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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十八章 与国

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1950/3515

1902.無人島で待つ

 「成程(なるほど)ね。【魔力の水晶】よ。力ある民が握ると、魔力が充填されて光るの」

 「あの業者にもそう言われた」

 元星の(しるべ)(うつむ)いたまま、震える声を絞り出した。


 「ありがと。よくわかったわ」

 運び屋フィアールカは岩から腰を上げ、(みぎわ)に立った。

 無人島の岸を洗う波が、対岸の王都ラクリマリスに(とも)る灯にきらめく。


 ラキュス湖の水が湖の民の力ある言葉に応え、扉一枚分くらいの塊を成して、水面から三十センチ程の高さに浮かぶ。

 「じゃ、晩ごはん持って来るから、そこで待ってて」

 運び屋フィアールカは水の板に乗り、あっという間に無人島の岸を離れた。


 対岸に目を向ければ明るいが、この島には光源がない。【簡易結界】の外では無数の雑妖が蠢く。ロークは、空襲初日の夜を思い出して身震いした。

 念の為に【魔除け】などの呪符も持参したが、ヴィユノークの護符に入れた【水晶】の魔力がある内は、節約したい。



 「もう一人の……薬草くれた奴は、連れて来なかったんだな」

 「彼は明日も仕事がありますから」

 「そうか」


 会話がふっつり途切れ、風に打ち寄せられる(さざなみ)と、木の葉の(かす)かな囁きだけが耳に入る。


 「知り合いも、キルクルス教徒なんですけど、戦争始まってすぐくらいに魔力があるってわかったんですよ」

 「そいつ、どうなったんだ?」

 「その人の雇い主は、半世紀の内乱前から生きてるお年寄りで、知り合いの親戚と友達なんだそうです。もしかしたら、まだ魔法使いの親戚が生きてるかもしれないから、クレーヴェルを訪ねなさいって、古い手紙と写真を持たせて送り出してくれたそうです」

 「ネモラリスに渡ったのか」

 元星の(しるべ)が驚いた声を寄越す。


 「色々あったみたいで、その人と親戚、ラクリマリスで会えたそうですよ」

 「何であんたに伝わったんだ?」

 男の声は、半信半疑だ。

 「その頃はまだ、ネットが使えましたから」

 「あぁ……えっ? ラクリマリスもネット使えンのか?」

 「巡礼者用に整備が進んでるそうですよ」

 「そうか……そうだよな」



 今時、インターネットを整備しないネモラリス共和国のような国の方が、かなり珍しい存在なのだ。

 それどころか、電話回線すら普及が進まず、半世紀の内乱からの復旧工事がやっと終わったところにアーテル・ラニスタ連合軍の爆撃を受け、再び寸断された。

 業者も空襲被害に遭い、復旧が遅々として進まない。クーデター後に断線した箇所は言わずもがなだ。


 魔法でも、ある程度代用できるが、力なき民にとって極めて不便な状態が続く。経済的な復興の足を引っ張る原因のひとつだが、戦争と経済制裁でそれどころではなくなった。



 「ラクリマリス王国は、基本的に力なき民の帰化や移住を認めないんですけど、力ある民なら、一定の条件を満たせば帰化できますよ」

 「星の(しるべ)だった奴でもか?」

 「さぁ? そこまでは知りません。運び屋さんが連れ出すのは、魔力がわかって星の標の迫害から逃げた人ばかりですから」

 「そうだな」


 砂地に忽然(こつぜん)と人影が現れ、男が息を呑む。


 「ゴメンねー。ちょっと遅くなっちゃったー……誰?」

 大荷物を抱えたクラウストラが、見知らぬ男に気付いて身構える。ロークはクラウストラに駆け寄った。

 「運び屋さんが連れて来たんです。魔力があるってわかったアーテル人」

 「なぁんだ。……で、運び屋さんは?」

 「晩ごはんを受取りに行きました」

 「ふーん。じゃあ、その辺の岩、()けるからこれ持ってて」

 大きな袋は、折り畳み式のテントだ。


 クラウストラは、【重力遮断】の呪文を何度も唱え、大きな岩を次々と内陸側へ転がした。

 ロークが空いた砂地にテントを広げる。

 「これ、杭打つタイプじゃないから、人が入ってないと飛んでっちゃうの」

 「じゃあ、中で待ちましょう」

 ロークは元星の(しるべ)を促した。

 クラウストラがテントの入口を内陸側に向け、小石に【灯】を掛けて放り込む。月光のようにやわらかな光でも、闇に慣れた目には眩しかった。


 「この人、宿の手配は済んでるの?」

 「え? さぁ?」

 夕飯を調達するついでに手配したかもしれないが、フィアールカは本人に意思を確認しなかった。確証は持てない。

 カルダフストヴォー市へ戻り、門番に頼んで入れてもらうか、このテントに泊まる可能性もある。



 「この刺繍、呪文なの」

 クラウストラが、テントの刺繍をひとつずつ指差して、術の名称と効果を説明する。男は遮らずに耳を傾けた。

 「この刺繍……見たコトある」

 「えっ? どこで?」

 クラウストラが驚いてみせる。

 元星の(しるべ)は【魔除け】の呪文を指でなぞり、自信なさそうに言った。

 「教会の聖者様の像だ。衣の模様がこんなだった」

 「よく覚えてるのね」

 本当に驚いた声を浴び、男は照れ臭そうに笑った。

 「テキスタイルデザインの仕事してたから、服の模様はつい、じっくり見てしまうんだ」

 「へぇー……私のこの服も、同じの入ってるよ」

 「あっ」

 クラウストラが上着の袖を示すと、男は固まった。


 「魔法の系統には色々あってね。こうやって、刺繍とかで服や物に魔法の力を付与するのは【編む葦切(ヨシキリ)】学派って言うの。元の仕事に近い系統だったら、覚えやすいかもね」

 「うん、まぁ、その……今は……何かを決められる気分じゃないんだ」

 男は申し訳なさそうに言って、テントの刺繍を撫でた。


 魔法使いとして生きる決心がついたところで、情報が足りなければ、その後の身の振り方までは決められない。



 アミエーラは、本人が針子で、元の雇い主も縫製分野を(つかさど)る星道の職人だったから、【編む葦切(ヨシキリ)】学派を学ぶと決められた。

 また、大伯母カリンドゥラが【歌う鷦鷯(ミソサザイ)】学派の歌手で、本人も歌が嫌いではないから、そちらも勉強中だ。

 どちらを専攻するか、まだ決まらないようだが、どちらも本人に素養があり、学べる環境がある学派だった。



 ……住むとこと仕事が決まれば、犯罪に走る可能性は減るんだろうけど。


 水は低きに流れ、人は(やす)きに流れる。

 同じ身の上の元星の(しるべ)(そそのか)されれば、どうなるかわからなかった。

☆空襲初日の夜……「0068.即席魔法使い」~「0071.夜に属すモノ」参照

☆ヴィユノークの護符……「0131.知らぬも同然」参照

☆電話回線すら普及が進まず……「410.ネットの普及」参照

☆クーデター後に断線した箇所……「883.機材の取扱い」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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