1911.森林活用の難
「爺さーん! 鹿皮持ってったぞー!」
「今行くー!」
店先から声が掛かり、老店主がよっこいしょと腰を上げた。
アウェッラーナたち三人もお暇する。
台所から扉一枚挟んだカウンターに出ると、緑髪の青年がにっこり笑った。
「こんにちは……爺さん、こんなカワイイ孫が居たのか」
「移動放送局の人たちだ。インタビュー受けてたんだよ」
「移動放送局?」
鹿の形そのままの皮を手にした青年が、中学生くらいに見えるアウェッラーナと金髪のパドールリク、茶髪の小柄な少年モーフを見て怪訝な顔になった。
パドールリクが皮革素材屋の老店主にした説明を繰り返し、店主夫婦も説明に加わる。緑髪の青年は、半信半疑の目で取敢えず頷いた。
「ここはマチャジーナ市の沼と違って、飼育場も薬草園も森ン中にあるからな。世話しに行くのも採りに行くのも、元々軽く命懸けなとこあるんだ。警備員が減ったせいで管理が行き届かなくなって、ちょっと荒れてきてんだよな」
「絶光蝶の鱗粉は、まだ在庫があるけどな」
老店主が、瓶の並ぶ棚へ顎をしゃくる。
「どこも大変ですよね」
パドールリクが気の毒そうに言い、再び暇を告げる。
北の農村では、自警団の魔獣駆除に加勢したが、危ないところだった。
少年兵モーフの射撃の腕が確かでも、通常弾では魔獣に通用せず、剣術の心得が多少はあるメドヴェージが魔法の剣を使っても、すぐ魔力が切れて鈍になった。
薬師アウェッラーナの兄アビエースも【操水】で戦ったが、魔獣には溺水作戦が効かず、狙撃するモーフを守るだけで精一杯だったと言う。
あの時は、元軍医の呪医セプテントリオーが一緒だったから、最悪でも即死さえしなければ何とかしてもらえるとの安心感で、無理をした。
薬師アウェッラーナには、手持ちの魔法薬と知る限りの術で、瀕死の重傷から救命できる自信がない。
移動放送局プラエテルミッサには、情報支援はできても、実戦を伴う支援は無理なのだ。
老婦人が皮を受取り、カウンターに広げると、生臭い獣臭も店内に広がった。 背や脇腹には傷ひとつない。
青年が、店を出ようとする三人を呼び止めた。
「そうだ。あっちこっち回ってんなら、薬屋に知合い居ない? 森の管理小屋に毒消し置いとくだけでもマシなんだけど」
少年兵モーフが、薬師アウェッラーナを見た。
……ここも、魔法薬が足りてないみたいだし。
アウェッラーナは、服の中に隠した薬師の証【思考する梟】学派の徽章を絶対に見せまいと心に決めた。
パドールリクが困った顔で答える。
「どこも医療者を軍に取られて大変ですからね。少し前までは、交換品をお預かりして外国での買出しを引受けたのですが、今は経済制裁のせいでネモラリス人には売ってもらえなくなりましたので」
「えッ? 何それ? 国連のアレで今そんなコトになってんですか?」
青年がパドールリクの両肩を掴んだ。その胸で【急降下する鷲】学派の徽章が揺れる。戦う力を持つ者が全員、徴用されたワケではないらしい。
「詳細は放送でお伝えしますが、国連安保理決議を受けて、経済大国二十カ国会議もネモラリス共和国に対する経済制裁を決定したんですよ」
「え……えぇッ?」
「企業や個人商店などが、ネモラリスを相手に武器禁輸措置の対象品目を取引すれば、この二十カ国に本社を置く企業が取引を停止するとのことで、取引先の取引先まで監視対象なのだそうですよ」
デレヴィーナ市民三人が言葉もなく、移動放送局の三人を見る。どうやら初耳らしい。
「アミトスチグマ王国では買物をするにもいちいち身分証が必要になり、ネモラリス人には売らない店が現れたそうです。親戚を頼って避難したネモラリス人が解雇されるなど、様々な問題が発生しているそうです」
「アミトスチグマは味方だと思ってたのに」
老婦人が鹿皮を検品する手を止めて俯いた。
「国王と政府は、ネモラリス人への差別をしないように呼掛けていますし、難民キャンプの支援も続けています」
「えっ……そうなんだ?」
パドールリクが言うと、青年が顔色をよくした。
「しかし、民間の事業者などは、取引先との関係がありますから、なかなか」
「外国と取引がない所は、売ってくれるそうなんですけどね。そう言うお店を探すのが難しくて」
アウェッラーナが付け足すと、青年が床を向き、老店主は肩を震わせた。
「卑怯な真似しくさって!」
「じゃあやっぱ、自力で頑張るしかないのか」
魔法戦士の青年が肩を落とす。
モーフがぽつりと呟いた。
「材料がありゃ、作ってもらえるアテあるんだけどな」
……ちょっ……何余計なコト言ってんのよ!
薬師アウェッラーナは思わず睨んだ。首都クレーヴェルのすぐ傍まで来て、また足留めされるのは御免蒙りたい。
地元民の三人はますます暗い顔になった。
「坊や、薬師さんのアテがあるのかい。でもな、この街もペーペーとヨボヨボでもちゃんとした薬師さんが居るからな。困ってんのは魔法薬の材料なんだよ」
「気に懸けてくれてありがとね」
老店主が渋い顔で言い、老婦人がモーフにやさしい微笑を向ける。
「兄ちゃんは戦えるヤツなんだろ?」
「一応、狩人だけど」
「魔獣とかぶっ飛ばして、薬草採って来れンじゃねぇの?」
少年兵モーフに「何故そうしないのか」と質問攻めにされ、狩人の青年は困り果てた顔でパドールリクを見た。
「俺は、薬草とかの知識がないから、ダメなんだよ」
「じゃあ、わかるヤツ連れてけばいんじゃねぇの?」
何故そうしないのかとモーフが首を傾げる。
「警備会社の人は、薬師さんとか薬草がちゃんとわかる人を護衛するのが上手いけど、俺は、自分の身ひとつ守って戦うだけで精一杯だから……えーっと、戦えない人を守りながら戦うのって、特別な訓練が要るんだよ。わかる?」
少年兵モーフは、ハッとした顔で唇を引き結び、俯いた。
「専門家の人を守ってくれる人が居れば、俺が魔獣狩りに専念して、薬草採りに行けるんだろうけど、みんな軍に取られちゃったからな」
モーフの言ったコトができるなら、とっくに実行済みだろう。
薬師アウェッラーナは、休業の貼紙を思い返し、申し訳なくなった。
☆北の農村では、自警団の魔獣駆除に加勢……「1190.助太刀の準備」~「1194.祓魔の矢の力」参照
☆経済大国二十カ国会議もネモラリス共和国に対する経済制裁を決定……「1844.対象品の詳細」「1851.業界の連携を」「1862.調理法と経済」「1868.撤回への努力」参照
☆アミトスチグマ王国では買物をするにもいちいち身分証が必要……「1864.買物に身分証」参照
☆親戚を頼って避難したネモラリス人が解雇される……「1865.波及する影響」参照




