1928.教える難しさ
「まずは、材料に使う蔓草の種類からだな」
「種類は季節と用途によって異なる」
ラゾールニクが質問で水を向けると、ソルニャーク隊長が答え、漁師の爺さんが木箱から新品のノートを一冊出してくれた。
隊長が、話しながらメモしてゆく。
「帽子は、細い方が編みやすく、被った時に軽くていい。今の季節なら、蔓がまだ青く軟らかいので、下処理は葉を毟るだけでいい」
「パエデリアなら、根っこがお薬の素材になりますよ。アミトスチグマの大森林にもあるかわかりませんし、臭いがキツいんですけど」
薬師のねーちゃんが言うと、メドヴェージのおっさんが頭を掻いた。
「俺にゃ、どの蔓草がその、なんとかデリアかわかんねぇんだがよ」
「一度嗅げば忘れられませんよ。それに製薬会社や医療機関のパートやアルバイトで下処理の経験がある人なら、一目でわかります」
「へぇー、帽子と薬の材料が一遍で手に入ンのか」
メドヴェージが感心する。
隊長がメモし、ラゾールニクも端末に控えた。
「知ってる人が居る区画なら、それでいいな」
「枯れて硬くなった蔓も、一晩水に漬ければ、柔軟性を取り戻す」
ソルニャーク隊長は、帽子にしやすい蔓の太さと本数の組合せなどを凄い速さで書き留めた。
長さは、継ぎ足してゆくからあまり気にしなくていい。
蔓の中心を合わせて、縦三本、横四本で直角に配置。これが芯になる。
縦と横に組んだ蔓の下に編み進める蔓一本を置き、中心部の十字型を崩さないように二周巻く。この時、緩まないようにキツく締める。
蔓は、縦横に配置した芯一本ずつの前後に通して編んでゆく。
数周編んだら、芯の蔓を等間隔の放射状になるように広げながら編み進める。
頭の直径より一センチくらい大きく編めたら、芯の蔓を立ち上げ、深さの部分を編んでゆく。編む蔓の長さが足りなくなってきたら、帽子の内側になる位置から編目に差し込んで継ぎ足す。
深さは眉の上三センチくらい。
深さが編めたら、再び芯の蔓を寝かせて、帽子の鍔を編んでゆく。
端は、二本隣の芯の根元に差し込んで、飛び出さないように処理する。
顎紐を付けて形を整えたら完成。
……手で覚えンのと、頭でわかンの、全然別なんだな。
モーフは、ソルニャーク隊長が書いてくれた説明を読んでも、何がなんだかわからなかった。蔓草細工を作ったコトのない奴らは、もっとわからないだろう。
モーフがロークに教えた時は、「こうやってこうしてこう」などと言いながら、目の前でゆっくり作ってみせただけだ。
ロークは度々質問してモーフの手を止め、熱心にメモを取った。
あの時、何をどう聞かれたか、思い出せない。
だが、ロークはそんな説明でも、自力で鍋敷を作れるようになった。
……あれは、ローク兄ちゃんがスゲー奴だからなんだよな。
そもそもモーフ自身、ちゃんと使い物になる蔓草細工を作れるようになるまで、姉ちゃんに教えてもらって何年も掛かった。
難民キャンプに居る連中は、隊長の説明書とモーフも実演で、できるようになるのか。今から教えに行ったところで、この夏に熱中症を防ぐ帽子は、必要な分を作るのが間に合うのか。
……間に合わなきゃ、人死がでるんだよな。
ラゾールニクと漁師の爺さんが、説明書を読んであれこれ質問する。メドヴェージが答え、コツと注意点を得意げにベラベラ喋った。
ソルニャーク隊長は、それも凄い速さでメモする。
二人はそのメモを読んで、また別の質問をした。
「この編む方向は、右回りでも左回りでもいいんですか?」
「どっちでもやりやすい方でやりゃいい。何せ最後に帽子の形になりゃいいんだからよ」
「右利きと左利きの差はありそうですね」
漁師の爺さんが頷く。
おっさんが、袋から蔓草を出して編み始めた。
「俺ぁ右利きだからかな? 時計回りがやりやすいな」
実演が始まると、アマナとDJの兄貴も話に加わった。
「最初のとこ、真ん中がズレないように二周も巻くの、難しそう」
「そうだな。慣れねぇ内はここが一番難しいな。ズレたら後のが全部ズレっから肝心要の大一番だ」
「どうすれば、ズレないように巻けるんです? コツとかあります?」
「ここをこうやって押えてだな、こう、ぐるっと」
メドヴェージが、DJの兄貴にぼんやりした言葉で説明しながら実演し、隊長がその様子をきちんとした文章にしてノートに書き起こす。
「芯の本数が少ない方が押えやすそうね」
「芯が少ねぇと、編む時スカスカんなって、できた帽子が潰れやすくなンな」
「あっ! そっか……支えが減るからダメですね」
アマナはちょっと聞いただけで、何がどうダメなのか理解して言葉で表した。
モーフも経験上、芯材を増やした方がいいのは知っているが、何故そうなのかはわからなかった。
いや、蔓草が帽子や籠の形になる仕組みなど、考えたこともなかったのだ。
「構造を支える部分が増えれば、それだけ頑丈になるけど、材料がたくさん要るし、編む手間も大変だな」
DJの兄貴も、モーフが考えたことのない視点から利点と問題点を語った。
アマナの父ちゃんも話に混ざる。
「材料と時間と労力のコストと、成果物の品質とのバランスを考慮した最適解が“帽子の芯材は七本”なんですか?」
「そこまで考えたコトなかったけどよ、言われてみりゃ、確かにこんくらいが編みやすくて、そこそこ丈夫なのが出来上がって、まぁ、落とし所だな」
おっさんも何も考えずに作っていたとわかり、モーフはホッとした。
……いや、でも、俺、一人で説明できンのか?
ロークに教えた時は、横にソルニャーク隊長が居て、モーフが質問されて答えに詰まると助言してくれた。
今回は、大勢を相手にモーフ一人だ。
荷台の中で目を泳がせると、ピナの兄貴と目が合った。
北ザカート市の拠点で、オリョールたちネモラリス人ゲリラに装備の選び方や手入れの仕方を説明したのを思い出した。
あの時も、大勢の素人が相手だった。
少年兵モーフが頷いてみせると、ピナの兄貴も何やらわかった顔で頷き返した。
☆パエデリア……「391.孤独な物思い」参照
☆ロークはそんな説明でも、自力で鍋敷を作れる……「0298.この先の心配」参照
☆ゲリラに装備の選び方や手入れの仕方を説明
装備の選び方……「368.装備の仕分け」参照
手入れの仕方……「388.銃火器の講習」参照




