。
モーフは動揺を押し殺して説明を続ける。
「で、別の一本をこうやって下に置いて、押えながらこうぐるっと」
「あー、そこ、そうなってたのか」
「図がなかったから、ちんぷんかんぷんだったんだ」
「成程なぁ」
「絵が描ける奴、居ねぇんだ」
応えた声が震えた。
手前の席の奴は座ったまま、後ろの席は立って、奥の連中は椅子の上に立って見ながら好き勝手言う。
「あっあぁ、いや、責めてるワケじゃないんだよ」
「お前の小屋、画学生が居るとか言ってなかったか?」
「あぁ、居るけど、今は鋳物の手伝いで忙しいからなぁ」
「後で動画見て図を作ってくれって頼んでくんねぇか?」
「言うのはいいけど、報酬どうするよ?」
話を振った奴は、半笑いになった。
「そんな本格的なのでなくていいんだ。単純な線だけの奴なら、ちゃちゃっと描けるだろ」
「情報を整理して単純化して、誰が見てもわかるようにすんのが難しいんじゃないか」
報酬を云々した奴が呆れた声を出し、周囲の者たちが頷く。
「これ、図に描き起こすのかなり難しいぞ」
「手の形とかなぁ」
モーフは絵を描いたコトがなく、どちらの言い分が正しいかわからないが、とにかく手を動かして蔓草を編んだ。
中心は、芯材を三本と四本の束のまま二周巻き、三週目からは一本ずつに分け、奇数の芯材は編む蔓を上に出し、偶数の芯材は編む蔓を下へ回して巻いてゆく。
一周する度に中心へ向かって指で押して、編み目を詰めた。
普段、何となく手癖でする作業だが、教えるつもりでひとつずつの動作を意識しながらだと、何故か、だんだん何をしているかわからなくなってくる。
言葉での説明はとっくに諦め、完成した帽子を思い描いて、次に何をするか、手の動きにだけ意識を向けた。
受講生たちはだんだん口数が減り、いつの間にか誰も喋らなくなった。
モーフは、すっかり静まり返った集会室で黙々と編む。
帽子の鍔を編む途中、やっと気付いて説明した。
「蔓を途中で足す時は、こうやって裏側から挟んで通してくんだ。えーっと、なくなるちょっと手前のとこから」
「なくなったとこからやると、穴ができるからだな」
「ん? うん……多分」
自信を持って言えないのが情けなく、悔しかった。
ソルニャーク隊長とメドヴェージのおっさんなら、きっと上手く説明できるのだろう。
モーフは自分が情けなくなって、逃げ出したくなるのを堪えて編み続けた。
一通り手順を見せて、一個完成させるのに二時間以上掛かった。
……残りたった一時間もねぇんじゃ、終わンねぇぞ。
青くなったが、ぐずぐずしてはいられない。
「じゃあ、みんなもやってみてくれよな」
モーフの一言で、大人たちが作業机から蔓草を数本ずつ手に取った。
「一番最初が一番大事だけど、一番難しいから、わかんなかったら聞いてくれ」
モーフは奥の席へ行き、見えなかっただろう受講生の前で、最初の部分だけ実演して回る。
案の定、クラピーフニク議員が昼メシを持って来るまでには終わらなかった。
☆旧直轄領でラキュス・ネーニア家の農地用に収穫籠作りの依頼……「1631.初めての注文」参照




