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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十八章 与国

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1942/3515

1894.水上の行商人

 まだ朝靄(あさもや)が立ち込める頃、魔装兵ルベルとラズートチク少尉は、王都ラクリマリスの安宿を出た。


 運河へ出ると、荷を満載した舟が東西から次々と渡って来る。

 「朝市の舟はな、卸売市場を通さず、農家が直売に来るのだ」

 「王都の中に畑があるんですか?」

 ルベルは見回したが、朝靄のせいで視程(してい)が狭く、すぐ傍の建物しか見えない。


 「西門と東門の近くに貸舟屋がある。農家の人たちは車で売り物を持って来て積み替え、あぁやって売って回るのだ」

 「へぇー。農家って舟も動かせるんですね」

 山育ちのルベルが感心すると、少尉は苦笑した。

 「大半の農家が、貸舟屋で船頭を雇う」

 「そ……そうですか」



 運河沿いにしばらく歩くと、朝靄が晴れてきた。

 太い運河の(ほとり)では、買物籠を()げた住民らが、目当ての舟を呼び止めて野菜を買ってゆく。ルベルと少尉も、岸へ寄った舟を覗いた。

 何種類もの野菜を積んだ舟もあれば、一種類を大量に運ぶ舟もある。


 「呪符で南瓜(カボチャ)、売ってもらえますか?」

 「はいよー。【光の矢】か。害獣退治にいいね。一枚で五個だ」

 「有難うございます」

 南瓜だけを売る農家が【操水】で五個岸へ上げ、ラズートチク少尉が広げた【軽量の袋】に入れた。少尉はその水に呪符を一枚置く。

 「まいどありー」

 八枚持参した【軽量の袋】の一枚が、南瓜五個でいっぱいになった。


 少尉は南瓜の袋をルベルに渡し、数種類の豆を籠に入れた舟を呼び止めた。【光の矢】の呪符二枚で、豆を四種類ビニール袋に入れて渡してもらう。豆の袋四つを南瓜の隙間に捻じ込んで、芋を売る舟を呼ぶ。拳大(こぶしだい)の芋は、呪符一枚で袋いっぱいに買えた。

 ルベルは袋の口を(くく)って肩に掛け、少尉についてゆく。

 ネモラリス共和国の食料事情を思い、気持ちが沈んだ。


 ……タンパク質は魚で何とかなるから、まだマシなんだよな。


 空は曇りだが、王都ラクリマリスで朝市に繰り出した人々の顔は、売り手も買い手も明るい。野菜を積んだ舟は、後から後からやって来る。

 細長い舟の舳先(へさき)に立つのが船頭で、(とも)に座るのが農家だ。【畑打(はたう)雲雀(ヒバリ)】学派の徽章(きしょう)()げた者たちが、岸辺を行く人々に売物の種類を告げる。野菜の名があちこちから挙がって重なった。


 玉葱とズッキーニで、三袋目と四袋目もいっぱいになる。

 少尉は茄子で五袋目を満たし、六袋目は半分だけトマトを買い、葉物野菜を乗せた。七袋目にはトウモロコシを詰め込み、最後の一枚は三種類の葉物野菜を押し込んだ。


 呪符はまだあるが、(かさ)が変わらない【軽量の袋】では、これ以上持てない。

 後ろ髪引かれる思いで渡し舟に乗り、王都の門を出た。



 トポリ基地の陸軍病院へ【跳躍】する。

 結界のせいで、やや離れた地点に出るしかないのがもどかしい。

 「あっちだ」

 ラズートチク少尉に顎で示された方を見ると、ジープが停車中だ。病院職員が運転席で敬礼し、エンジンを掛ける。


 トポリ基地の門を(くぐ)ると、前庭に簡易テントが設営してあった。

 会議用の長机を囲み、呪医と看護師が待ち構える。


 「おはようございます。なるべく栄養が偏らないよう、種類を多くしました」

 ラズートチク少尉が言いながら袋の中身を机に並べ、ルベルも(なら)った。看護師たちも、残りの六袋を出す。


 薬師(くすし)が声を弾ませた。

 「トウモロコシ、有難うございます。髭が魔法薬の素材なんです」

 「それでは、二便目はトウモロコシを二袋分、買いましょうか?」

 少尉が聞くと、呪医が首を横に振った。

 「可食部が少ないですからね」

 「芯は北の農家に渡して、家畜の飼料ですし」

 看護師が同調し、薬師が渋々頷く。

 「じゃあ、一袋で。これから暑くなりますし、力なき民向けの皮膚病治療薬が、たくさん要るんですけどね」


 ルベルは空になった【軽量の袋】を回収して少尉に聞いた。

 「では、それは素材屋さんにあれば、別途、買い足しますか?」

 「そうだな……今日中には無理かもしれませんが、なるべく早くお持ちします」

 「有難うございます。お願いします」


 五人の医療者たちが、手際良く野菜を分ける。

 会議机の上で五等分された野菜は、一塊が四人家族一世帯分くらいにしかならなかった。


 「トウモロコシはここに残して、他はトポリ市内へ」

 「それがいいですね」

 「他にも、もっとこれが欲しいなど、ありますか?」

 「まぁ、何もかも足りないんですけどね」

 看護師たちが苦笑する。


 「薬の素材は、無資格でも買える物しか調達できませんけどね」

 「日持ちするお野菜が」

 「葉物野菜は、乾物を【無尽袋】で運んだ方がいいかもしれません」

 「豆も、粉末なら一緒に入れられますよ」

 「成程(なるほど)

 少尉が質問し、ルベルがタブレット端末でメモを取る。

 追加購入を確認し、医療者五人はトポリ市内へ、ルベルたちは王都ラクリマリスに跳んだ。



 ……もっと、人手と【軽量の袋】があればなぁ。


 出せるものなら、とっくに出しただろう。

 野菜の購入費用すらなく、ルベルたちがアーテル領で魔獣を駆除して稼がなければならないのだ。

 アーテル本土の資産がランテルナ島、ラクリマリス王国、ネモラリス共和国へ流出するが、国家予算に対して微々たるものだ。

 魔獣駆除による恩恵の方が遙かに大きい。



 渡し舟を使って急いで戻ったが、行商の舟は先程の半分も居なかった。完売したか、河岸を変えたらしい。

 「やぁ、また会ったね。ネモラリスの身内に頼まれたのかい?」

 「えぇ。そうなんですよ」

 少尉が話を合わせると、農家のおかみさんは、玉葱一袋にブロッコリーを一塊おまけしてくれた。


 「経済制裁なんて、何の力もない庶民を苦しめるだけなのにねぇ」

 二人は何度も礼を言い、ネーニア島のトポリ基地へ戻った。


 ……世界中から批難されて、よってたかって殺す勢いで経済制裁されても、味方でいてくれる人が居るなんてな。


 人情が身に()みる。

 魔装兵ルベルは、こぼれそうな涙を(こら)え、陸軍病院の職員に荷物を渡した。

☆よってたかって殺す勢いで経済制裁……「1851.業界の連携を」、後書きの【参考】も参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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