1929.教えに行く日
二日後、ラゾールニクは紙束を持って、デレヴィーナ市に停めた移動放送局のトラックに戻った。
ソルニャーク隊長が蔓草細工の作り方やコツ、注意点をノートに書き出し、整理して別のページに清書。ラゾールニクが、アミトスチグマ王国に居るファーキルにノートを渡した。
ファーキルがパソコンで清書して、難民キャンプの集会所全部にひとつずつ行き渡る数だけ印刷したものの一部だ。
「これ見て予習して、材料集めて下拵え済んでから、三人が教えに行くコトになったから」
「いつだ?」
ソルニャーク隊長が、印刷された帽子の作り方をパラパラ見て言う。
ラゾールニクはタブレット端末を見て答えた。
「二日後でも大丈夫?」
「了解」
ラゾールニクは、ホッチキスで留めた薄い紙束をメドヴェージとモーフにも寄越した。
「講師の先生も同じの見て、教え方の予習よろしく」
「わかった」
「俺らのメシってどうすんだ? 向こうは一日一食とかなんだろ?」
モーフが聞くと、ラゾールニクは、いつもとは違うやさしい笑みを浮かべた。
「講習は午前と午後で別の区画へ行ってもらう。移動は亡命議員たちが【跳躍】で連れてゆく。昼食は午前の区画で、マリャーナさんが、講師と受講生みんなに行き渡る量の料理を持たせてくれるから、食べてから移動だ」
「料理?」
「一人分ずつ【保存】が掛かった紙箱に分けて詰めて、【無尽袋】で運ぶから嵩張らない。午後の部も、亡命議員たちが同じのを持ってくから大丈夫だ」
「そ、そっか。向こうの食いモン、減らねぇんだな?」
「心配ない」
モーフは安心して頬を緩めた。
出発の日まで、隊長に字の読み方を教えてもらいながら、蔓草細工の帽子の作り方をおさらいする。
ピナたちは、デレヴィーナ市の図書館など、あちこちへ情報収集に出て、留守が多かった。
三日後。
モーフたちが難民キャンプに行く日の朝早く、アマナたちの父ちゃんは、ラジオのおっちゃんジョールチと一緒に出掛けた。放送場所を決める話し合いをしに行ったのだ。
どこも貸してくれないのではない。
木工場の社長が組合で声を掛けたら、是非ウチでやって欲しいと言う会社や地主が大勢現れて、話が全然まとまらないのだ。
市立図書館でデレヴィーナ市の地図を借りて、公開生放送用地に立候補した場所を確認。市内を五カ所に区切った。
放送は三カ所でするつもりだったが、どうしてもと言うところが多過ぎて、五回することになった。
人が大勢集まっても、トイレなどは大丈夫か、充分な広さがあるか、トラックを停めても段差や傾斜で危なくないかなどを調査。区切った地区内で、条件に合わなかったものを除いて、各地区で三カ所ずつにまで絞り込んだ。
今日は、放送場所の提供者たちと話し合って、どこにするか決めるのだ。
「それでは、本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
二人は、迎えに来た木工場のワゴン車に乗って、商工会議所へ行った。
モーフたちも、FMクレーヴェルのワゴン車で、デレヴィーナ市の門へ向かう。ピナたちが見送る中、DJレーフがエンジンを掛けた。
「いってらっしゃい」
ピナたちは、ワゴン車が見えなくなるまで手を振り続けた。
……日帰りだよな? 帰れるんだよな?
防壁の門を出てすぐ、DJレーフとも別れ、ラゾールニクと手を繋ぐ。
魔法使いの兄貴は、もう一方の手をソルニャーク隊長と繋ぎ、隊長はメドヴェージの手を握った。
キルクルス教徒三人が、文句ひとつ言わず魔法の移動を受容れる。リストヴァー自治区に居た頃には、想像もつかなかったコトだ。
ラゾールニクが、難しい発音の力ある言葉をすらすら唱えると、軽い目眩がして景色が変わった。
七月初旬の空は青く、まだ午前中の影が長い内だと言うのに汗が噴き出した。
ラキュス湖から風が吹き上がり、なだらかな丘を渡ってゆく。冷たい風に撫でられて、汗がすっと引いたが、またすぐに流れて止まらない。
高い防壁に門が穿たれ、白い街並が四角く切り取られて見えた。
門を出てすぐの所で、偉い人風の服を着た男女三人が手を振る。
「あの人たちが、案内してくれるネモラリスの亡命議員だ」
ラゾールニクが、繋いだ手を離して門の方へ歩いてゆく。向こうも、こっちへ歩いて来た。
防壁から少し離れた草地で合流し、ラゾールニクが双方を軽く紹介する。
一人は、見覚えのある顔だ。ランテルナ島の宿で、ファーキルがタブレット端末で見せてくれた動画。あの中で、ラクエウス議員と一緒に魔哮砲が何なのか、世界中にバラした偉いおっさんだ。
赤毛のおばさんと、ラゾールニクより少し年上に見える男は、初めて会った気がする。
大人たちはよくある挨拶を交わして、一人ずつ手を繋いだ。
モーフは、クラピーフニクと名乗った割と若い兄貴と手を繋ぐ。
「じゃ、俺はファーキル君とこ行って情報交換するんで、後はよろしく」
「帰りは、マリャーナさんの家で一旦、集合してからになります」
「了解」
ラゾールニクは、偉いおっさんに軽く手を振って門へ足を向ける。
亡命議員は三人とも魔法使いで、同じ呪文を同時に唱えた。軽い目眩がして、また景色が変わった。
木工場に似た匂いがする。
蝉の声が四方八方から襲い、耳鳴りと区別がつかない。
移動先は、木だけでできた家に囲まれた広場だった。家の壁は木の幹の形そのままで、横向けに積んであり、屋根もそんな感じだ。
木工場では、家の部品を色々加工する工程があったが、木の形ほぼそのままでも作れるらしい。
屋根の向こうには、緑の梢が見えた。
「ここは大森林にある難民キャンプ第二区画。午後からは第四区画に移動するから、午前中の説明は三時間くらいになるんだけど、大丈夫かな?」
「三時間で、みんなできるように仕込むんスか?」
「まさか。一通り説明する時に端末で動画を撮るから、それを見ながら、何日も掛けて自習してもらうんだ」
「へぇー……」
何年も掛かるコトをたった三時間だけで仕込むワケではないとわかり、モーフは少し気が楽になった。
家の間を縫う細い道へ出ると、難民がクラピーフニク議員に駆け寄って、口々に困り事を並べた。
リストヴァー自治区のラクエウス議員よりずっと若い議員は、歩きながら説明を聞いて、タブレット端末を凄い速さでつついてメモする。
クラピーフニク議員の返事は「必ずお伝えします」だけだが、難民たちはホッとした顔で離れてゆく。
そんなこんなで、モーフは戸の前に長い屋根が張り出し、掲示板を置いてある家に案内された。




