1927.細工物の先生
「は? 俺らが外国行くんスか?」
「今頃何言ってんだ? アーテルもラクリマリスも外国じゃねぇか」
少年兵モーフは、メドヴェージのおっさんに笑い飛ばされてムッとした。
今、移動放送局プラエテルミッサの一行が居るのは、ネモラリス島南部の小都市デレヴィーナだ。
パドールリクの元取引先の紹介で、トラックは資材会社の駐車場に無料で停めさせてもらえた。デレヴィーナ市役所の駐車場より交通量は少ないが、大型トラックの出入りがあり、やや危険な場所だ。
ラゾールニクは構わず続ける。
「アミトスチグマ王国は、湖東地方との境目にあるけど、湖南語は普通に通じるし、行き先は難民キャンプだから、説明する相手はみんなネモラリス人だ」
「こっちで動画を撮って、向こうの端末に送るんじゃダメなんですか?」
ピナが加勢してくれて、モーフは一気に心強くなった。だが、ラゾールニクは取りつく島もない。
「経済制裁の影響で、通信会社がアンテナ車を引き揚げたから、今、難民キャンプは通信途絶の状態なんだ」
「あっ……」
ピナはたった一言で俯いてしまった。
モーフはラゾールニクを睨んだが、諜報員の兄貴はどこ吹く風だ。
ランテルナ島の拠点に出入りした頃は、アーテル本土の会社に潜り込んで、警察などの情報を盗み聞きして仲間に流す役だったらしい。
情報ゲリラの魔法使いは、ピナやモーフより一枚も二枚も上手なのだ。
「でも、ボランティア団体は、貸出中や寄付の端末を引き揚げずに使わせてくれる。端末は各区画に最低一台ずつあるから、現地に行って、説明してるとこを難民自身に撮ってもらうのが手っ取り早いんだ」
少なくとも、モーフはそんな情報を知らない。
ファーキルか運び屋からインターネットで連絡があるのだろうが、ラゾールニクはあっちのみんなから来る大量の情報を全部読んで、頭に入れて、どんな情報がどんな時に要るか判断して、その時が来たらさっと出してみせるのだ。
魔法使いの工員クルィーロたちは、アミトスチグマ王国に居る仲間と時々会い、報告書を紙に印刷して移動放送局のトラックに持って帰る。
モーフは難しくて全部は読めない。最近やっと、少しだけ、わかる単語を拾い読み出来るようになったが、それだけだ。
紙で持って帰るのは、あんなに分厚くても報告書のほんの一部らしい。
「熱中症対策で、帽子が欲しいのはわかったが、魔法で何とかした方が確実ではないのか?」
「力なき民が多いから、住居の小屋には【耐暑】の呪符を貼って対応してる。これも難民キャンプで作ってるけど、畑仕事は外だからな」
ラゾールニクは、ソルニャーク隊長の質問に即答した。
薬師のねーちゃんが頷く。
「服の【耐暑】が使えないからですね」
「そうなんだ。でも、【耐暑】の効果がある【護りのリボン】に【魔力の水晶】を括りつけて、麦藁帽子の頭部分に巻いたら、かなりマシらしいんだ」
「へぇー……あれってそんな使い方もできるんですね」
魔法使いの工員クルィーロが感心する。
「でも、麦藁帽子の寄付が少ないんですね?」
「そう言うコト。魔法使いには必要ないからね。それで、現地でも手に入りやすい蔓草で、通気性のいい帽子を作って代用しようって話が出たんだ」
ラゾールニクは、薬師のねーちゃんに我が意を得たりと笑顔を向け、モーフたちに向き直った。
「三人で別々の区画へ説明しに行けば、一週間くらいで終わるんじゃないかな」
「えっ? 一週間も?」
モーフは思わず声が裏返った。
「なるべく早く作れるようになった方がいいから」
「何でそんな急ぐんだよ? 去年まで何も言わなかったじゃねぇか」
モーフは苛立ちを混ぜて聞いたが、ラゾールニクは涼しい顔ですらすら答えた。
「畑が増えた分、木陰が減って暑くなったし、農作業も増えたから、熱中症で倒れる人が増えたんだ」
「熱中症を治療する魔法薬は、たくさん手配できましたけど」
薬師のねーちゃんが困った顔でラゾールニクを見る。
「治療が間に合わなくて、助からない人がちょくちょく居るんだ」
「えッ……!」
「大陸内陸部の暑さをきちんと想定できてなかったのが原因だってのは、今だから言えるけど、難民は島国のネモラリス出身で、支援者の大半が魔法使い。どっちもそんなの知らなかったんだよ」
「お薬、足りるんですか?」
薬師のねーちゃんが泣きそうな顔で聞く。
「このままじゃ、足りなくなるかもってコトで、現地でできる対策をしようってなって、今は布で帽子を作ってるんだけど、蒸れるから」
「あぁ……」
「蔓草細工の帽子が必要なのはわかったが、教える間、我々は向こうに泊まるのか?」
「いえ、俺が【跳躍】して、ここから通いです。雨の日は休みで延期」
ラゾールニクは、ソルニャーク隊長に改まった口調で答える。
「行くのは今日明日の話じゃなくて、行ってもらえるんでしたら、明日、向こうに連絡して、三日くらい掛けて材料の蔓草を集めて、講習会の参加者を決めてもらいます」
「何カ所で教えるのだ?」
「区画は全部で三十五あって、住民は七千人から一万二千人くらいまで幅がありますからね」
診療所は各区画に一カ所、講習会や手仕事などをする集会所は、一区画に三十から五十カ所程度ある。
各区画では、集会所を中心に地区が分かれる。各地区から代表者を一名か二名ずつ集めて、各区画で一回ずつ蔓草細工の講習会を開く予定だと言う。
「三人で手分けして、午前と午後の二部構成で回れば、一日で六区画ずつ終わるから、多少長引いても、一週間そこそこかなって」
「成程な。私は行くが、メドヴェージとモーフはどうする?」
隊長が二人を見る。
「俺は大丈夫ですぜ。駐車場は貸してもらえたけど、放送するとこはまだ全然決まンねぇし」
「俺は……情報収集しかやるコトねぇし」
メドヴェージは笑顔で請合ったが、モーフは渋々言った。
情報収集もピナとは別行動だが、そんな遠い外国に引き離されるのは、ワケが違うのだ。
「情報収集は、私とか他の誰でもできるけど、蔓草細工の先生は、隊長さんとメドヴェージさんと、モーフ君にしかできないの」
ピナに言われ、モーフは腹の底がキュッと痛んだ。
ラゾールニクがニヤリと笑う。
「無理なら、二人だけで行ってもらうよ。日数が余分に掛かるだけだ」
ピナは、モーフをまっすぐな目で見て言った。
「ラクリマリス領に入ってすぐの頃、ロークさんに蔓草細工の作り方を説明してたし、モーフ君なら大丈夫よ」
あの日、モーフは生まれて初めて、他人にイチから何かを教えた。
困惑と達成感が蘇る。
「伝え忘れが心配なら、簡単な手順書を作って、現地の人に撮ってもらえばいいんですよ」
ラジオのおっちゃんジョールチの助言に背中を押され、モーフは難民キャンプでの蔓草細工講師の件を了承した。




