0194.研究所で再会
クルブニーカ第一研究所は、空襲に遭わなかったらしく、無傷だ。
民家くらいの小ぢんまりしたコンクリートの二階建てで、やや広い窓には鉄格子が嵌る。
肩の高さの塀に囲まれた前庭兼駐車場は、トラック二台分くらい。
車はない。だが、魔法使いなら【跳躍】できる。
無人とは言い切れなかった。
クルィーロは、鉄製の門扉前からそっと覗いて窓に目を凝らしたが、人の有無はわからなかった。
警戒すべきは、魔物と暴漢。だが、研究者以外の者がわざわざ森の中へ避難するとは思えない。
不意に玄関の戸が開いた。
無警戒に出て来た湖の民の男性が、ギョッとして動きを止める。クルィーロも動けなかった。
ソルニャーク隊長と少年兵モーフが同時に息を呑む。
先に口を開いたのは、湖の民の男性だ。
「お前ら、くたばってなかったのか」
それだけ言うと、クルィーロの知らない呪文を唱え始める。
「あ、ちょ、ちょっと待って下さいッ! ちょっと待ってッ! 怪しいモンじゃないんですッ!」
「……彼は、我々がテロリストだと知っている」
ソルニャーク隊長が淡々と告げ、クルィーロの肩を掴んで後ろに押しやる。
「君は、妹さんたちの所へ戻れ」
「えッ?」
「早くッ!」
少年兵モーフに突き飛ばされた。さっきまで立っていた地面に土煙が上がる。湖の民が舌打ちして詠唱を再開し、クルィーロはトラックへ走った。
……湖の民同士なら、信じてくれるかも……?
「アウェッラーナさーんッ!」
クルィーロの切迫した叫びに仲間たちが何事かと集まる。
名指しにされた湖の民の薬師が、緊張に上ずった声で聞いた。
「……どうしました?」
「ちょ、ちょっと、来て下さい」
「お兄ちゃんッ!」
「お前は来るなッ! トラック入って!」
駆け寄るアマナを追い返し、湖の民の薬師と二人で門へ走った。
星の道義勇兵二人はまだ無事で、年配の湖の民と険悪な空気で話す。
「悪運の強い奴らめ……」
「まぁな。あんたこそ、何故、こんな所に?」
「答える義理はねぇな」
「確かに」
クルィーロは星の道義勇兵の後ろで足を止めたが、薬師アウェッラーナはそのまま門扉に駆け寄った。あまりの無防備さに隊長たちも言葉を失う。
「……葬儀屋さんッ!」
「薬師の姐ちゃんじゃねぇか! 何でこんな奴らと一緒に?」
……あ、なんだ。知り合いか。
肩から力が抜け、クルィーロはトラックを振り向いた。
メドヴェージが運転席の窓から顔を出してこちらを覗う。
他のみんなは荷台に乗ったのか、姿が見えない。
クルィーロは運転席に笑顔で頷いてみせ、アウェッラーナの隣に立った。
「空襲からずっと一緒に避難してるんです。話すと長くなりますし、あの、怪我人も居るので、中へ入れていただいてもいいですか?」
「ん……まぁ、いいか。怪我人ってなぁ、そんな重傷なのか?」
葬儀屋と呼ばれた湖の民は少し躊躇ったが、門扉に近付き、訪問者を見回して頷いた。
「いえ、自力で歩けますけど、腕を骨折してるんです」
「そうか。じゃ、センセイ呼んで来らぁ」
葬儀屋は、門扉の鍵と閂を外して、研究所に駆け戻った。
クルィーロとアウェッラーナが鉄の門扉を押し開ける。
ソルニャーク隊長と少年兵モーフはトラックに戻った。
クルィーロがメドヴェージを誘導し、研究所の敷地内に駐車させるところへ、先程の湖の民が出て来た。よく見ると、首から【導く白蝶】の徽章を提げている。葬儀屋が職業なのは本当らしい。
続いてもう一人、湖の民の男性が出て来た。こちらは【青き片翼】の徽章だ。丁度いいことに「センセイ」は外科の呪医らしい。
「アガート病院の……」
「呪医も、ご無事だったんですね」
湖の民の呪医と薬師が喜びと驚きに声を震わせる。
メドヴェージが運転席から飛び下りて駆け寄った。
「センセイッ!」
「運転手さんもッ?」
……ん? メドヴェージさんのことは「テロリストの星の道義勇兵」じゃなくって、個人的に知ってんのか?
クルィーロは反応の違いに驚いたが、悪い方向の知人ではなさそうなので、それ以上は考えずに流した。
「怪我人が居ると聞いたのですが……」
「今、降ろしやすが、俺ら、カネ……」
運転手メドヴェージが申し訳なさそうに語尾を濁す。【青き片翼】の呪医は笑って言った。
「今は非常時です。それに、ここでおカネなんかもらっても仕方ありませんよ」
メドヴェージは一礼して荷台へ走った。アミエーラを連れて小走りに戻る。
他の仲間たちも、おっかなびっくり出て来た。
「子供も居んのか……」
「俺と彼の妹たちです」
クルィーロがレノを掌で示して言うと、葬儀屋は首を横に振り、可哀想になと呟いた。
葬儀屋の案内で、一階の会議室に通された。
長机が中央に空間を開けて、正方形に組んである。各自、思い思いの席に腰を落ち着けた。
まず、呪医がアミエーラの傷を診る。
単純骨折で、適切な応急処置を受けた為、心配ないらしい。
「骨がずれた状態で癒着していたら、もう一度折って繋ぎ直さねばならない所でした。でも、この分なら【骨繕う糸】をそのまま使っても大丈夫です」
呪医は慣れた手つきで包帯を解き、添え木を外した。折れた部分に手を触れ、呪文を唱える。
アウェッラーナが以前、メドヴェージを癒したのと似た呪文だ。
呪医が詠唱を終え、手を離す。
傷の癒えたアミエーラは、自分の腕を恐る恐るさすり、掌を握ったり開いたりした。戸惑う顔が明るい笑顔になり、その唇から自然に感謝の言葉が零れる。
クルィーロは、リストヴァー自治区のキルクルス教徒が呪医の治療を受け容れ、礼を言ったことに少し驚いた。
……この人は、別にキルクルス教の原理主義者じゃないんだな。
そう言えば、クルィーロとアウェッラーナが魔法使いだと自己紹介しても、アミエーラはイヤな顔をしなかった。魔法薬の原材料の採取にも協力した。
「もう昼だ。子供らはハラ減ってんだろ? メシ食いながら話そう」
葬儀屋が会議室を出た。レノが食糧の袋を抱えて後を追う。
「あの、じゃあ、私もお手伝い……」
「あぁいえ、結構です。ここの台所は狭いのです」
立ち上がりかけたピナティフィダを呪医が手振りで座らせた。
「待ってる間ヒマだ。ざっと説明すンぞ。あのおっさんには、後でセンセイから言ってくれ」
そう断り、メドヴェージが空襲から今までのことを簡単に説明した。
時々、アウェッラーナが補足する。
久し振りに再会した知人の話は、あまり楽しい内容ではなかったが、呪医は口を挟まず、静かな眼でその話に耳を傾けた。
☆彼は、我々がテロリストだと知っている……「0018.警察署の状態」参照
☆怪我人……「0187.知人との再会」参照
☆湖の民の呪医と薬師……「0003.夕焼けの湖畔」参照
☆メドヴェージさんのことは「テロリストの星の道義勇兵」じゃなくって、個人的に知って……「0017.かつての患者」参照
☆魔法薬の原材料の採取にも協力……「0193.森の薬草採り」参照




