0193.森の薬草採り
薬師アウェッラーナに教えられ、トラックの一行が、ギザギザの葉を茂らせた常緑の多年草を摘み採る。
「この白いふわふわは、虫綿です。中で小さな虫が冬眠していて、もうすこし暖かくなったら出てきます」
虫と聞いて、エランティスが手を引っ込めた。
虫綿も、虫が不在となる初夏から秋にかけて採り、咳止めの薬にすると言う。
三月とは言え、山裾の森はまだ寒かった。今の時期はまだ採れない。
白いふわふわ付きの薬草は残すと決まり、エランティスがホッと吐いた息が丸い雲になる。
「あちらを警戒しよう。誰かもう一人……」
ソルニャーク隊長がトラックの前に立ち、仲間を振り返る。運転手のメドヴェージと少年兵モーフは、何やらじゃれあい、薬草採りに夢中だ。
「あ、はい。俺、見張ります」
ロークが手を挙げて申し出る。
隊長は、苦笑して礼を言った。
「すまんな。では、後方を頼む」
森の道にも、両脇に一定間隔で【魔除け】の石碑があった。
……これ、魔力の補充はどうなってんだろう?
道の周囲は樹木が枝打ちされ、日当たりはいい。だが、魔力を持つ者が車で通行するだけで、これだけの石碑に魔力を注げるとは思えない。しかも、クルブニーカ市民は空襲後、避難して居なくなった。
魔物から身を守るには不安が残る。
日が暮れてからここを通るのは、自殺行為だろう。
流石にトラックの速度には追い付けないのか、隊長が言う通り、あの魔獣が追ってくる様子はない。
……でも、森は早く抜けたいよな。
森を抜けて西岸へ出ても、向こうの街が無事とは思えなかった。
北ザカート市も、ラジオの避難所情報に出ないからだ。
ネーニア島西部の町は、ゼルノー市よりずっとアーテルに近い。普通に考えて、真っ先に空襲を受けただろう。
北ザカート市には、南のラクリマリス王国へ抜けるトンネルがある。
もしかすると、国内の避難所ではなく、隣国へ逃れて難民化した人も居るかも知れない。
元はひとつの国だったのだ。親戚や知り合いが、現在のラクリマリス領に居ても不思議はない。
……よく考えたら、ネモラリスとアーテルだけの問題じゃないんだよな。
ロークは道の先から視線を逸らし、森に目をやった。
やわらかな新芽をつけた枝が、春の日射しを受けて輝く。芽吹いたばかりの小さな葉は日を遮らない。明るい森に雑妖の姿はなかった。
三十分程で、大きいゴミ袋二杯分の薬草が採れた。
アウェッラーナが術で水を抜き、嵩を減らして一袋にまとめる。
「こんな少しになっちゃうの」
アマナが目を丸くする。
「水の分、嵩が減ったからな」
「その分、濃縮されたとも言えますよ」
工員クルィーロの説明に湖の民の薬師が言い添えた。
「姐ちゃん、この草だけで薬になんのか?」
「いえ、傷薬を作るには、植物油も必要です」
メドヴェージの問いに、薬師アウェッラーナは簡潔な答えを返した。
パン屋のレノが荷台に目を向けて聞く。
「料理用のサラダ油しかないんですけど……」
「それで充分ですよ」
薬師の答えにみんなの顔が明るくなった。
折れた腕を庇い、片手で薬草採りを手伝ったアミエーラも顔を綻ばせる。
「それでは、そろそろ行こう。暗くなる前に森を抜けなければ」
ソルニャーク隊長の一言で、一行は再びトラックに乗り込んだ。
走りだしたトラックが、一時間もしない内に減速する。
小窓から覗くロークにも、看板の文字が読めた。三百メートル先に研究所があるらしい。
荷台に声を掛ける。
「クルブニーカ第一研究所って言うのがあるみたいなんですけど、どうしましょう?」
一同に緊張が走る。
助手席のアウェッラーナが振り向いて言った。
「学者さんや薬師さんが、避難してるかも知れませんよ」
「破壊されていなければ、寄ってみよう」
ソルニャーク隊長の言葉に従い、メドヴェージが看板を通過してすぐ停車する。研究所らしき開けた場所からは、少し距離があった。
……隊長さんたち、他の魔法使いに会っても平気なのかな?
ロークは内心、首を傾げた。
少し考え、もう一カ月以上、二人の魔法使いと共同生活を送って慣れたのだろうと結論を下す。
少年兵モーフからも文句は出なかった。
もし、呪医が居れば、すぐにアミエーラの骨折を治してもらえるかもしれない。
丁度、昼時で、人が居ても居なくても、ここで昼食を摂ることに決まった。
ソルニャーク隊長と少年兵モーフ、魔法使いの工員クルィーロの三人で様子を見に行く。
ロークたちは、魚の干物と堅パン、調理器具と食器などを持って降り、荷台の後ろで待機した。




