1889.元取引先の今
デレヴィーナ市でも、放送の許可が下りた。
但し、公用地は校庭も含めてすべて仮設住宅で埋まった為、放送場所は民有地を当たって欲しいと言う。
「逓信省の認可があり、民有地を使うなら、市が関与することは特にないと言われました」
「物販……食料品の販売も、俺の営業許可証だけでいいって、保健所の人が言ってました」
国営放送アナウンサーのジョールチと、物販の責任者レノが、拍子抜けした顔で言う。
レノの実家「パンの椿屋」の営業許可証は、帰還難民センターで再発行済だ。
DJレーフが辺りを見回す。
「さて、場所どうしよう?」
「知り合いに聞いてきます」
クルィーロたちの父が小さく手を挙げ、元取引先の件を言う。
「では、お願いしてよろしいですか?」
「勿論です」
昼食後、FMクレーヴェルのワゴン車で出発した。
父が運転し、助手席はアマナ。後部座席にクルィーロ、メドヴェージ、モーフ、ラゾールニクだ。モーフがハンモックを気にして何度も見上げる。メドヴェージは笑って見守るだけで何も言わなかった。
「土地勘ある人が居てくれて助かります」
「取引先以外の所は知らないので、あってないようなものですけどね」
ラゾールニクに声を掛けられ、父はバックミラー越しに応じた。
デレヴィーナ市役所前の国道を西へ十分弱進んで、北へ折れる。そこからすぐ、小さな町工場や材木屋らしき大きな店が並ぶ区画に入った。
少年兵モーフが窓に張付く。
「スゲぇ! これ全部、家作ってんのか」
「家の部品とかだけどね」
着いたのは、小さな町工場だ。
材木の搬入作業中で加工場の様子がよく見えた。何人もの湖の民が【重力遮断】や【軽量】の呪文を唱え、トラックから丸太を降ろす。
クルィーロも工場勤めだったが、音響機器製造なので、様子が全く違う。機械は思ったよりたくさんあるが、何をするものかわからなかった。
少し離れた路肩にワゴンを停め、作業が一段落するのを待つ。
「おっさん、材木運んだコトある?」
「ねぇ。あぁ言う長物は専用のトラックが要るからな」
「ふーん」
搬入作業が終わるのを見計らい、父が一人で行って声を掛けた。
「お忙しいところ恐れ入ります。移動放送局プラエテルミッサのオルラーンと申します」
「ん? あれッ? オルラーンさん? 今、なんて?」
呪文入りの作業服を着た年配の湖の民が、緑色の目を丸くして向き直る。
「クレーヴェルがアレして、今は移動放送局の手伝いをしているのですよ」
「今、時間ある? いい? 詳しく聞かせてくれないか?」
「そちらさえよろしければ是非。それから、息子たちもご一緒させていただいてよろしいですか?」
「息子さん? あ、ホントだ! そっくりだ! ははは、いいよいいよ」
木の香が清々しい木工場を通り、奥の事務所兼応接室に案内された。
「クレーヴェルでクーデターが起きてから、あんたんとこの会社と連絡取れなくなってね。どうしたもんかと思ってたら、先月やっと移転のお知らせが届いたんだけど、よく見たら半年以上も前の消印なんだよ」
「郵便もですか……あの辺は、ここから電話が通じませんからね」
社長が早口に言い、父が困った顔で頷く。
事務員が、追加のパイプ椅子を持って来て、それぞれ腰を落ち着けた。
父が香草茶と、昨日レノたちが焼いたクッキーを応接机に置く。
「これは些少ですが、お口に合いましたら幸いです」
「こりゃどうも、わざわざ有難うございます。おーい、みんな休憩だー! お茶淹れるぞー!」
袋の中を覗いた社長が大声で呼ぶと、緑髪の工員たちがマグカップを手に集まった。社長が近くの棚から大皿を一枚出して、早速クッキーを開ける。
工員の一人が、棚から出した茶器をクルィーロたちの前に並べた。社長は同じ棚から【無尽の瓶】を出し、【操水】で香草茶を淹れる。
清涼な香りで緊張が緩んだ。
「一人一個だぞ」
社長が言うと、工員たちは口々に礼を言い、クッキーを取ると木工場へ戻った。
「有難うございます。菓子なんて久し振りに見ましたよ。放送局ってのはそんな儲かるんですか?」
「いえ、農村で放送したところ、お礼に小麦粉などをいただいたんですよ」
「へぇー」
「パン屋さんが一緒なので、それでパンを焼いて物販に出しました。リャビーナの辺りは、湖東地方からの輸入品が潤沢で、交換品に砂糖などをいただいて、今は焼菓子も販売しております」
「へぇー……上手いコト回るもんだ。あ、お持たせですが、みなさんもどうぞ」
大皿に残ったのは十枚だ。社長も一枚摘まんで来客に勧める。
一言ずつ自己紹介して、一枚ずつもらった。
「俺たちは情報収集係なんです。放送する街のお店とか回って、消費者向けのお得情報や、役所のお知らせ、民間の支援情報とかを集めています」
「んで、ジョールチさん、レーフさん、パドールリクさん、それと自警団の隊長だった人に渡して、原稿書いてもらって、ジョールチさんに読んでもらいます」
クルィーロとラゾールニクが説明すると、社長は卓に身を乗り出した。
「ジョールチさんって、あの? 国営放送の?」
「そうです。クーデターで放送局が占拠された後、ジョールチさんとFMクレーヴェルのDJレーフさんが中心になって、移動放送局プラエテルミッサを結成しました」
社長は、父の説明を何度も頷いて聞いた。
「あの後、一回も声を聞かなくなったから、てっきりアレかと思ったけど、無事なんだな」
「はい。お元気ですよ、彼が放送場所の件を役所に相談したんですが、民有地で交渉して欲しいと言われたんですよ。どこか、お心当たりございませんか」
「放送しないコトも取材して、アミトスチグマで活動してる仲間に伝えて、難民キャンプに壁新聞貼り出してもらって、帰国の判断材料にしてもらったりとかもしてるんですけどね」
ラゾールニクが付け加えると、社長はソファに身を沈め、笑みを消して考える顔になった。
「今も仮設から二人雇ってて、ウチはいっぱいいっぱいなんですよ」
「勿論、採用は任意ですし、今は経済制裁の影響がありますから、積極的に帰国を促す情報は出せませんよ」
「経済制裁の詳しい話、よかったら教えてもらえませんか?」
社長がソファから身を起こした。
「詳細は、放送でお伝えする予定ですよ」
父が答えると、社長は放送場所探しを請負った。
☆あんたんとこの会社……「780.会社のその後」参照
☆あの辺は、ここから電話が通じません……「883.機材の取扱い」参照
☆クーデターで放送局が占拠……「600.放送局の占拠」~「602.国外に届く声」「611.報道最後の砦」参照
☆移動放送局プラエテルミッサを結成……「690.報道人の使命」参照
☆経済制裁……「1842.武器禁輸措置」「1843.大統領の会談」「1844.対象品の詳細」「1851.業界の連携を」「1862.調理法と経済」「1868.撤回への努力」参照




