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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十八章 与国

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1892.足りない素材

 「坊や、まだ小さいのに蔓草(つるくさ)で細工物作れるのかい? 大したもんだ」

 急に褒められ、モーフは目を泳がせた。


 代わりにメドヴェージが礼を言う。

 「ありがとよ。流石、社長さん。わかってンなぁ」

 「蔓草細工もパンや焼き菓子と一緒に販売して、かなり売れ筋なんですよ」

 クルィーロたちの父パドールリクも、我が事のような笑顔で付け足した。

 「旧直轄領では、野菜の収穫籠を作って欲しいと注文が入りましてね。太い蔓で百個も編んで納品したんですよ」

 「そりゃ凄い! ホントに文句なしに一端(いっぱし)の職人じゃないか!」

 社長の驚嘆を浴び、モーフがメドヴェージの背後に隠れる。

 「でも、魔法じゃねぇし」


 「魔法の工程も、そうでない工程も、両方大事だ」

 「でも……」

 「さっき、機械で丸太切ってたろ? あれだって、丸太の位置や帯鋸(おびのこ)の設定がズレてたら、斜めンなって材木がパァだ。人の手でも、機械でも、魔法でも、みんな一緒。どの工程も大事なんだ」

 緑髪の社長に真剣な眼差しを注がれ、モーフはぎこちなく頷いた。


 「俺は魔法使いだけど、工場で魔法に関係ない工程、担当してたし、モーフ君は蔓草細工いっぱい売れたって結果出してるんだ。もっと自信持っていいよ」

 クルィーロは、たくさんの蔓草細工を深鍋一個と交換させられた件を思い出し、モーフを励ました。



 プラヴィーク市の自警団員は帽子を【魔力の水晶】と、クロエーニィエ店長は買物籠を【護りのリボン】と、旧直轄領では収穫籠百個を魔獣の消し炭などと交換してくれた。

 道中の街や村でも、蔓草細工は一個につき何かひとつと交換してもらえた。


 今、思い返せば、あの道具屋が、難癖付けて大幅に値切っただけだとわかる。

 だが、疲れ切って、既に傷付いた心に追い打ちを掛けた仕打ちは、モーフの心にかなり深い傷を残したらしい。


 ……そう言や、あの鍋ずっと使ってるし、イヤでも毎日思い出すよな。



 「じゃあ次、柱作る工程に行ってみようか」

 社長に促され、六人は緑のマットが敷かれた安全通路をぞろぞろついて行った。


 この工程では、丸みを切り落とした四角柱に筆で呪文と呪印を書込む。

 職人の(かたわ)らには、抽斗(ひきだし)がたくさんある車輪付きの棚が控える。端は斜めに固定された書見台で、図面が金具で留めてあった。天板には絵皿とインク瓶、筆が幾つも並ぶ。

 職人は、異なる色を含ませた四本の筆を何度も持ち替え、木材に手際良く、力ある言葉と複雑な呪印を書込んでゆく。


 五人の職人たちは、一本ずつ担当するが、それぞれ使う色と呪文が異なる。

 クルィーロは気になって聞いてみた。

 「どうして色とか違うんですか?」

 「施主の懐具合と魔力の差だよ。力なき民でも、金持ちなら【魔力の水晶】や魔力を蓄える宝石類でなんとかなるし、力ある民でも、弱かったら魔力不足で護りの術を維持・発動できんからね」

 「あ……そ、そうでしたね」


 クルィーロは、どっと冷や汗が出た。オルラーン家で唯一の力ある民だが、大した魔力がない。

 両親は、息子一人では不足する魔力を【魔力の水晶】で補った。魔力の補充もクルィーロ一人では足りず、毎月の充填料が家計に重く()し掛かった。


 「まぁ、駆除屋が軍に取られて、他の色で代用してるってのもある」

 モーフが、社長の説明に首を傾げる。

 「駆除屋が居なかったら、色が足りなくなるって、何で?」

 「黒……魔獣の消し炭と水知樹(みずちじゅ)の樹液と混ぜたインクやらなんやら、魔獣由来の素材が要る色が品薄になるんだよ」

 「そうなんだ」


 木工場の社長が、何色も並ぶ絵皿を困った顔で見る。父が即座に聞いた。

 「政府軍が、魔獣駆除業者を徴兵したのですか?」

 「徴兵ってのとは、ちっと違うみたいだけどな。ネーニア島の街は空襲で防壁がやられただろ」

 「えぇ」

 「街に入り込んだ魔獣を狩らせて、報酬は、素材が採れたら、軍が食料品や何かと交換するってやり方らしくてな」


 クルィーロは驚いた。

 「えッ? 存在の核に当たって灰になったら、タダ働きじゃないですか」

 「まぁ何せ、臨時政府の税収が落ち込んで予算がないからな。報酬と素材の確保を物々交換でやろうって寸法だ」

 「ない袖は振れませんからね」

 父が溜め息混じりに頷いた。


 ラゾールニクが言う。

 「こないだオバーボクに行った時は、そこそこの品揃えだったけど?」

 「小売だろ? 業務用の大口は、一回の購入量に制限が掛かってるし、次に買うまで種類毎に何日か間をあけにゃならんのだよ」

 「今、そんなコトになってるんスか」


 ……そう言や、業務用の店や商社は調べなかったもんな。


 クルィーロは、調査の偏りを思い知らされたが、どうすれば卸売の動向を掴めるか、わからなかった。


 「色の粉なくなったら、家作れなくなんの?」

 モーフが不安げな声を出すと、社長は苦笑した。

 「少し値は張るけど、代わりの素材はまだあるからね。しばらくは大丈夫だよ」


 「経済制裁で輸入が止まったし、魔獣駆除業者が獲った分は、臨時政府の買上げだ。代替素材って、そんな急に増産できるモン?」

 ラゾールニクがすかさず突っ込むと、社長は返事に詰まった。

 職人が手を止めて言う。

 「イザとなりゃ自警団についてって【祓魔の矢】を撃つくらいやってやらぁな」

 「おっちゃんも、あの魔法の矢、使えんの?」

 モーフが瞳を輝かせた。

 「あんなモン、【操水】できりゃ、誰だって使えらぁ」

 「でも、【魔力の水晶】で作用力を借りて、呪歌は(うた)えるけど、【操水】はできないよ」

 アマナが不満そうに言い、クルィーロは肝が冷えた。


 「ん? 嬢ちゃん呪歌はイケるのか」

 「でも、【癒しの風】しか謳えませんよ」

 「力なき民でそんだけできりゃ上等だ。【操水】もたんと稽古すりゃできるさ」

 「えッ? 【水晶】でもできるんですか?」

 アマナの目の色が変わり、職人がたじろいだ。


 「あぁ、誰か魔法使いに魔力の流れと、その操り方を教えてもらやぁ、バケツ半分くらいはなんとかなるぞ」

 「まぁ【水晶】の魔力が切れたら、いきなり制御を離れるから、使いどころは難しいけどな」

 社長に注意を与えられたが、アマナは瞳の輝きを一層強めて頷いた。

☆野菜の収穫籠を作って欲しいと注文……「1632.太い蔓草採取」参照

☆たくさんの蔓草細工を深鍋一個と交換させられた件……「0288.どの道を選ぶ」参照

☆プラヴィーク市の自警団員は帽子を【魔力の水晶】……「0286.プラヴィーク」「0287.自警団の情報」参照

☆クロエーニィエ店長は買物籠を【護りのリボン】……「425.政治ニュース」参照

☆旧直轄領では収穫籠百個を魔獣の消し炭など……「1704.遠い日の故郷」参照

☆街に入り込んだ魔獣を狩らせ……「1112.曖昧な口約束」「1163.懐いた新兵器」「1257.不備と不手際」「1343.低調な投票率」「1514.イイ話を語る」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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