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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

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193/3506

0193.森の薬草採り

 薬師(くすし)アウェッラーナに教えられ、トラックの一行が、ギザギザの葉を茂らせた常緑の多年草を摘み採る。


 「この白いふわふわは、虫綿(むしわた)です。中で小さな虫が冬眠していて、もうすこし暖かくなったら出てきます」

 虫と聞いて、エランティスが手を引っ込めた。


 虫綿も、虫が不在となる初夏から秋にかけて採り、咳止めの薬にすると言う。

 三月とは言え、山裾の森はまだ寒かった。今の時期はまだ採れない。

 白いふわふわ付きの薬草は残すと決まり、エランティスがホッと吐いた息が丸い雲になる。


 「あちらを警戒しよう。誰かもう一人……」 

 ソルニャーク隊長がトラックの前に立ち、仲間を振り返る。運転手のメドヴェージと少年兵モーフは、何やらじゃれあい、薬草採りに夢中だ。

 「あ、はい。俺、見張ります」

 ロークが手を挙げて申し出る。

 隊長は、苦笑して礼を言った。

 「すまんな。では、後方を頼む」


 森の道にも、両脇に一定間隔で【魔除け】の石碑があった。


 ……これ、魔力の補充はどうなってんだろう?


 道の周囲は樹木が枝打ちされ、日当たりはいい。だが、魔力を持つ者が車で通行するだけで、これだけの石碑に魔力を注げるとは思えない。しかも、クルブニーカ市民は空襲後、避難して居なくなった。

 魔物から身を守るには不安が残る。

 日が暮れてからここを通るのは、自殺行為だろう。

 流石にトラックの速度には追い付けないのか、隊長が言う通り、あの魔獣が追ってくる様子はない。


 ……でも、森は早く抜けたいよな。


 森を抜けて西岸へ出ても、向こうの街が無事とは思えなかった。

 北ザカート市も、ラジオの避難所情報に出ないからだ。

 ネーニア島西部の町は、ゼルノー市よりずっとアーテルに近い。普通に考えて、真っ先に空襲を受けただろう。


 北ザカート市には、南のラクリマリス王国へ抜けるトンネルがある。

 もしかすると、国内の避難所ではなく、隣国へ逃れて難民化した人も居るかも知れない。

 元はひとつの国だったのだ。親戚や知り合いが、現在のラクリマリス領に居ても不思議はない。


 ……よく考えたら、ネモラリスとアーテルだけの問題じゃないんだよな。


 ロークは道の先から視線を逸らし、森に目をやった。

 やわらかな新芽をつけた枝が、春の日射しを受けて輝く。芽吹いたばかりの小さな葉は日を遮らない。明るい森に雑妖の姿はなかった。



 三十分程で、大きいゴミ袋二杯分の薬草が採れた。

 アウェッラーナが術で水を抜き、(かさ)を減らして一袋にまとめる。


 「こんな少しになっちゃうの」

 アマナが目を丸くする。

 「水の分、嵩が減ったからな」

 「その分、濃縮されたとも言えますよ」

 工員クルィーロの説明に湖の民の薬師(くすし)が言い添えた。


 「姐ちゃん、この草だけで薬になんのか?」

 「いえ、傷薬を作るには、植物油も必要です」

 メドヴェージの問いに、薬師アウェッラーナは簡潔な答えを返した。

 パン屋のレノが荷台に目を向けて聞く。

 「料理用のサラダ油しかないんですけど……」

 「それで充分ですよ」

 薬師の答えにみんなの顔が明るくなった。

 折れた腕を庇い、片手で薬草採りを手伝ったアミエーラも顔を(ほころ)ばせる。


 「それでは、そろそろ行こう。暗くなる前に森を抜けなければ」

 ソルニャーク隊長の一言で、一行は再びトラックに乗り込んだ。



 走りだしたトラックが、一時間もしない内に減速する。


 小窓から覗くロークにも、看板の文字が読めた。三百メートル先に研究所があるらしい。

 荷台に声を掛ける。

 「クルブニーカ第一研究所って言うのがあるみたいなんですけど、どうしましょう?」

 一同に緊張が走る。


 助手席のアウェッラーナが振り向いて言った。

 「学者さんや薬師(くすし)さんが、避難してるかも知れませんよ」

 「破壊されていなければ、寄ってみよう」

 ソルニャーク隊長の言葉に従い、メドヴェージが看板を通過してすぐ停車する。研究所らしき開けた場所からは、少し距離があった。


 ……隊長さんたち、他の魔法使いに会っても平気なのかな?


 ロークは内心、首を傾げた。

 少し考え、もう一カ月以上、二人の魔法使いと共同生活を送って慣れたのだろうと結論を下す。

 少年兵モーフからも文句は出なかった。

 もし、呪医が居れば、すぐにアミエーラの骨折を治してもらえるかもしれない。


 丁度、昼時で、人が居ても居なくても、ここで昼食を摂ることに決まった。

 ソルニャーク隊長と少年兵モーフ、魔法使いの工員クルィーロの三人で様子を見に行く。


 ロークたちは、魚の干物と堅パン、調理器具と食器などを持って降り、荷台の後ろで待機した。

☆あの魔獣……「0184.地図にない街」「0185.立塞がるモノ」参照

☆北ザカート市……「0100.慣れない山道」「0182.ザカート隧道」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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