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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十八章 与国

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1953/3516

1905.王都の来訪者

 無人島の対岸、王都ラクリマリスはすっかり寝静まり、残った灯火は極僅かだ。


 ロークとクラウストラが、魔法のテントを片付け終える頃、小型の漁船が姿を見せた。

 「フィアールカ神官、こんばんは」

 「今はもう神官じゃないって言ってるでしょ」

 年配の男性に応えた声がくすぐったそうな笑いを含む。


 「神官?」

 元星の(しるべ)シーテツが、小声で繰り返したが、誰も説明しない。


 漁船が岸からやや離れた所で停まる。

 「甲板に【跳躍】するから、手を繋いで」

 運び屋はロークとシーテツ、クラウストラがレフレクシオ司祭と手を繋ぐ。詠唱が終わった瞬間、足下の感触が、やわらかな砂地から木の甲板に変わった。


 風が出て、やや波はあるが、小型の魔道機船は全く揺れない。

 船長が呪文を唱えると、船はくるりと向きを変え、音もなくラキュス湖の(おもて)を滑りだした。

 頬に触れる風が強くなる。

 揺れがなく、対岸の灯火が大きくなってゆかなければ、船の動きに気付かなかっただろう。



 三分と経たず、西神殿前の桟橋に降り立った。

 「有難う。夜遅くにごめんなさいね」

 「いえいえ、こちらこそ、久し振りにフィアールカ神官の元気な顔が見られてよかったです」

 「おやすみなさい」

 運び屋フィアールカは苦笑を浮かべて手を振る。四人も漁師に礼を言い、船が見えなくなるまで手を振った。



 「西神殿の巡礼者用宿泊施設を取ったの。一週間、無料で泊まれるわ」

 元神官の運び屋が、歩きながら説明する。

 「私は、今夜中に帰らなければならないのですが」

 「はーい、お送りしまーす」

 クラウストラが、寝巻姿の司祭に共通語で元気よく応えた。



 フィアールカが案内したのは、幾つも戸が並んだ質素な建物だ。

 「今夜は他に居ないから、声を(ひそ)めなくても大丈夫よ」

 並んだ二部屋を開け、壁の燭台にそれぞれ【灯】を掛ける。

 「こっちはローク君。そっちがシーテツさん。机に乗ってるのは食べ物と交換する為の品よ」

 「食べ物と交換?」

 「明日の朝、俺が説明します」

 困惑するアーテル人にロークが請合い、五人はシーテツの部屋に入った。

 簡素な寝台が一台と書き物机、椅子は一脚だ。

 ロークは隣の部屋から椅子を運び、運び屋フィアールカに勧めた。女性二人が椅子、シーテツは寝台に腰掛け、ロークとレフレクシオ司祭は立って壁にもたれる。


 「あ、忘れるとこだった。これ、データ入れといたから」

 運び屋が、ロークにいつものタブレット端末を寄越す。

 ロークは、預かった楽譜をレフレクシオ司祭に手渡す。

 「これ、【降魔(ごうま)の楯】です」

 「有難うございます。大切に使います」

 寝巻姿の若い司祭が、古い紙片を押し戴く。共通語で礼を言い、慎重な手つきで開いた。

 「これが、この聖歌本来の歌詞なのですね」

 「(うた)ってみましょうか?」

 「お願いします」

 レフレクシオ司祭は、クラウストラの申し出を喜んで受けた。湖南語の聞き取りがかなり上達したらしい。


 元星の(しるべ)は、先程から無言で寝巻姿で来た青年を見詰める。


 クラウストラは椅子から立ち、背筋を伸ばして呪歌【降魔(ごうま)の楯】を力ある言葉で(うた)った。澄んだ歌声が魔力を帯び、聞く者の身に薄い衣を纏わせる。

 呪歌の詠唱を終えると、クラウストラはすとんと座った。

 シーテツは拍手したが、誰も手を叩かず、気マズそうに見回してやめた。

 「歌、上手いんだな」

 「歌って言うか、呪歌よ」

 「じゅか?」

 「この呪歌【降魔(ごうま)の楯】は、声と魔力が届く範囲に居るこの世の生き物に【魔除け】と【耐衝撃】の術を薄く掛けるの。何もないよりマシ程度だけど、一度に大勢掛けられるのが便利ね」

 「そして、キルクルス教の戦勝を祈る聖歌でもあります」

 レフレクシオ司祭は、共通語で言って壁から身を離した。姿勢を正すと、同じ旋律を古い共通語で朗々と歌う。



 「先具(さきそなえ) 鉄楯(くろがねのたて) 隠し持て 歌の楯並(たたな)め 魔を(ほさ)

  立掛(たちか)かる 魔の手 魔の牙 (はば)む楯 歌の楯並(たたな)め 人護る

  逆捩(さかねじ)一矢鋭鋒(いっしえいほう) (まぼ)らう組練(それん) 歌の楯並(たたな)め 魔を(ほさ)

  戦人(いくさびと) (まぼ)り返せよ (くし)ぶ歌 歌の楯並(たたな)め 人護れ」



 元自警団長シーテツの顔から血の気が引いてゆく。

 力強い男声だが、その歌には何の効果もなかった。


 歌い終えるのを待って、元神官のフィアールカが言う。

 「同じ旋律でも、魔力を乗せずに共通語で歌ったら、単なる歌よ」

 「あ、あの、もしかして、し……司祭様?」

 「では、あなたはアーテル人なのですか?」

 片言の共通語にキレイな発音の共通語で問い返す。

 元星の(しるべ)シーテツが勢いよく寝台から立ち、中途半端に共通語を混ぜた湖南語で司祭に座るよう勧める。司祭が遠慮すること数回、最終的にロークも入れて三人で寝台に座って落ち着いた。


 司祭が共通語で名乗る。

 「改めまして、私は大聖堂から参りましたレフレクシオと申します」

 「しっ、司祭様、私の名前は……えー……シーテツです」

 元星の(しるべ)は、たどたどしい共通語で、先程決めたばかりの呼称を名乗った。


 クラウストラがレフレクシオ司祭の前に立ち、端末を向ける。

 「これ、見たコトあります?」

 「はい。光ノ剣ですね。大聖堂に居た頃は、錆びて朽ちかけた非常に古い物しか見たことがなかったのですが、アーテル共和国では、日々新しい物が鍛造され、実用に供されているのを()の当たりにして、感動しました」

 若い司祭は瞳を輝かせ、共通語で答えた。

 「現在も、星道記が実践されていることは非常に喜ばしいですし、ルフス光跡教会で執り行われた光ノ剣授与式に立会えたことは、身に余る光栄でした」


 「これね、力ある民が握ったら、魔力が充填されて切れ味が上がって【光の矢】と【魔除け】の効果が発動する魔法の剣なんですよ」

 クラウストラが共通語と湖南語で説明をすると、シーテツが再び顔色を失った。

☆【降魔の楯】/キルクルス教の戦勝を祈る聖歌……「1860.金糸雀の呪歌」参照

☆ルフス光跡教会で執り行われた光ノ剣授与式に立会えた……「1899.突然の七連休」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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