1892.足りない素材
「坊や、まだ小さいのに蔓草で細工物作れるのかい? 大したもんだ」
急に褒められ、モーフは目を泳がせた。
代わりにメドヴェージが礼を言う。
「ありがとよ。流石、社長さん。わかってンなぁ」
「蔓草細工もパンや焼き菓子と一緒に販売して、かなり売れ筋なんですよ」
クルィーロたちの父パドールリクも、我が事のような笑顔で付け足した。
「旧直轄領では、野菜の収穫籠を作って欲しいと注文が入りましてね。太い蔓で百個も編んで納品したんですよ」
「そりゃ凄い! ホントに文句なしに一端の職人じゃないか!」
社長の驚嘆を浴び、モーフがメドヴェージの背後に隠れる。
「でも、魔法じゃねぇし」
「魔法の工程も、そうでない工程も、両方大事だ」
「でも……」
「さっき、機械で丸太切ってたろ? あれだって、丸太の位置や帯鋸の設定がズレてたら、斜めンなって材木がパァだ。人の手でも、機械でも、魔法でも、みんな一緒。どの工程も大事なんだ」
緑髪の社長に真剣な眼差しを注がれ、モーフはぎこちなく頷いた。
「俺は魔法使いだけど、工場で魔法に関係ない工程、担当してたし、モーフ君は蔓草細工いっぱい売れたって結果出してるんだ。もっと自信持っていいよ」
クルィーロは、たくさんの蔓草細工を深鍋一個と交換させられた件を思い出し、モーフを励ました。
プラヴィーク市の自警団員は帽子を【魔力の水晶】と、クロエーニィエ店長は買物籠を【護りのリボン】と、旧直轄領では収穫籠百個を魔獣の消し炭などと交換してくれた。
道中の街や村でも、蔓草細工は一個につき何かひとつと交換してもらえた。
今、思い返せば、あの道具屋が、難癖付けて大幅に値切っただけだとわかる。
だが、疲れ切って、既に傷付いた心に追い打ちを掛けた仕打ちは、モーフの心にかなり深い傷を残したらしい。
……そう言や、あの鍋ずっと使ってるし、イヤでも毎日思い出すよな。
「じゃあ次、柱作る工程に行ってみようか」
社長に促され、六人は緑のマットが敷かれた安全通路をぞろぞろついて行った。
この工程では、丸みを切り落とした四角柱に筆で呪文と呪印を書込む。
職人の傍らには、抽斗がたくさんある車輪付きの棚が控える。端は斜めに固定された書見台で、図面が金具で留めてあった。天板には絵皿とインク瓶、筆が幾つも並ぶ。
職人は、異なる色を含ませた四本の筆を何度も持ち替え、木材に手際良く、力ある言葉と複雑な呪印を書込んでゆく。
五人の職人たちは、一本ずつ担当するが、それぞれ使う色と呪文が異なる。
クルィーロは気になって聞いてみた。
「どうして色とか違うんですか?」
「施主の懐具合と魔力の差だよ。力なき民でも、金持ちなら【魔力の水晶】や魔力を蓄える宝石類でなんとかなるし、力ある民でも、弱かったら魔力不足で護りの術を維持・発動できんからね」
「あ……そ、そうでしたね」
クルィーロは、どっと冷や汗が出た。オルラーン家で唯一の力ある民だが、大した魔力がない。
両親は、息子一人では不足する魔力を【魔力の水晶】で補った。魔力の補充もクルィーロ一人では足りず、毎月の充填料が家計に重く圧し掛かった。
「まぁ、駆除屋が軍に取られて、他の色で代用してるってのもある」
モーフが、社長の説明に首を傾げる。
「駆除屋が居なかったら、色が足りなくなるって、何で?」
「黒……魔獣の消し炭と水知樹の樹液と混ぜたインクやらなんやら、魔獣由来の素材が要る色が品薄になるんだよ」
「そうなんだ」
木工場の社長が、何色も並ぶ絵皿を困った顔で見る。父が即座に聞いた。
「政府軍が、魔獣駆除業者を徴兵したのですか?」
「徴兵ってのとは、ちっと違うみたいだけどな。ネーニア島の街は空襲で防壁がやられただろ」
「えぇ」
「街に入り込んだ魔獣を狩らせて、報酬は、素材が採れたら、軍が食料品や何かと交換するってやり方らしくてな」
クルィーロは驚いた。
「えッ? 存在の核に当たって灰になったら、タダ働きじゃないですか」
「まぁ何せ、臨時政府の税収が落ち込んで予算がないからな。報酬と素材の確保を物々交換でやろうって寸法だ」
「ない袖は振れませんからね」
父が溜め息混じりに頷いた。
ラゾールニクが言う。
「こないだオバーボクに行った時は、そこそこの品揃えだったけど?」
「小売だろ? 業務用の大口は、一回の購入量に制限が掛かってるし、次に買うまで種類毎に何日か間をあけにゃならんのだよ」
「今、そんなコトになってるんスか」
……そう言や、業務用の店や商社は調べなかったもんな。
クルィーロは、調査の偏りを思い知らされたが、どうすれば卸売の動向を掴めるか、わからなかった。
「色の粉なくなったら、家作れなくなんの?」
モーフが不安げな声を出すと、社長は苦笑した。
「少し値は張るけど、代わりの素材はまだあるからね。しばらくは大丈夫だよ」
「経済制裁で輸入が止まったし、魔獣駆除業者が獲った分は、臨時政府の買上げだ。代替素材って、そんな急に増産できるモン?」
ラゾールニクがすかさず突っ込むと、社長は返事に詰まった。
職人が手を止めて言う。
「イザとなりゃ自警団についてって【祓魔の矢】を撃つくらいやってやらぁな」
「おっちゃんも、あの魔法の矢、使えんの?」
モーフが瞳を輝かせた。
「あんなモン、【操水】できりゃ、誰だって使えらぁ」
「でも、【魔力の水晶】で作用力を借りて、呪歌は謳えるけど、【操水】はできないよ」
アマナが不満そうに言い、クルィーロは肝が冷えた。
「ん? 嬢ちゃん呪歌はイケるのか」
「でも、【癒しの風】しか謳えませんよ」
「力なき民でそんだけできりゃ上等だ。【操水】もたんと稽古すりゃできるさ」
「えッ? 【水晶】でもできるんですか?」
アマナの目の色が変わり、職人がたじろいだ。
「あぁ、誰か魔法使いに魔力の流れと、その操り方を教えてもらやぁ、バケツ半分くらいはなんとかなるぞ」
「まぁ【水晶】の魔力が切れたら、いきなり制御を離れるから、使いどころは難しいけどな」
社長に注意を与えられたが、アマナは瞳の輝きを一層強めて頷いた。
☆野菜の収穫籠を作って欲しいと注文……「1632.太い蔓草採取」参照
☆たくさんの蔓草細工を深鍋一個と交換させられた件……「0288.どの道を選ぶ」参照
☆プラヴィーク市の自警団員は帽子を【魔力の水晶】……「0286.プラヴィーク」「0287.自警団の情報」参照
☆クロエーニィエ店長は買物籠を【護りのリボン】……「425.政治ニュース」参照
☆旧直轄領では収穫籠百個を魔獣の消し炭など……「1704.遠い日の故郷」参照
☆街に入り込んだ魔獣を狩らせ……「1112.曖昧な口約束」「1163.懐いた新兵器」「1257.不備と不手際」「1343.低調な投票率」「1514.イイ話を語る」参照




