1912.ロークの連絡
レノたち四人は、ネモラリス島のデレヴィーナ市から、フナリス群島の王都ラクリマリスに【跳躍】する。防壁の外に広がる野原に出てすぐ、クルィーロが上着のポケットに手を突っ込んだ。
「あ、ローク君からメールだ」
「えッ? 何て?」
「俺には来てないな」
ラゾールニクも、自分のタブレット端末を出して呟く。
防壁の門へ向かう足を止め、クルィーロが読み上げた。
「休暇で今週いっぱいは王都の西神殿に居ます……だって」
「えっ? ロークさんが一人で、ですか?」
薬師アウェッラーナが、人と車両が行き交う門前の道から、クルィーロに視線を転じた。
「えっと、続き……西神殿の巡礼者向け宿泊施設で、隣の部屋に元星の標のアーテル人が居ます」
「は?」
ラゾールニクが、クルィーロの端末を覗き込む。
ウンダ市出身の中年男性で、魔獣駆除業者に【魔力の水晶】を握らされ、力ある民だと発覚。身ひとつでランテルナ島へ渡ったが、光の導き教会に断られ、カルダフストヴォー市で路上生活を送る。
ロークが王都へ行く途中、同行した運び屋フィアールカが保護を申し出た。
レノは、首都クレーヴェルの西門付近で爆弾テロに巻き込まれた件を思い出し、胸の奥にドス黒い何かが涌き上がった。
「フィアールカさん……何で、星の標を……?」
「詳しいコトは、会って話します……だってさ」
クルィーロが、レノと薬師アウェッラーナ、ラゾールニクを見回す。
「今日の目的は、血圧のお薬の材料を買うことなんで、あんまり遅くなるようなら、ちょっと……」
薬師アウェッラーナが、草地に【跳躍】してきた人々が門へ向うのを横目で見て言った。
魔法薬の降圧剤は、材料の一部がナマモノなので日持ちしない。
丸薬に加工した後も、品質を保てるのが三カ月程度で、一人分を大量に作り置きするのは無理だ。
老漁師アビエースの高血圧は、魔法薬と食事の改善などで少しマシになってきたらしいが、薬がなくなれば、すぐ悪化する。
レノは、薬師アウェッラーナからアビエースの食餌療法を頼まれた身だ。本来の要件を最優先したい。
「こっちの用事にどのくらい掛かるかわかんないし、メールでできる話は、それで何とかして、先に買物しないか?」
「そうだな。ローク君も……あ、これ、昨日の朝に出したんだ。今日、何日目なんだろ?」
「本人に聞いてみれば? 今日言ってすぐ会えるかわかんないし」
ラゾールニクが言って、さっさと門へ歩いてゆく。
三人も、人の流れに乗って王都ラクリマリスに入った。
クルィーロが【跳躍】許可地点へ向かいながら、端末を操作する。
「あ! 早ッ! もう返事来た!」
「なんて?」
昼食を店の個室で食べながら話すとのことで、幾つか候補を示された。
元星の標が同席してもよければ連れて行き、無理ならローク一人で来ると言う。
クルィーロが、露骨に顰めた顔をレノに向けた。
「え……どうする?」
「どうって……」
レノも幼馴染と同じ顔になり、二人揃ってアウェッラーナを見た。緑髪の薬師も眉間に縦皺を刻む。
「はっはははっ、そんなイヤ? 情報収集として割切るの、ムリそう?」
ラゾールニクに笑われたが、爆弾テロに巻き込まれた恐怖とあの痛みは、簡単に流せるものではない。
情報ゲリラは数呼吸分待って、表情を消した。
「わかった。午前中に薬の素材を買って、昼は元星の標抜きで、ローク君とだけ会って食べる。午後は別行動。俺はローク君と一緒に元星の標の話を聞いて、君たちはプートニクさんの店で、ネモラリス人にも売ってくれる食料品店がないか聞いてみるといい」
「そんな店ないって言われたら、どうするんですか?」
レノは、自分の声が他人のように冷たく聞こえ、鳥肌が立った。
「プートニクさんに付添い頼んで、断られたら俺にメールくれ。まぁ、ラクリマリスも王様が経済制裁に反対表明してるし、大丈夫だと思うけどね」
ラゾールニクは軽く言い、手をひらひら振った。
クルィーロが、メールに書かれた店の公式サイトを確認し、何を食べたいか話をまとめて返信する。すぐ、了解の旨、返事が来た。
まずは、【跳躍】許可地点を経由し、西神殿近くの商店街へ移動する。
移動放送局が滞在中のデレヴィーナ市では、輸入停止と護衛の人手不足による採取困難で、魔法薬の素材屋が軒並み休廃業した。店主と個人的に付合いがある薬師など、地元民と物々交換するだけの状態だ。
地元の薬師に渡す分も不足する中、他所者には売ってもらえない。
……俺たちは、まだマシなんだよな。
ラゾールニクが、ラクリマリス王国の記者証を持つフリージャーナリストのフリで、買物に付き合ってくれる。
偽造らしいが、入手経路は詮索しない方が無難だろう。
魔法薬の素材は、オリーブ油などの食材まで十把一絡げに武器禁輸措置の対象品目に指定された。
あまりにも対象が多い為、ネモラリス人とは一切取引しないのが無難と判断する企業や小売店が現れた。
……こんなコトしたって庶民が苦しむだけだし、そもそも戦争を吹っ掛けたアーテルはお咎めなしっておかしくないか?
腹の底で怒りがふつふつ煮え始める。
ここの素材屋は、商品棚が充実して店内が狭い。
レノとクルィーロは店の前で、薬師アウェッラーナとラゾールニクを待った。
王都ラクリマリスは、戦争中の国に挟まれた地域とは思えないくらい平和だ。
腥風樹の脅威が取り除かれ、巡礼者や観光客が戻った。道行く人々は、きちんとした身形でゆったり歩いて、表情が明るい。
「ニプトラ・ネウマエの慈善コンサート、中止しないって」
「え? ホントだ。ネモラリス人なのに王都でやるんだ?」
「戦争始まってすぐ王都に来たし、帰化したんじゃない?」
「そんな発表あった?」
「わかんない。でも、コンサートやるってコトは、そうなんじゃない?」
カフェの順番を待つ若い女性たちが、端末を手に小声で話す。
レノとクルィーロは、息を止めて耳を澄ました。
「私はニプトラがどこの国籍になってもついてくよ。アミちゃんも、もっとこっちで歌ってくれればいいのに」
「アミちゃん?」
「ニプトラの親戚のコ。顔そっくりで、声の質も近いから、ハモった時が控えめに言って最高で耳がとろけそうになんの」
うっとり語った緑髪の女性が、端末で動画を再生した。
☆休暇で今週いっぱいは王都の西神殿……「1899.突然の七連休」参照
☆隣の部屋に元星の標のアーテル人……「1900.情報と引換え」~「1905.王都の来訪者」参照
☆魔法薬の降圧剤……「1723.機器を買いに」参照
☆アビエースの食餌療法を頼まれた……「1754.高血圧の対策」参照
☆ラクリマリス王国の記者証を持つフリージャーナリストのフリ……「1791.わからぬ未来」「1864.買物に身分証」参照




