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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

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194/3498

0194.研究所で再会

 クルブニーカ第一研究所は、空襲に遭わなかったらしく、無傷だ。

 民家くらいの小ぢんまりしたコンクリートの二階建てで、やや広い窓には鉄格子が(はま)る。


 肩の高さの塀に囲まれた前庭兼駐車場は、トラック二台分くらい。

 車はない。だが、魔法使いなら【跳躍】できる。

 無人とは言い切れなかった。


 クルィーロは、鉄製の門扉前からそっと覗いて窓に目を凝らしたが、人の有無はわからなかった。

 警戒すべきは、魔物と暴漢。だが、研究者以外の者がわざわざ森の中へ避難するとは思えない。



 不意に玄関の戸が開いた。

 無警戒に出て来た湖の民の男性が、ギョッとして動きを止める。クルィーロも動けなかった。

 ソルニャーク隊長と少年兵モーフが同時に息を呑む。


 先に口を開いたのは、湖の民の男性だ。

 「お前ら、くたばってなかったのか」

 それだけ言うと、クルィーロの知らない呪文を唱え始める。


 「あ、ちょ、ちょっと待って下さいッ! ちょっと待ってッ! 怪しいモンじゃないんですッ!」

 「……彼は、我々がテロリストだと知っている」

 ソルニャーク隊長が淡々と告げ、クルィーロの肩を掴んで後ろに押しやる。

 「君は、妹さんたちの所へ戻れ」

 「えッ?」

 「早くッ!」

 少年兵モーフに突き飛ばされた。さっきまで立っていた地面に土煙が上がる。湖の民が舌打ちして詠唱を再開し、クルィーロはトラックへ走った。


 ……湖の民同士なら、信じてくれるかも……?


 「アウェッラーナさーんッ!」

 クルィーロの切迫した叫びに仲間たちが何事かと集まる。

 名指しにされた湖の民の薬師(くすし)が、緊張に上ずった声で聞いた。

 「……どうしました?」

 「ちょ、ちょっと、来て下さい」

 「お兄ちゃんッ!」

 「お前は来るなッ! トラック入って!」

 駆け寄るアマナを追い返し、湖の民の薬師と二人で門へ走った。



 星の道義勇兵二人はまだ無事で、年配の湖の民と険悪な空気で話す。

 「悪運の強い奴らめ……」

 「まぁな。あんたこそ、何故、こんな所に?」

 「答える義理はねぇな」

 「確かに」


 クルィーロは星の道義勇兵の後ろで足を止めたが、薬師(くすし)アウェッラーナはそのまま門扉に駆け寄った。あまりの無防備さに隊長たちも言葉を失う。

 「……葬儀屋さんッ!」

 「薬師の姐ちゃんじゃねぇか! 何でこんな奴らと一緒に?」


 ……あ、なんだ。知り合いか。


 肩から力が抜け、クルィーロはトラックを振り向いた。

 メドヴェージが運転席の窓から顔を出してこちらを覗う。

 他のみんなは荷台に乗ったのか、姿が見えない。

 クルィーロは運転席に笑顔で頷いてみせ、アウェッラーナの隣に立った。


 「空襲からずっと一緒に避難してるんです。話すと長くなりますし、あの、怪我人も居るので、中へ入れていただいてもいいですか?」

 「ん……まぁ、いいか。怪我人ってなぁ、そんな重傷なのか?」

 葬儀屋と呼ばれた湖の民は少し躊躇ったが、門扉に近付き、訪問者を見回して頷いた。


 「いえ、自力で歩けますけど、腕を骨折してるんです」

 「そうか。じゃ、センセイ呼んで()らぁ」

 葬儀屋は、門扉の鍵と(かんぬき)を外して、研究所に駆け戻った。


 クルィーロとアウェッラーナが鉄の門扉を押し開ける。

 ソルニャーク隊長と少年兵モーフはトラックに戻った。


 クルィーロがメドヴェージを誘導し、研究所の敷地内に駐車させるところへ、先程の湖の民が出て来た。よく見ると、首から【導く白蝶】の徽章(きしょう)()げている。葬儀屋が職業なのは本当らしい。


 続いてもう一人、湖の民の男性が出て来た。こちらは【青き片翼】の徽章(きしょう)だ。丁度いいことに「センセイ」は外科の呪医らしい。


 「アガート病院の……」

 「呪医(せんせい)も、ご無事だったんですね」

 湖の民の呪医と薬師(くすし)が喜びと驚きに声を震わせる。

 メドヴェージが運転席から飛び下りて駆け寄った。

 「センセイッ!」

 「運転手さんもッ?」


 ……ん? メドヴェージさんのことは「テロリストの星の道義勇兵」じゃなくって、個人的に知ってんのか?


 クルィーロは反応の違いに驚いたが、悪い方向の知人ではなさそうなので、それ以上は考えずに流した。


 「怪我人が居ると聞いたのですが……」

 「今、降ろしやすが、俺ら、カネ……」

 運転手メドヴェージが申し訳なさそうに語尾を濁す。【青き片翼】の呪医は笑って言った。

 「今は非常時です。それに、ここでおカネなんかもらっても仕方ありませんよ」

 メドヴェージは一礼して荷台へ走った。アミエーラを連れて小走りに戻る。


 他の仲間たちも、おっかなびっくり出て来た。

 「子供も居んのか……」

 「俺と彼の妹たちです」

 クルィーロがレノを掌で示して言うと、葬儀屋は首を横に振り、可哀想になと呟いた。



 葬儀屋の案内で、一階の会議室に通された。

 長机が中央に空間を開けて、正方形に組んである。各自、思い思いの席に腰を落ち着けた。


 まず、呪医がアミエーラの傷を診る。

 単純骨折で、適切な応急処置を受けた為、心配ないらしい。

 「骨がずれた状態で癒着していたら、もう一度折って繋ぎ直さねばならない所でした。でも、この分なら【骨繕う糸(かわらつくろういと)】をそのまま使っても大丈夫です」

 呪医は慣れた手つきで包帯を(ほど)き、添え木を外した。折れた部分に手を触れ、呪文を唱える。

 アウェッラーナが以前、メドヴェージを癒したのと似た呪文だ。


 呪医が詠唱を終え、手を離す。

 傷の癒えたアミエーラは、自分の腕を恐る恐るさすり、掌を握ったり開いたりした。戸惑う顔が明るい笑顔になり、その唇から自然に感謝の言葉が(こぼ)れる。

 クルィーロは、リストヴァー自治区のキルクルス教徒が呪医の治療を受け容れ、礼を言ったことに少し驚いた。


 ……この人は、別にキルクルス教の原理主義者じゃないんだな。


 そう言えば、クルィーロとアウェッラーナが魔法使いだと自己紹介しても、アミエーラはイヤな顔をしなかった。魔法薬の原材料の採取にも協力した。


 「もう昼だ。子供らはハラ減ってんだろ? メシ食いながら話そう」

 葬儀屋が会議室を出た。レノが食糧の袋を抱えて後を追う。

 「あの、じゃあ、私もお手伝い……」

 「あぁいえ、結構です。ここの台所は狭いのです」

 立ち上がりかけたピナティフィダを呪医が手振りで座らせた。


 「待ってる間ヒマだ。ざっと説明すンぞ。あのおっさんには、後でセンセイから言ってくれ」

 そう断り、メドヴェージが空襲から今までのことを簡単に説明した。

 時々、アウェッラーナが補足する。


 久し振りに再会した知人の話は、あまり楽しい内容ではなかったが、呪医は口を挟まず、静かな眼でその話に耳を傾けた。

☆彼は、我々がテロリストだと知っている……「0018.警察署の状態」参照

☆怪我人……「0187.知人との再会」参照

☆湖の民の呪医と薬師……「0003.夕焼けの湖畔」参照

☆メドヴェージさんのことは「テロリストの星の道義勇兵」じゃなくって、個人的に知って……「0017.かつての患者」参照

☆魔法薬の原材料の採取にも協力……「0193.森の薬草採り」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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