1888.木材加工の街
デレヴィーナ市は、ネモラリス島南部に位置する地方都市だ。
首都クレーヴェルとマチャジーナ市の丁度中間にあり、北に広がる森林から木材を伐り出す林業と、木工業が盛んだ。
湖の民が住民の大半を占めるが、職業柄、主神フラクシヌスや岩山の神スツラーシの信者が比較的多い。
移動放送局プラエテルミッサのトラックとワゴン車は、マチャジーナ市の時と同様、市役所の駐車場に停まった。
アナウンサーのジョールチと、物販の責任者としてレノが窓口へ行く。
残ったクルィーロたちは昼食の準備だ。
「テント出さねぇの?」
「役所に聞いてからだ」
運転手のメドヴェージが、少年兵モーフを軽くあしらう。まだ、この駐車場に長居させてもらえるかわからない。
二段ベッドを買ってからは、荷台を広く使えるようになり、何かと楽になった。
簡易テントをもらう前は、もっとゴチャゴチャした荷台で生活できたのだから、このままでも特に問題はない筈だ。
クルィーロは、微妙な気持ちで溜め息を吐いた。
……トラック暮らし、すっかり板についちゃったよなぁ。
平和な頃なら、こんな生活、それも、リストヴァー自治区の住民と共同生活を送るなど、夢にも思わなかった。
一体いつになれば、ネーニア島へ、ゼルノー市へ、我が家へ帰れるのか。
……確認してないけど、焼けちゃっただろうし、建て直すとこからか。
千年茸を得て、金銭面での心配がない分、まだマシだ。薬師アウェッラーナとソルニャーク隊長には、いくら感謝しても足りない。
パンは今朝、マチャジーナ市を発つ前に一日分を焼いてある。
パン屋のピナティフィダとエランティス、老漁師アビエースがスープを作り始めた。前より広くなったとはいえ、それ以上の人手は邪魔になる。
よく料理するレノたちが【炉】の呪文を覚えてからは、クルィーロの出番がなくなった。
材木を積んだトラックが、デレヴィーナ市役所前の四車線道路をひっきりなしに通る。
「あんなおっきい木、どうすんだ?」
「どうって……色々作ンだろ」
メドヴェージは言葉を濁した。
クルィーロたちの父パドールリクが、トラックの行方を目で追いながら言う。
「家具や建物を作るんだよ」
「えっ? どんな? 見たコトある?」
モーフが驚いた顔で振り向いた。
「例えば、お店でご飯を食べた時、椅子と食卓は木でできてたろう?」
「えっ? ん? ……うーん……メシしか見てねぇから、わかんねぇ」
モーフは恥ずかしそうに頭を掻いた。
父もメドヴェージも、ロクに学校へ行けなかった少年兵の無知を笑わない。
「ま、どこでも勉強のタネは転がってるってこった」
メドヴェージがモーフの肩に手を置く。
少年兵はその手をするりと抜けて、クルィーロたちの父に聞いた。
「おっちゃん、木って家のどこに使うんだ?」
「モーフ君のおうちは、どんなだった?」
「俺んち? えっと……トタンと、コンクリートブロックと、段ボールと、発泡スチロールの箱と……何だっけ? 何か、その辺で拾ったヤツ」
宙を睨んで指折り数え、質問者を窺う。
クルィーロは、空襲直後の焼跡を彷徨った日々を思い出した。
星の道義勇軍のゼルノー市襲撃作戦後、リストヴァー自治区のバラック街も焼失したが、報告書によると、出火原因は内部犯……星の標による放火らしい。
モーフが生まれ育った場所がどんな所だったか、はっきり思い描けず、今となっては確認もできない。
……アミエーラさん、よく無事に逃げられたよな。
針子のアミエーラは平和な頃、富裕な地区へ通勤したと言った。火の手が来ない方へ逃げやすかったのかもしれない。
二人は近所だったから、モーフの家族も生き延びた可能性がある。
……でも、どうなんだろう? モーフ君たち、帰れるのかな?
クルィーロの物思いを置き去りに父とモーフの話は続く。
「外から見てわかるのは、扉だな」
「でも、木って薪にするし、よく燃えンのに玄関そんなで大丈夫か?」
少年兵モーフから、意外に鋭い質問が飛び出した。
「呪文や呪印で補強するからね。ちょっとやそっとじゃ燃えないよ」
モーフは、クルィーロたちの父に疑わしげな目を向けた。
アーテル・ラニスタ連合軍が無差別絨毯爆撃を実施。ゼルノー市など、ネーニア島の都市は焦土と化した。
その直前、星の道義勇軍が「魔法ではない火」を放ち、たくさんの家や店、工場を火の海に沈めた。
少年兵モーフは、ゼルノー市の無事な姿も、自分の手で投げた火炎瓶で燃える様子も、空襲で焼き払われた廃墟も、すべて見たのだ。
クルィーロは細くゆっくり息を吐き、気を鎮めてから言った。
「力なき民の家は、家とかを守る魔法を発動させるのに【魔力の水晶】とかを使うから、火に晒された時間が長いと【水晶】の魔力が尽きて焼けてしまうんだ」
「……そっか」
モーフがクルィーロを見て、弱々しく応えた。
クルィーロは、魔法使いとして説明を続ける。
「力ある民の家でも、留守なら、家に残った魔力が尽きた時に燃えるし、家に居ても、その人の魔力で防げる火力より強かったら無理だ」
ゼルノー市はそもそも、半世紀の内乱で【巣懸ける懸巣】学派の術者が足りず、魔法の護りをしっかり施工できた個人住宅が少なかった。
ラクリマリス王国領となったネーニア島南部からの移住者も多く、他の地域と比べ、力なき陸の民の人口比が高い。
モーフたち、星の道義勇軍に自覚があったか不明だが、彼らもアーテル軍も、ネモラリス共和国の最も脆弱な部分を突いたのだ。
メドヴェージは、モーフとクルィーロに気遣わしげな目を向けたが、何も言わなかった。
父が小さく頷いて、モーフに声を掛ける。
「放送できてもできなくても、木材を加工する工場へ行ってみようか」
「えっ? 何で?」
「前に居た会社の取引先があるんだ。知り合いにちょっと挨拶するついでに難民キャンプの木材がどうなったか聞いてみようと思ってね」
「おっちゃん……俺も……いい?」
「いいよ。クルィーロとアマナ、メドヴェージさんもよろしければ」
モーフが恐る恐る聞くと、父はにっこり笑って応じた。
アマナが、二段ベッドの柵に腰掛けて小さく頷く。
「俺も見たいなぁ」
ラゾールニクが、話の輪に元気いっぱい割り込んだ。
☆簡易テントをもらう……「1350.真実を探す目」参照
☆千年茸を得て……「477.キノコの群落」「479.千年茸の価値」「564.行き先別分配」「565.欲のない人々」参照
☆モーフ君のおうち……「0027.みのりの計画」参照
☆空襲直後の焼跡を彷徨った日々……「0077.寒さをしのぐ」参照
☆自分の手で投げた火炎瓶……「0029.妹の救出作戦」←「1098.みつけた目標」参照
☆家とかを守る魔法……「0107.市の中心街で」参照
☆半世紀の内乱で【巣懸ける懸巣】学派の術者が足りず……「0005.通勤の上り坂」参照
☆難民キャンプの木材……ネモラリス政府が買上げた「1643.商社のお仕事」参照




