1917.組合との交渉
レノたちはデレヴィーナ市の門へ跳び、【跳躍】許可地点に急いだ。
六月末の空はまだ明るいが、午後四時を過ぎ、大抵の店は終業準備や夕飯の支度で忙しくなる。
一旦、移動放送局のトラックに戻った。
ピナたちは丁度、夕飯の支度を始めたところだ。レノは買って来た野菜を荷台に片付ける。
クルィーロが父に掻い摘んで説明すると、パドールリクはデレヴィーナ市内で得た情報をまとめる手を止め、じっと耳を傾けた。
薬師アウェッラーナは、薬の素材を持って奥の係員室に引っ込んだ。
葬儀屋アゴーニがしみじみ感心する。
「随分と強そうな人、連れて来たモンだなぁ」
「実際、強いぞ」
素材屋プートニクがニカっと笑う。
ソルニャーク隊長が会釈し、プートニクは小さく片手を上げた。
少年兵モーフがプートニクに纏わりつく。
「おっちゃん、この剣すげぇ!」
「湖西地方の遺跡で拾ったんだ」
「えぇッ?」
一同の目が一斉にプートニクを見た。
クルィーロが引き攣った顔で笑う。
「クロエーニィエ店長だけじゃなかったんですね」
「一緒に行った連中で山分けしたんだ。あ、これ【跳躍】代」
プートニクは荷台に膨らんだ布袋を置いた。枕くらいの袋には、芋と南瓜がぎっしり詰まる。
パドールリクが筆記具を片付けて荷台から降りた。
「それより、お急ぎなんですよね? ひとまず私から革素材屋さんに話をしますが、恐らく明日以降、商店会や林業組合などに話を通すことになると思いますよ」
「俺も行っちゃダメか?」
「えぇっと、まず私が話しますので、店の外で待っていただいて、それからお願いします」
「ついでに森で採れる薬素材と食材の話もしよう。薬師さんとパン屋の兄ちゃんも来なよ」
プートニクに呼ばれ、レノはクルィーロと顔を見合わせた。
「行くだけ行ってみたら?」
他人事のように言われ、レノは諦めてついてゆくことにした。
パドールリクがFMクレーヴェルのワゴン車を運転し、レノ、薬師アウェッラーナ、ラゾールニク、素材屋プートニクを乗せてゆく。
素材屋はまだ営業中だが、奥の台所からスープの匂いが漂ってきた。
「お忙しいところ、恐れ入ります。魔獣退治を引受けてくれる方をご紹介したいのですが、今、お時間よろしいでしょうか」
「駆除屋が来たって? どこから?」
「王都ラクリマリスです」
革素材屋の老店主が白い眉を上げた。
「わざわざ外国から連れて来てくれたってのかい?」
「素材屋さんに話したら、魔獣由来の素材を採りたいって言われたんです」
薬師アウェッラーナが言うと、老店主は微妙な顔になった。
「魔獣を狩ってくれンのは有難いが……何人でどんだけ持ってくつもりだ?」
「一人です。報酬……素材の取り分は、相談していただきたいのですが」
「相談ったって、狩人の組合も軍に半分以上、人手を取られて留守だからなぁ」
「お話だけでも」
「今日は今から晩飯だし……」
老店主が背後の扉を振り向く。
「では、林業組合と狩人の組合のご連絡先だけでも教えていただけませんか?」
パドールリクが食い下がり、どうにか組合の場所を聞き出せた。
四時半過ぎ、林業組合に駆け込んだ。
受付は露骨にイヤな顔をしたが、用件を聞いた途端、表情が明るくなった。内線で責任者に取次ぎ、他所者五人を受付脇のちょっとした応接の場へ案内する。玄関ホールと衝立で仕切られただけの空間で待つ。
奥から出て来た年配の男性が、半信半疑の顔で声を掛けた。
「移動放送局が、魔獣駆除業者を斡旋して下さるとお聞きしましたが」
「俺は駆除屋じゃなくて素材屋。自分で狩って魔獣由来の素材を採るんだ」
「王都からわざわざお越し下さいまして恐れ入ります」
「デレヴィーナの森で魔獣狩りするのに何か決まり事みたいなもの、あるか?」
素材屋プートニクが自分で話を進め、パドールリクは諦め顔でレノたちを見た。
……俺たち、一緒に居る意味あんのかな?
「仲介料として、俺たちも魔獣狩りに同行して、その時みつけた薬の素材と食材をもらいたいんですけど、どうです? 勿論、薬草園や絶光蝶の飼育場には手を付けませんよ」
ラゾールニクが話に加わった。
「一度に採り尽くされ」
「ははは。当然、そんな無茶な採り方はしませんよ。心配でしたら、ご一緒しませんか?」
プートニクの笑いに遮られたが、林業組合の責任者は表情を動かさずに応じた。
「実は来週から、絶光蝶の飼育場まで【魔除け】の敷石の補修工事が始まるのですが」
「ん? じゃあ、別に魔獣を駆除しなくても大丈夫なのか?」
プートニクが先回りすると、責任者は緑髪の頭を横に振った。
「その作業員を守る人手が不足しておりまして」
「職人の護衛が欲しいって? 魔獣を狩っていいなら、俺は別に構わんぞ」
「この人、薬師なんで、もし怪我人が出ても、何とかしてもらえますよ」
ラゾールニクが学派をバラし、アウェッラーナの顔から血の気が引く。
林業組合の責任者は、レノとパドールリクを見た。
「俺は力なき民で、タダのパン屋で……えぇっとまぁ……食材担当です」
「私は現在、移動放送局のお手伝いをしておりますが、以前は商社で働いておりまして、この街でも木工場を中心にお取引させていただいておりました」
「あぁ、パポロトニクの社長が言っていたのは、あなたでしたか」
責任者は僅かに表情を緩めた。
「護衛の報酬を別にお支払いできればよいのですが、戦争による不況と素材不足で、二進も三進も行かない状況でして」
「狩った魔獣の素材をくれるんなら、護衛代は別にいらねぇ」
「もし、一頭も出なかったら、どうされるのですか?」
「森ン中で狩らせてくんねぇか?」
「いつ頃まで滞在のご予定ですか」
「今日は無理そうだから、一旦出直す。連絡はこの人たちに頼んでくれ」
「明日、臨時集会を開きますので、明後日、改めてご連絡差し上げます」
責任者とは言え、流石に急に言われても一存では決められないらしい。
「いい返事、待ってンぞ」
プートニクは、いい方に話が決まったような顔でソファから立ち上がった。
☆湖西地方の遺跡で拾った/クロエーニィエ店長……「1314.初めての来店」参照
☆革素材屋さん……「1909.悪循環と商売」~「1911.森林活用の難」参照
☆この街でも木工場を中心にお取引……「1889.元取引先の今」~「1892.足りない素材」参照




