1890.収集方法伝授
「神殿と倉庫会社、量販店に掛け合うんで、えーっと……どこへ知らせに行けば?」
「お忙しいでしょうから、情報収集のついでにこちらからお伺いしますよ」
木工場の社長が、作業服の胸ポケットからペンと手帳を出したが、クルィーロたちの父パドールリクは、さらりと躱した。
「放送では、難民キャンプの様子の他、ラクリマリス王国やアミトスチグマ王国など、友好国をはじめとする国際情報もお伝えする予定です」
「外国の情報も?」
社長が緑の眉を上げ、建屋内に建てられたプレハブの事務室兼応接室をぐるりと見回した。
扉の脇に旧ラキュス・ラクリマリス共和国時代の色褪せた地図が残る。
父が落ち着いた声で答える。
「湖南経済新聞から記事の提供を受け、こちらからもネモラリスの情報をお伝えしています」
「へぇー……噂じゃ、なんとかネットとか言うものがあったら、同じ湖南経済の読み比べができるとかなんとかって聞いたんだけどね。オルラーンさん、その辺も詳しかったりします?」
「私より、息子の方が詳しいですよ」
父の一言で、社長の目がクルィーロに向いた。
「俺も、そんな詳しいワケじゃないんですけど、アミトスチグマに居る仲間に見せてもらったコトならありますよ」
「どんなものなんだい?」
社長が、ソファに浅く腰掛け直して膝を進める。
クルィーロは、タブレット端末が手元にあるのを伏せて説明した。
「えっと、インターネットは、パーソナルコンピュータやタブレット端末、携帯電話や他の家電製品とか、機械を使って、インターネットの回線契約を結んでする科学の最先端の通信でなんです」
「へぇー。アミトスチグマにはあるんだ?」
社長は手帳に控えながら聞いた。
「逆に、この辺の国でないの、ネモラリス共和国とスクートゥム王国くらいなモンっスよ」
「えッ? そうなのかい?」
社長が目を瞠り、ラゾールニクに顔を向けた。
「かなり前、アサコール党首に聞いたんスけど、インターネットの導入前に必要な法案を出しても、なかったことにされて、外国のインターネット専門の通信事業者が、ネモラリスに参入できなくて困ってるって」
「えッ? 君、アサコール党首と知り合いなのかい?」
「知り合いって言うか、今は移動放送局を手伝ってますけど、フリージャーナリストなんで、普通に取材っスよ」
「そうか……通信ってことは、それがないと外国と取引する時、不便だよね?」
三十代半ばくらいに見える緑髪の社長は、のんびりした印象とは裏腹になかなか頭が切れるらしい。
ラゾールニクが頷く。
「貿易商とかを中心に早く導入して欲しいって、せっつかれてたそうなんですけどね」
「外国でそれ用の機械を買って来れば済むんじゃないのか?」
「回線契約が要りますし、モノだけあったって通じませんよ」
「あー……この辺は電話回線も魔獣とかのせいでアレだから、難しいのかな?」
社長が肩を落とす。
「無線の中継器があれば、山奥でもどこでも使えますよ。有線回線より通信速度は遅いっスけど」
「ん? じゃあ、それを個人輸入すれば」
「それがもう、経済制裁で買えないんスよ。元々身分証がないと買えないし、通信事業者と回線契約もできないんで」
明るくなりかけた社長の顔が、一気にどん底まで暗くなる。
クルィーロは、いたたまれなくなって話を少し戻した。
「外国に知り合いが居れば、見せてもらえるんじゃありませんか? 電話と違って、音声だけじゃなくて、文章や写真、映像とかも、回線が繋がるとこならどこでも一瞬で遣り取りできるんで、新聞も、紙だけじゃなくてインターネットでも出してるんですよ」
「生憎、外国人の知り合いは居なくてね。ウチの取引先はみんな国内だから」
「ラクリマリスも?」
「内乱時代、音信不通になって、それっきりだよ」
ラゾールニクが軽く驚いてみせると、湖の民は力なく頷いた。
社長は三十代半ばに見えるが、どうやら長命人種らしい。
「マチャジーナ市では、商工会議所のみなさんで協力して、外国の取引先から現地の古新聞を分けてもらうなどして、情報収集の体制を構築しておられましたよ」
父が言うと、【編む葦切】学派の徽章を提げた社長は、やや顔色をよくした。
クルィーロも付け足す。
「ラクリマリスに親戚が居る人に頼んで、インターネットで公開されてる各国版のニュースを印刷してもらったりとか」
「うーん……まぁ、組合に相談してみるけど、この街は元々湖の民ばっかりだったし、仮設の人たちも、ラクリマリスにアテがあるなら、こんなとこ居ないだろうからなぁ」
クルィーロは極力明るく言ったが、社長の顔は冴えない。
「同じニュースでも、国によって視点が違うんで、全然違ったりするんですよ」
社長が目顔で問う。
「ネモラリス版に載ってない情報が書いてあったりとか」
「例えば、難民キャンプはアミトスチグマ王国の大森林にあって、避難したネモラリス人が材木を伐り出して、アミトスチグマの会社がネモラリス政府に売って、家とかの復興に使ってるの」
アマナが、クルィーロの短い答えに神妙な顔で頷いて具体例を挙げた。
「難民キャンプに居る人は、売上で食べ物とか手に入って、復興にも貢献できていいねって記事があったんですけど、この街の新聞、どうでした?」
「アミトスチグマの木材……?」
社長はしばらく頭を捻り、ぽつりぽつりと言葉を並べた。
「あぁ、そう言えば、かなり前、臨時政府が木材を緊急輸入したとか何とか、チラッと出てたなぁ。あれ、難民キャンプから伐り出してたのかい」
「えっ? ここには来なかったんですか?」
アマナが木工場の方を見る。
大皿に残ったクッキーを睨むモーフが、つられてそちらを見た。工員たちはとっくにお茶の時間を終え、作業の音が扉越しにくぐもって聞こえる。
「まぁ、ここは木材の産地だからって言うのもあるんだろうけど、魔哮砲なんて物を作って戦争を招いた臨時政府なんざクソ喰らえってな人も多いからな」
「でも、仮設住宅、臨時政府が用意したんじゃないんですか?」
クルィーロが聞くと、社長は苦笑した。
「ここらの仮設はみんな、市役所と奇特な金持ち連中が寄付したモンだよ。焼け出された人らはみんな、あの政府の被害者なんだから、みんなで助けないと」
「有難うございます」
「俺はそんなお大尽じゃないから、大したコトしてないよ」
父が礼を言うと、社長は頬を染めて笑った。
☆インターネットの導入前に必要な法案
ラクエウス議員視点……「1118.攻めの守りで」参照
アサコール党首視点……「1644.阻害する理由」参照
☆この辺は電話回線も魔獣とかのせいでアレ……「410.ネットの普及」参照
☆アミトスチグマの木材……「1643.商社のお仕事」参照




