1896.虚実織り交ぜ
ラズートチク少尉は、先客が乾物屋を出るのを待って、店主に声を掛けた。
「ボロい商売って言うのは?」
「足下見て吹っ掛けてるだけですよ。ネモラリスに持ってくと、三倍どころか十倍にはなるんですから」
「あぁ……」
魔獣駆除業者に扮した少尉がわかった顔で頷く。
「最近、ネモラリスに土地勘のある連中が、【無尽袋】に詰められる安い食料品を買い漁って、行商しに行ってるんです」
答えた店主の顔は苦い。
「安物を高値で売り付けた上に手数料まで取ってるってんだからタチが悪いったらありゃしない」
「貿易が止まって困ってる人にそんな」
魔装兵ルベルが思わず扉を睨むと、年配の女性店主はやや声を和らげた。
「お兄さんたちは、そんなコトしないわよね」
「知り合いに頼まれて、買出しに来たんです」
「その知り合いって、ネモラリス人?」
「えぇ。公立病院のお医者さんで、流動食用の食材と素人でも買える魔法薬の素材を買って来て欲しいと」
年配の女性店主は、魔獣駆除業者に扮した魔装兵ルベルと、ラズートチク少尉を無遠慮に値踏みした。
ルベルは、少尉が正直な理由をあっさり話したことに驚いて、何も言えない。
「私は別にそのお医者さんが自分で買いに来ても、何も聞かないで売るけどね」
「そうなんですか? 身分証とかは」
ルベルが驚いた声で言うのを遮り、店主は鼻で笑った。
「あんなの、キルクルス教徒の連中が勝手に決めたコトじゃないの」
「さっきのお店では、外国と取引があるお店とかが、取引停止を盾に脅されて仕方なくって」
「汚いやり口よね、全く!」
ルベルが言うと、店主は眉を吊り上げ、宙を睨んだ。
少尉が話を戻す。
「まぁ、こんな商売ですから、あちこちのお医者さんと付合いがありましてね」
「駆除屋さん、どこの人?」
「マコデスですけど、ネモラリス政府が駆除屋を募集していると小耳に挟みましてね」
「行ってみて、どうだった?」
店主がカウンターからやや身を乗り出す。
ラズートチク少尉は店内を見回し、他に客が居ないのを確かめると、虚実織り交ぜ、巧みに話を作った。
ネモラリス政府の仕事は、報酬があまりにも安く、経費すら出ないので諦めた。
行ったついでに神殿へ寄って、知己の安否を尋ねたところ、彼が勤める病院はプレハブで仮復旧したが、職員個人の安否まではわからないと言う。
仮設病院で尋ねると、受付の職員が医者を裏口に呼出してくれた。
ルベルは、尤もらしい説明に感心し、何度も頷いて聞く。
「彼は、ここまで来る余裕がなさそうだったので、引受けました」
「へぇー。お代は誰が出すの?」
ルベルは鋭い質問にギョッとしたが、少尉はしれっと答えた。
「一応、私物の【水晶】は預かりましたけど、沼で魔獣狩りした時に何度も助けてもらいましたからね。食料のお代くらいは、私が出そうかなと」
店主が団栗眼で少尉を見る。
「沼ってコトは、トポリ?」
「そうです。よくご存知ですね」
「そりゃ、あの辺しか居ないのが多いし、有名なのもあるから」
「えぇ。沼とレサルーブの森でちょくちょく狩って、近くのトポリやクルブニーカで売ってたんです」
「今、あの辺ってどうなの?」
情報収集するつもりが、逆に情報収集される。
少尉は、出してもいい情報を漉し取って話す。
「クルブニーカはまだ立入禁止で、トポリしか行ってませんが、防壁は直ってましたよ」
「防壁が直ったのに駆除屋が要るの?」
女性店主が首を傾げる。
「直るまでに入り込んだのを駆除する案件でしたけどね。報酬が、獲った魔獣由来の素材で、それも、政府が買取って堅パンと交換」
「ホントに安過ぎてハナシになんないわね!」
店主が呆れる。
次の客が入店し、話はそこで終わった。
乾物のキノコ専門店、干肉専門店、品揃えのいい食材店を回る。
個人商店では、他に客が居なければ、身分証の提示を省略し、見てもロクに確認しなかった。
店主たちは、ネモラリス共和国の様子を知りたがり、少尉は毎回、同じ話を繰り返す。
情報料にオマケをくれたのは、品揃え豊富な店だけだ。果物の缶詰三個が、情報料として高いか安いか、ルベルにはまだわからなかった。
ラクリマリス王国も、自身が課した湖上封鎖で物流に制限が掛かったが、どの店も商品が豊富だ。ネモラリス共和国は元より、アーテル共和国本土の都市部よりも種類、量ともに充実する。
ルベルはつい最近、やっとわかったが、直接会わずインターネットで商談をまとめることで、物流の回転を上げたらしかった。
食用キノコ三種を十リットル入り麻袋八袋分、牛、豚、羊の干肉を各五キロ、乾物の野菜を七種類各二袋分、ニンジン、南瓜、ジャガイモの二キロ入り粉末を各二袋ずつ買い集めたところで日が暮れた。
安宿で二人きりになると、ラズートチク少尉はテキパキ指示を出した。
「明日も、食材と薬素材の買出しを行う。私は明後日、トポリに跳んで本部に報告する」
「了解。どこで待ちましょう?」
ルベルは、タブレット端末をつついてメモする手を止め、顔を上げた。
「ランテルナ島で、元星の標を観察しろ。声は掛けなくていい」
「了解」
二人で量販店などを検索し、明日回る順番を地図に落とし込んだ。




