1904.自警団長の剣
運び屋フィアールカが、魔法のテントから出て話の輪から外れた。
少し離れた岩場でラキュス湖に向って立ち、しきりにタブレット端末をつつく。
迎えの船が来るまで、まだまだ時間があった。
クラウストラが魔法文明圏の生活や常識を説明し、ロークが補足する。
自分の呼称をシーテツと定めた元星の標は、真剣に耳を傾け、時々質問した。聞けば聞く程、興味が涌くらしく、子供のような目で続きをせがんだ。
魔法を学ぶ手段、実生活での活用例、専門分野の学派、どんな職業があるか。就職活動のコツなど、話しは行きつ戻りつしつつ、どんどん枝葉を広げた。
勿論、今すぐすべてを覚えるのは無理だ。話の輪郭だけでも記憶に留まればいいだろう。
フィアールカがテントに戻り、タブレット端末を鞄に仕舞って話に加わる。
「そう言えばさっき、随分詳しく星の標のコト教えてくれたけど、どうしてそんなに詳しいの?」
「町内の自警団長してたんだ」
「ウンダ市の?」
「その中の町……小さい地区だけどな」
元星の標のシーテツは【灯】を掛けられた小石を見詰めて答えた。
クラウストラが身を乗り出す。
「じゃあ、銃の腕前とか凄いんだ?」
「いや、俺は剣使ってたから射撃は全然」
「え? 剣? 昔の騎士みたいに?」
「光ノ剣って知らないか?」
「知ってる! カクタケアの聖められた剣でしょ」
黒髪の少女は瞳を輝かせた。
……これだけ見たら、普通のミーハーな女子高生だよな。
「カクタケア……? あぁ、例の小説か。光ノ剣は毎年、実際に星道の職人と神学生が作ってるんだよ」
「え? スゴーい! 実物使ったコトあるんですね!」
「あぁ。何故か俺が使った時だけ、やたら切れ味よくてな」
シーテツが首を捻り、ロークは気になって聞いてみた。
「剣術とか習ってたんですか?」
「いや、全然。それで何のかんのあって、自警団長にされて、ウンダ市内の他の地区や、他の市の支部で魔獣駆除の研修やら実技訓練やら受けたんだ」
「そこで他所の支部に詳しくなったのね」
シーデツは、運び屋に頷いた。
「ん? でも、お年寄りを救助した時、土魚に襲われて、プロの業者に助けてもらったって言いましたよね」
「あぁ」
ロークが聞くと、シーデツは苦い顔になった。
クラウストラも残念そうに聞く。
「光ノ剣で戦わなかったんですか?」
「手許になかったんだ」
「忘れ物したの?」
クラウストラが苦笑する。
「軍に回収されたんだ」
「えッ? で、でも、ないと困りますよね?」
「去年の秋頃から、魔獣がやたら出るようになったろ」
「えぇ。今も多いですね」
ロークとクラウストラは同時に頷いた。
「陸軍の特殊部隊で働けって言われたんだが、怖いから断ったんだ」
「えっ? 中途採用あるんですか? 徴兵?」
「俺も初耳だったけど、戦争中だしなぁ……でも、一回断ったら、もういいって剣を回収されてそれっきりだ」
「えぇッ?」
ロークは色々な意味で驚き、何を質問すればいいかわからなかった。
王都ラクリマリスの湾内に浮かぶ小島は静かだ。四人の沈黙を漣の微かな音が埋める。
元星の標シーテツは、冷めた香草茶を一口飲んで続けた。
「当然、自警団の戦力はガタ落ちだ。それでも、作戦を土魚の駆除から住民救助に切替えて、精一杯やった」
「戦えなくなって、周りの人から何か言われなかったの?」
クラウストラが、シーテツを案じる声音で聞く。
「それは大丈夫だ。みんな、戦争中だから軍に武器を徴発されるのは仕方ないって、納得してくれた」
「そう。よかった……これ、ちょっと見てくれる?」
クラウストラがシーテツにタブレット端末を向ける。
元星の標は顔を引き攣らせた。
「光ノ剣……何で魔女がこの写真を?」
「私、カクタケアのファンだから、キルクルス教のコトとか色々調べてるの」
黒髪の魔女クラウストラが無邪気に笑う。
シーテツは、何とも言えない顔を愛想笑いの形にした。
「そ、そうかい。あの本、そんな面白いのか」
「シーテツさんも読む? 貸すよ?」
「え? いや、家も仕事もないのにそんな」
「ルフス神学校の学生にも大人気で、信仰の深い部分や、アーテルの社会問題について議論するキッカケになったって言ってましたよ」
「誰が?」
ロークが断り文句を遮ると、シーテツは驚いてこちらを向いた。
「ネットのファンフォーラムで知り合った神学生です。学生証も見せてもらいましたから、本物ですよ」
シーテツが目を丸くする。
「神学生もあんなの読むのか」
「あんなのって何よ」
「いや、あの、もっと難しい本しか読まないんだとばっかり」
クラウストラがむくれてみせると、シーテツは慌てて取り繕った。
「主人公のカクタケアは、軍の特殊部隊の隊員だったけど、ある任務で魔力があるってわかって、軍を辞めてランテルナ島に移住したの」
黒髪の少女クラウストラは、嬉々として小説「冒険者カクタケア」シリーズのプレゼンテーションを始めた。端末に登場人物の相関図や公式イラストなどを表示させつつ、活き活きと語る。
シーテツは、最初こそ彼女の勢いに気圧されたが、次第に小説の世界へ引き込まれ、前のめりに聞き入るようになった。
ロークも、話の筋は頭に入れたが、クラウストラの視点で語られる冒険者カクタケアは、同じ物語とは思えないくらい新鮮だ。
……こう言う見方もあるんだなぁ。
「そろそろ迎えに行ってちょうだい」
「了解! あ、シーテツさんも同席していいんですか?」
「後でしっかり口止めするから、大丈夫よ」
クラウストラは、魔法のテントを出て【跳躍】した。
「私たちや、これから会う人、王都での出来事は、誰に対しても、どんな手段を使っても、伝えちゃダメよ」
運び屋フィアールカが、湖南語でゆっくり言って釘を刺す。元星の標シーテツは、顔を強張らせて頷いた。
程なく、二人分の人影が現れた。
一人は黒髪の少女クラウストラ、もう一人は寝巻姿の青年だ。
「こんばんは。ここはどこですか?」
「王都ラクリマリスの湾内に浮かぶ無人島よ。さっき迎えの船を呼んだから、王都で話しましょ」
茶髪の青年に流暢な共通語で答え、緑髪の運び屋は荷物を持って立ち上がった。
☆ルフス神学校の学生にも大人気……「764.ルフスの街並」「796.共通の話題で」「1006.公開済み画像」「1103.ルフス再調査」参照
☆信仰の深い部分や、アーテルの社会問題について議論……「1105.窓を開ける鍵」「1134.ファンの会合」~「1136.民主主義国家」「1406.ファクスの涙」~「1411.データの宝箱」参照
☆主人公のカクタケア……「794.異端の冒険者」参照




