表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十七章 厳科

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1927/3515

1880.暑さ対策会議

 科学の耳鼻科医と看護師たちが、次々と運び込まれる熱中症患者に魔法薬を飲ませる。

 意識のない患者には、力ある民の看護師と、パテンス神殿信徒会のボランティアが、【操水】で薬を胃に流し込んだ。


 息のある熱中症患者は、魔法使いのボランティアらが、どうにか治療の順番が来るまで持たせようと、【操水】で冷却し続ける。

 だが、診療所は、各区画に一カ所ずつしかない。

 また、力なき民が患者を抱えて徒歩で搬送する場合が圧倒的に多い。【跳躍】による瞬時の移動や【操水】の担架による冷却がない為、到着時点で救命不能な症例が日を追う毎に増えてきた。


 呪医セプテントリオーも、負傷者の治療が一段落した時には、冷却や投薬を手伝うが、熱中症患者は切れ目なく来る。



 ネモラリス共和国は島国だ。

 人家があるのは、ネーニア島、ネモラリス島ともに湖岸の平野部のみ。夏季も、ラキュス湖から風が吹き渡り、力なき陸の民でも比較的過ごしやすい。

 呪医セプテントリオーは、ゼルノー市立中央市民病院の勤務だったが、平和な頃は、一日でこんなにも多くの熱中症患者が搬送されることなどなかった。


 ネモラリス難民は、アミトスチグマ王国領の内陸部に位置する難民キャンプの厳しい気候にも苦しめられるのだ。


 急を要する患者が次々と運び込まれ、急がない内科系患者がどんどん後回しにされる。


 「冬は凍えて死ぬ人なんてなかったのにねぇ」

 「そりゃ、寒いのは、重ね着すりゃ何とかなるし」

 「古着の寄付がいっぱいもらえて、有難いこった」


 患者のお喋りが、呪文を唱える声を縫って呪医の耳に届いた。


 「逆に暑いのはさ、全裸以上に脱げねぇじゃん」

 「肌に日が当たると直接加熱されるから、服で影を作った方がマシらしいぞ」

 「えぇッ? マジか? 直火焼き?」


 死亡が確認される度にふっつり黙るが、遠く離れた湖の女神に祈りを捧げると、ひそひそ再開する。


 「古着で帽子とか作った方がよさそうね」

 「パーカーのフードで首筋を影にするのもいいらしい」

 「パーカー? 今着ンの暑くねぇ?」

 「帽子だって、頭蒸れてハゲそうだぞ?」

 「何か、通気性のいい生地で」

 「帽子屋さんって、仕立屋さんとは別だし、作るの難しそうよね」

 「寄付の中に帽子の型紙ってあったっけ?」

 「モルコーヴ議員に例の何とかネットで取寄せてもらおう」


 世間話のようでいて、これ以上犠牲者を出さぬ為、難民キャンプ内で自分たちにも可能なことを考え、状況を改善する対策会議だ。


 ……帽子の作り方、か。


 呪医セプテントリオーは、ソルニャーク隊長ら、星の道義勇軍の三人を思い出した。リストヴァー自治区では、帽子なしでは過ごせないらしく、少年兵モーフも、蔓草(つるくさ)で巧みに帽子を(こしら)えた。


 難民キャンプを訪れる支援者は、大半が湖の民か力ある陸の民だ。魔法使いたちは常日頃、無意識に様々な術で守られる為、力なき民の不便や、特有の危険になかなか意識が向き(にく)い。

 呪医セプテントリオーも、針子のサロートカに指摘されるまで、凍死の可能性に気付かなかった。


 ファーキルや歌姫アルキオーネらも訪れるが、それぞれの役目を果たすのに忙しく、他まで注意を向ける余裕はないらしい。


 呪医セプテントリオーも、簡単なメモを取る暇すらなく、負傷者の治療と熱中症患者の応急処置や治療に忙殺される。



 熱中症患者の搬送が減ってきたと気付いたのは、夕方五時を回ってからだ。


 「熱中症のお薬、今日の分はどうにか足りそうですね」

 「明日の分、朝イチに届けばいいんですけど」

 看護師たちが、疲れ切った顔でひそひそ話す。


 熱中症を治療する魔法薬は、意識を失う重症度でも、後遺症なく回復できるが、日持ちしない為、通常は患者が来る度に院内調合する。

 難民キャンプは薬師(くすし)だけでなく、医療者全般が人手不足だ。薬師が居る区画でも通常診療に追われ、魔法薬を調合する時間も魔力も体力もなかった。


 「ボランティアのみなさんが、協力企業に連絡してくれますし、明日もきっと何とかなりますよ」

 科学の耳鼻科医が、無理に明るい声を出す。



 パテンス神殿信徒会の連絡役が、毎日、午後三時頃に来て、熱中症治療薬の在庫を確認。全区画のデータをパテンス市内のボランティアセンターで集約し、製薬会社に連絡する。

 製薬会社は、完成品の熱中症治療薬を一回分ずつ、調味料用プラスチック瓶に詰め、段ボール一箱に五百本ずつ梱包する。


 翌日、時間は未定だが、各区画へ配送される。

 配送は、信徒会が製薬工場まで取りに行き、難民キャンプ手前のボランティアセンターまではトラック、各区画へは【跳躍】で運ぶ。

 製薬会社側の経済的負担を減らすことで、一本でも多く薬を届けるのだ。



 「経済制裁のせいで、マチャジーナ市からは、もう材料を仕入れられないんですよね」

 「今ある分がなくなったら、もう終わりだなんて」

 「できればもっと、熱中症を防ぎたいんですけどねぇ」

 「近くの木陰は(かなめ)の木が居て危ないですし」

 「ホントは、日中に農作業しないのが一番ですけど」

 「朝の暗い内は、夜に涌いた雑妖が居ますし」

 「夕方は、これから出て来るから少ししかできないし」

 看護師たちのボヤキに入院患者の夕飯を運んできた者たちも加わった。



 「命繕(いのちつくろ)狭間(はざま)の糸よ

  魔力(ちから)を針に この身繕(みつくろ)い 流れる血潮 現世(うつよ)(とど)

  黄泉路(よみじ)の扉 固く閉じ 明日(あす)に繋げよ この命」


 木工作業中に手が滑り、深く切った男性を【縫合】で癒して送りだす。

 呪医セプテントリオーが壁掛け時計を見上げると、もう六時過ぎだった。


 夏の都の防壁閉門時間までは、もう少しあるが、診療所の受付時間はとっくに過ぎた。

 緊急性の低い慢性疾患の患者には、なるべく午前中に来てもらう決まりができ、午後二時頃からは、ほぼ急患対応だけになる。


 診療所から遠い丸木小屋に住む者は、これまで、ボランティアが【跳躍】で送り迎えしてきたが、ネモラリス共和国に対する制裁発動後は、来ない者が増えた。

 そのせいもあって、午後は手が空くのだと思うと、()()なかった。


 「それでは、そろそろお(いとま)を」

 「あ! 呪医(せんせい)! 呪医! 待って!」

 「来て! 早くッ!」

 二人の少年が、血相を変えて診療所に飛び込んだ。

☆冬は凍えて死ぬ人なんてなかった……「0986.失業した難民」参照

☆針子のサロートカに指摘……「739.医薬品もなく」参照

☆要の木が居て危ない……「1184.初対面の旧知」「1593.意識的に視る」「1594.精神汚染の害」「1610.食害された畑」~「1614.まとめる情報」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ