1887.ふたつの部門
ファーキルは、星の標アーテル支部の名簿と、取得済みのデータから、各団員の活動内容や繋がりを調べ、資料をまとめた。
アーテル出身のファーキルも知らなかったが、星の標義勇兵団は、魔獣駆除を行う自警団的な部隊と、力ある民を捕えて火炙りにする人狩り部隊があるようだ。
一般の星の標団員と義勇兵団の自警団部門は、魔物や雑妖を発生させないよう、食品保存や残り物を出さない調理法、掃除などの指導・啓発、魔獣と鉢合わせした時の逃げ方の訓練・啓発も行い、女性の団員も多い。
特にSNSでは、それらの啓発活動が活発だ。
一人暮らしを始めた若者の生活相談、病気や高齢、障碍などで家事が困難な人々への生活支援、子育てや介護などで手が回らない人々への家事支援も行う。
毎週日曜礼拝の前、または後に心掛けの護りとして地域の清掃もする。毎日する地区もあった。
魔獣出現の通報があれば、軍や警察と連携して、武装した自警団部隊が現場に向かう。
ファーキルの出身地イグニカーンス市では、主に警察が魔獣を駆除するが、地方や小規模な都市では、警察では手が足りず、星の標が対魔獣の主力だった。
彼らで手に負えない大物が出た場合に限り、アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群が出動する。
武器は、銀の弾丸を籠めた銃が主力で、ルフス神学校の星道クラスが実習で作った剣があれば、それも使う。
毎年の恒例行事として、自警団への光ノ剣の贈呈式が報道された。
自警団での功績を買われ、正規軍の対魔獣特殊作戦群に抜擢される者も居る。反面、殉職者も多い。
印暦二一九二年十一月以前に集めた星の標関連ニュースには、「魔獣駆除中の事故で、星の標団員が命を落とした」と報じる記事が大量にあった。
各名簿ファイルの除名シートでは、「事故死」扱いだ。
……「聖戦の殉死」じゃないんだな?
魔獣と言う穢れを祓う戦いでの死亡が殉死でないなら、何がそうなのか。
ファーキルは、除名シートから聖戦の殉死を抽出した。
年齢・性別・免許や技能などは様々だが、平の団員であることが共通する。
殉死者の名で、手持ちのデータを調べると、ランテルナ島での爆弾テロや“穢れた力を持つ者”を清める儀式の記事ばかりに登場した。
……星の標の中では、慈善団体部門とテロ部門が完全に独立してたのか。
慈善部門……自警団の者なら、ネモラリス共和国との和平協議に賛成する可能性があるが、肩書きを持つ者、特に組織の上層部は、両部門を統括するようだ。
実行犯として報道に名が出るのは平ばかりで、各地域の支部長など、役職者がどちらの活動に重きを置く人物か、見分けがつかない。
特に湖底ケーブル破断後は、SNSの情報がなくなり、報道も、紙の新聞では紙面に限りがある為、小さな事件・事故などの情報が手に入らなくなった。
二一九二年十一月以降に昇格、あるいは新規加入した団員は、どちらの部門に属するか、手掛かりがない。
……これも、ランテルナ島へ渡った人たちに当たってもらおうかな?
元・星の標は、今なら、食料の提供や、光の導き教会への案内と引換えに応じるかもしれない。
ロークとクラウストラに調査を依頼することを箇条書きにまとめ、除名シートから、二一九二年十一月以降の脱退者を抽出し、別ファイルに保存した。
二人に頼む前にラゾールニクと運び屋フィアールカに送って聞いてみる。
〈いいんじゃない? 但し、警戒されるから、名簿の件は内緒で。〉
〈了解。自分から名乗ったら、名簿に“ランテルナ島移住”って書き足してもらいます。〉
〈それがいいわね。〉
ラゾールニクは、今日はネモラリス島に居るらしく、反応がなかった。
昼過ぎ、別のクラウドにラニスタ共和国の情報が上がった。
こちらは、チェルニテース司祭の動向を探る同志専用で、アクセスできるのは、ファーキルたちを入れても十人足らずだ。
データ作成者は、クラウドにアップロードしたフォルダに説明のテキストも入れてくれた。
ラニスタ共和国内のあちこちの図書館で、半世紀の内乱時代から、最近までの新聞を調べたと言う。マイクロフィルムをコピーして、スキャナで取り込んだものを送ってくれたのだ。
お疲れ様です。ロザーリヤです。
ラニスタ共和国には、星の標本部があるにも拘らず、フラクシヌス教の神殿が現存するのが気になり、調査しました。
結論から言うと、星の標は、半世紀の内乱当時から、ラニスタ人にはあまり歓迎されませんでした。
ラキュス・ラクリマリス共和国の内戦が飛び火するのを警戒した為です。
ロザーリヤは、参考資料として、当時の新聞記事を写した画像ファイル名を幾つも並べる。ファーキルは、後で確認することにして、説明を読み進めた。
内乱が激しさを増すにつれ、アーテル地方の企業が支社や支店の形で、次々とラニスタ共和国へ避難し、現地人も雇用した為、積極的な排除はありませんでした。
デカーヌス書店株式会社は、ラニスタ支社で出版を継続、アーテル地方のキルクルス教徒を思想の面で支えました。
ラニスタ共和国も、現在のアーテル共和国同様、陸の民は八割が力なき民、二割弱が力ある民で、湖の民が非常に少ない国です。
でも、キルクルス教の移入後、国民の改宗が進んでも、フラクシヌス教の神殿は「文化遺産」として保護されました。フラクシヌス教の神官は現在も、湖南地方文化の継承者や、文化財の管理者の位置付けで存続しています。
参考資料は、約二百年前から現在まで、十年毎の人口統計だ。力ある陸の民、力なき陸の民、湖の民の人口比は、その頃からあまり変わらない。
ラニスタ共和国文化庁の文化財保護に関するページのURLも添えてあった。
ラニスタでは、信仰と切り離すことで、フラクシヌス教や魔法使いと折り合いを付け、共存するようです。
ファーキルは、ロザーリヤの締め括りの一文を何度も読み返した。




