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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十八章 与国

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1937/3516

1889.元取引先の今

 デレヴィーナ市でも、放送の許可が下りた。

 但し、公用地は校庭も含めてすべて仮設住宅で埋まった為、放送場所は民有地を当たって欲しいと言う。


 「逓信省(ていしんしょう)の認可があり、民有地を使うなら、市が関与することは特にないと言われました」

 「物販……食料品の販売も、俺の営業許可証だけでいいって、保健所の人が言ってました」

 国営放送アナウンサーのジョールチと、物販の責任者レノが、拍子抜けした顔で言う。


 レノの実家「パンの椿屋」の営業許可証は、帰還難民センターで再発行済だ。


 DJレーフが辺りを見回す。

 「さて、場所どうしよう?」

 「知り合いに聞いてきます」

 クルィーロたちの父が小さく手を挙げ、元取引先の件を言う。

 「では、お願いしてよろしいですか?」

 「勿論(もちろん)です」



 昼食後、FMクレーヴェルのワゴン車で出発した。

 父が運転し、助手席はアマナ。後部座席にクルィーロ、メドヴェージ、モーフ、ラゾールニクだ。モーフがハンモックを気にして何度も見上げる。メドヴェージは笑って見守るだけで何も言わなかった。

 「土地勘ある人が居てくれて助かります」

 「取引先以外の所は知らないので、あってないようなものですけどね」

 ラゾールニクに声を掛けられ、父はバックミラー越しに応じた。


 デレヴィーナ市役所前の国道を西へ十分弱進んで、北へ折れる。そこからすぐ、小さな町工場や材木屋らしき大きな店が並ぶ区画に入った。

 少年兵モーフが窓に張付く。

 「スゲぇ! これ全部、家作ってんのか」

 「家の部品とかだけどね」


 着いたのは、小さな町工場だ。

 材木の搬入作業中で加工場の様子がよく見えた。何人もの湖の民が【重力遮断】や【軽量】の呪文を唱え、トラックから丸太を降ろす。

 クルィーロも工場勤めだったが、音響機器製造なので、様子が全く違う。機械は思ったよりたくさんあるが、何をするものかわからなかった。

 少し離れた路肩にワゴンを停め、作業が一段落するのを待つ。


 「おっさん、材木運んだコトある?」

 「ねぇ。あぁ言う長物(ながもの)は専用のトラックが要るからな」

 「ふーん」


 搬入作業が終わるのを見計らい、父が一人で行って声を掛けた。


 「お忙しいところ恐れ入ります。移動放送局プラエテルミッサのオルラーンと申します」

 「ん? あれッ? オルラーンさん? 今、なんて?」

 呪文入りの作業服を着た年配の湖の民が、緑色の目を丸くして向き直る。

 「クレーヴェルがアレして、今は移動放送局の手伝いをしているのですよ」

 「今、時間ある? いい? 詳しく聞かせてくれないか?」

 「そちらさえよろしければ是非。それから、息子たちもご一緒させていただいてよろしいですか?」

 「息子さん? あ、ホントだ! そっくりだ! ははは、いいよいいよ」


 木の香が清々しい木工場を通り、奥の事務所兼応接室に案内された。

 「クレーヴェルでクーデターが起きてから、あんたんとこの会社と連絡取れなくなってね。どうしたもんかと思ってたら、先月やっと移転のお知らせが届いたんだけど、よく見たら半年以上も前の消印なんだよ」

 「郵便もですか……あの辺は、ここから電話が通じませんからね」

 社長が早口に言い、父が困った顔で頷く。


 事務員が、追加のパイプ椅子を持って来て、それぞれ腰を落ち着けた。

 父が香草茶と、昨日レノたちが焼いたクッキーを応接机に置く。

 「これは些少(さしょう)ですが、お口に合いましたら幸いです」

 「こりゃどうも、わざわざ有難うございます。おーい、みんな休憩だー! お茶淹れるぞー!」

 袋の中を覗いた社長が大声で呼ぶと、緑髪の工員たちがマグカップを手に集まった。社長が近くの棚から大皿を一枚出して、早速クッキーを開ける。

 工員の一人が、棚から出した茶器をクルィーロたちの前に並べた。社長は同じ棚から【無尽の瓶】を出し、【操水】で香草茶を淹れる。

 清涼な香りで緊張が緩んだ。

 「一人一個だぞ」

 社長が言うと、工員たちは口々に礼を言い、クッキーを取ると木工場へ戻った。


 「有難うございます。菓子なんて久し振りに見ましたよ。放送局ってのはそんな儲かるんですか?」

 「いえ、農村で放送したところ、お礼に小麦粉などをいただいたんですよ」

 「へぇー」

 「パン屋さんが一緒なので、それでパンを焼いて物販に出しました。リャビーナの辺りは、湖東地方からの輸入品が潤沢で、交換品に砂糖などをいただいて、今は焼菓子も販売しております」

 「へぇー……上手いコト回るもんだ。あ、お持たせですが、みなさんもどうぞ」

 大皿に残ったのは十枚だ。社長も一枚()まんで来客に勧める。

 一言ずつ自己紹介して、一枚ずつもらった。



 「俺たちは情報収集係なんです。放送する街のお店とか回って、消費者向けのお得情報や、役所のお知らせ、民間の支援情報とかを集めています」

 「んで、ジョールチさん、レーフさん、パドールリクさん、それと自警団の隊長だった人に渡して、原稿書いてもらって、ジョールチさんに読んでもらいます」

 クルィーロとラゾールニクが説明すると、社長は卓に身を乗り出した。

 「ジョールチさんって、あの? 国営放送の?」

 「そうです。クーデターで放送局が占拠された後、ジョールチさんとFMクレーヴェルのDJレーフさんが中心になって、移動放送局プラエテルミッサを結成しました」

 社長は、父の説明を何度も頷いて聞いた。


 「あの後、一回も声を聞かなくなったから、てっきりアレかと思ったけど、無事なんだな」

 「はい。お元気ですよ、彼が放送場所の件を役所に相談したんですが、民有地で交渉して欲しいと言われたんですよ。どこか、お心当たりございませんか」

 「放送しないコトも取材して、アミトスチグマで活動してる仲間に伝えて、難民キャンプに壁新聞貼り出してもらって、帰国の判断材料にしてもらったりとかもしてるんですけどね」

 ラゾールニクが付け加えると、社長はソファに身を沈め、笑みを消して考える顔になった。


 「今も仮設から二人雇ってて、ウチはいっぱいいっぱいなんですよ」

 「勿論(もちろん)、採用は任意ですし、今は経済制裁の影響がありますから、積極的に帰国を促す情報は出せませんよ」

 「経済制裁の詳しい話、よかったら教えてもらえませんか?」

 社長がソファから身を起こした。


 「詳細は、放送でお伝えする予定ですよ」

 父が答えると、社長は放送場所探しを請負った。

☆あんたんとこの会社……「780.会社のその後」参照

☆あの辺は、ここから電話が通じません……「883.機材の取扱い」参照

☆クーデターで放送局が占拠……「600.放送局の占拠」~「602.国外に届く声」「611.報道最後の砦」参照

☆移動放送局プラエテルミッサを結成……「690.報道人の使命」参照

☆経済制裁……「1842.武器禁輸措置」「1843.大統領の会談」「1844.対象品の詳細」「1851.業界の連携を」「1862.調理法と経済」「1868.撤回への努力」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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