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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十八章 与国

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1958/3519

1910.抵抗する商人

 老店主の眉間の縦皺が深くなる。

 「挙句の果てにゃ、税の物納を売物でやれときたもんだ」

 「えぇ……?」

 「ウチは皮革関係の素材屋で、靴や手袋、鞄の職人さんへ卸してたんだがね」

 老店主がお茶を啜って言った。


 ネモラリス政府軍は開戦直後から、魔獣由来の素材を買い集め始めた。

 クーデター前までは遅くとも翌月には支払われたが、首都クレーヴェルがネミュス解放軍に制圧されてからは、不定期になった。

 長引く戦争の影響で税収が落ち込み、支払が滞るのは理解できるが、素材屋たちにも生活がある。

 それでも、国防の為と、薬素材の店も、革素材の店も歯を食いしばり、政府軍の調達要請に辛うじて応じてきた。


 だが、やはり、滞納期間が長引くにつれ、どうしても、支払の早い方へ物が流れ始める。

 臨時政府は今年の一月、税法などを改正して戦時徴用(ちょうよう)規則を設けた。滞納者の資産差押を強化し、また、売惜しみには罰金を課すようになった。


 「えっ? 他の街ではそんな話、全然……」

 パドールリクが愕然と呟く。

 「あんたら、あちこち回ってるっつったが、今年の始め、どの辺に居た?」

 「ネモラリス島の東部です」

 「そっちら辺はまだ、湖東地方と取引があったし、解放軍の勢いが強いから、臨時政府も四の五の言えなかったんだろう」


 ……ジョールチさんたちは、ちょくちょくレーチカの官庁街へ公示を見に行ってたけど。


 掲示板の面積には限りがある。

 掲出の時期によっては、ジョールチたちが確認する前に入替ったかもしれない。


 「新聞や役所の掲示板には載っておりませんでしたが」

 「新聞は、紙もインクも高くなったからな。国営放送で言ったんだよ。ラジオ」

 「えぇッ? そんな大事な話、聞きそびれたらオワリなのに?」

 少年兵モーフが口を尖らせる。

 老店主が笑い、危うくお茶をこぼしそうになった。老婦人に肘で小突かれて茶器を置くと、目許を手で拭って言う。

 「そいつを放送局の坊やが言うのかい」

 「私たちは、放送内容を事前に詳しくお知らせするので、聞きそびれた人にも、誰かがメモや録音したもので伝わると思います」

 薬師(くすし)アウェッラーナが言うと、老店主は口許に残った笑いを引っ込めた。


 「もしかすると、本当にここより東へは伝わってないのかもしれんな」

 「でも、ここの方がクレーヴェルに近いですし、臨時政府の手って、もう届かないんじゃありませんか?」

 「ここは国営放送の支局や全国紙の支局があって、マチャジーナより臨時政府からの情報が多いんだよ」


 老店主がお茶を啜り、老婦人が代わって話す。

 「市役所には、解放軍側へついた人が多いんですけどね。国の機関はそうもゆきませんから」

 「あっ……」

 「まぁ、お役人も辞めたら収入がなくなるし、好き好んで臨時政府の言いなりになる人が、どれだけ居ますやら」

 老婦人は溜め息混じりに言い、五人の茶器に【操水】で香草茶を追加した。



 ラジオは自分で選局し、新聞も目を通さなければ、情報を得られない。

 連立与党のクリペウス政権と、その体制を維持するレーチカ臨時政府は、報道規制を敷き、軍を動かしてまで不都合な情報を隠蔽する。ネミュス解放軍とラクリマリス政府に暴露されても、国民に対してシラを切り続けるのだ。

 ネミュス解放軍に心が傾いた国民が、戦時特別態勢で情報統制を強めた報道に耳を貸さなくなっても、不思議はなかった。


 ……臨時政府が出さない……隠してる情報を放送してるって言ったから、信用してくれたのね。


 「商売したら、税を物納せにゃならん。臨時政府にそっぽを向いたデレヴィーナ市の地方税もあるからな」

 「市民税だけ納付すれば、国税局が黙っていないでしょうね」

 パドールリクがメモを取る手を止め、営業を続ける老店主を案じる。

 「皮は(なめ)すのに何カ月も掛かるし、家畜の皮が来るのがわかってるから、店を閉めらんないんだよ」

 「それにもう、軍隊が欲しがる物は売り切れて、入荷もありませんし」

 老婦人が店の方にチラリと目を向けたが、台所からは見えなかった。


 少年兵モーフが興味深々で聞く。

 「軍隊が欲しがるモンって?」

 「靴やら手袋やら、魔装兵の防具になる魔獣の革やそれ用の染料、【無尽袋】にも使える染料だ」

 「一部の染料は魔法薬の材料にもなるけど、それも売切れて入荷もないし、もう怖いものなしよ」

 老婦人がモーフににっこり笑ってみせる。


 薬師(くすし)アウェッラーナは卓上で拳を握った。

 「ここに来るまでに道々見た薬の素材屋さんは、みんな閉まってました。みなさん、お薬はどうなさってるんですか?」

 「あぁ、旅暮らしだと、魔法薬がないの心配だろうね。呪医と薬師(くすし)も戦争始まってすぐの頃、半分くらい政府軍に連れてかれて、残ってるのはヨボヨボのベテランとペーペーの新人ばっかりで」

 「お爺さん、薬の素材屋さんの話ですよ」

 「今、言おうとしてたんだ。順番ってもんがあるだろ」

 「あー、ハイハイ」


 話の腰を折られた老店主は、お茶を一口飲んで仕切り直した。


 「素材屋連中、臨時政府には税の物納でも渡したくないって店を閉めたけど、街のモンが家へ行ったら売ってくれるんだ」

 「えぇッ?」

 「国税局の奴らも、営業実態がなきゃ徴収できん。まぁ、店の裏で売ってんのわかってて、臨時政府には戦争のせいで店が潰れたって報告してるんだけどな」

 皮革素材屋の老店主がニヤリと笑う。


 「輸入も滞ってますから、本当に廃業して転職した人も居ますけど」

 「駆除屋を軍隊に取られたせいで、ちょっと薬草園へ行くのも命懸けだ。魔獣に襲われて何人も廃業しちまったしなぁ」

 老夫婦が揃って目を伏せ、香草茶の湯気が倒れた。

 「畑に魔獣が出たって?」

 少年兵モーフが拳を固める。

 「銃がありゃ、俺がぶっ飛ばしてやんのに」

 「あらあら、頼もしいコト」

 「あっ! 本気にしてねぇな? 俺、魔獣と戦ったコトあるんだ。銀の弾丸がありゃ、ちっせえのくらい何とかしてやんよ」

 「薬草園は森の中だから、危ないわよ」

 老婦人はムキになるモーフを(たしな)めてくれた。

☆臨時政府は今年の一月、税法などを改正……「1847.税の強制徴収」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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