1886.データを精査
このクラウドは、ややゆるい運用で、アクセス可能な協力者が多い。
圧縮フォルダをアップロードしたのが何者か不明だ。
アーテル共和国内で、星の標の内部資料を入手できる立場の者か、データを遠隔で窃取する技術を持つ者か、事務所などに侵入してパソコンなどから直接盗み出した者か。
湖底ケーブルの破断で、アーテル領内は一時、通信途絶に陥ったが、現在は中央官庁や大企業を中心に衛星移動体通信の設備を導入し、世界との繋がりを細々と取り戻した。
アップロードした場所が、アーテル領内か、データを持ち出した外国か、わからない。
アーテル領内なら、規制を突破する不正アプリを入れた端末を持つ者だ。
運び屋フィアールカたちは、検閲を突破できるタブレット端末や、不正アプリをかなり手広く売捌いたらしい。単なる中学生のファーキルでも入手できた。
どう考えてみても、対象者が広過ぎ、全く絞り込めない。
少なくとも、星の標の名簿を入手したのは、先月末から今月半ばまでのごく短い期間、つい最近だ。
……ラニスタの星の標本部から、アーテル支部のデータを手に入れて、ラニスタからUPした可能性もあるんだよな。
ロークたちがこのデータをダウンロードすれば、オリョールに魔力を暴露され、ランテルナ島へ渡った星の標団員にそれとなく接触して、名簿の真偽を確認してくれるだろう。
ファーキルは再度、名簿に目を通した。
殺害されたレプス大統領補佐官は、貿易商の代表取締役だった。
バルバツム連邦との取引を維持する為、表向きは星の標と無関係を装ったようだが、この名簿では、除名リストに事故死扱いで名が挙がる。
生前の役職は、ルフス中央支部の支部長で、アーテル支部の支部長も兼ねた大物だ。
バルバツム連邦当局が、どこまで把握済みか、それとも知った上で目を瞑ったか不明だが、アーテル人の間では、公然の秘密だった。
ゴシップ紙などは時折、仰々しい見出しを付けて、レプス氏と星の標の関係をほのめかす記事を書いた。
レプス氏側は毎回、事実無根であると反論したが、名誉棄損の訴訟を起こしてまで、記事を取消させることはない。
国民は、「三流ゴシップ紙のネタ記事にマジレスする茶番」と受取り、SNSなどで茶化すのが常だった。
レプス氏の後任として、大統領補佐官に就任したアングイ・ゲナ氏は神学者だ。
実業家としてはホテル経営を手掛け、主に貧困層向けに教育関連の慈善活動にも精を出す。
通信途絶前、ファーキルが星の標公式サイトで収集した組織図などには、名がなかった。この一覧では、レプス氏の後任としてアーテル支部長に就任したらしい。
ルフス大学卒で、在学中、精光ルテウス大学神学部に留学経験がある。レフレクシオ司祭たちが学んだバンクシア共和国の最高学府だ。
……世代が離れてるけど、司祭様、何か知らないかな?
ファーキルは、既にある星の標関係者の一覧と、クラウドにアップロードされた名簿を比較した。
ひとつは湖底ケーブル破断前、ファーキルが公式サイトから集めて自作した。
もうひとつは、ロークがネモラリス共和国で直接顔を合わせて作ったものだ。
公式サイトにあったのは、支部長以下、地区担当の班長までと、星の標義勇兵団の小隊長まで、何らかの肩書きがある人物のみだった。
今回の名簿には、平の構成員だけでなく、準会員まで載る。
準会員は、未成年者と外国人だ。開戦後、ルフス光跡教会に身を寄せたパジョーモク議員など、ロークが集めた名簿の人物を何人もみつけた。
ざっとみたところ、十個のファイルを合計すれば、二十万人は下らないだろう。星の標からしてみれば、前代未聞の大規模な個人情報流出事件だ。
情報提供者を守る為にも、入手した件を伏せなければならない。だが、このクラウドは、アクセスできる人数が多かった。ファーキルがアップロードに気付く前に誰がアクセスしたか知れたものではない。
……多分、この活動に深く関わってない人なんだろうけど。
それならそれで、真実を探す旅人のSNSアカウントに接触し、ダイレクトメッセージなど、人目に触れない方法で渡してくれればよかったのだ。
何者か明かしたくなければ、捨てアカを作ればいい。
運び屋フィアールカからメールが届いた。
〈データは回収しました。
ダウンロードがお済みでない方は、私にご連絡下さい。〉
ファーキルだけでなく、さっき一斉送信した全員に対する連絡だ。
やはり、人目に触れてはならないデータなのだ。
もし、武力に依らず平和を目指す活動だけでなく、ネミュス解放軍や、ネモラリス憂撃隊とも繋がりを持つ人物がデータを取得済みなら、どうなるか。
星の標幹部宅をピンポイントで襲撃可能になる。
少し頭を使ってアーテル領内で調べれば、星の標とアーテルの政財界との繋がりも掴める。
その情報を広く世界に公開すれば、アーテル共和国はテロ支援国家として、今以上に国際社会の批難に曝される可能性があった。
アーテルを支援するバルバツム連邦などは、政策の方向転換を迫られるだろう。魔獣駆除の支援で派遣した陸軍部隊を撤収するかもしれない。
だが、その情報を揉み消す可能性も考えられる。
更に言えば、アーテル共和国内の穏健派、ネモラリス共和国との和平交渉に応じる可能性がある有力者も、殺害される可能性があった。
……って言うか、移動放送局のみんなも、その気になれば、この活動と解放軍と憂撃隊、全部と連絡取れるんだよな。
どんな情報でも、使い方次第だ。
ファーキルは三日掛けて、名簿の照合と、SNSやニュースで集めた情報に名簿掲載者が出ていないか調べ上げた。
☆単なる中学生のファーキルでも入手……「0162.アーテルの子」参照
☆殺害されたレプス大統領補佐官……「0957.緊急ニュース」参照
☆バルバツム連邦との取引……「1147.動き出す歯車」参照
☆大統領補佐官に就任したアングイ・ゲナ氏……「1688.三日月の密会」「1783.臨機応変作戦」「1807.後任の補佐官」参照
☆ロークがネモラリス共和国で直接顔を合わせて作った……「695.別世界の人々」「696.情報を集める」参照
☆ルフス光跡教会に身を寄せたパジョーモク議員……「0996.議員捕縛命令」「0997.居場所なき者」「1070.二人の行く先」「1071.ルフスの礼拝」参照
☆アーテル共和国はテロ支援国家……「687.都の疑心暗鬼」「811.教団と星の標」「812.SNSの反響」「0993.会話を組込む」「1007.大聖堂の司祭」参照
☆魔獣駆除の支援で派遣した陸軍部隊……「1843.大統領の会談」「1852.援軍の戦闘力」参照




