1875.示された選択
「誰にって、リストヴァー自治区で私が跳べるとこは、仕立屋の店長さんちと東教会の執務室だけなのよ」
緑髪の運び屋フィアールカが、緑色の瞳でモーフを見下ろす。
「別に今日、明日ってコトはないわ」
「じゃあ、いつだよ?」
「アミトスチグマ王国の慈善団体が、リストヴァー自治区と取引したでしょ?」
「うん」
「次の便で、お鍋と食器を送ることになったから、それが届く頃、店長さんに渡して、店長さんから司祭様に渡してもらうわ」
「何でンなまどろっこしいコト」
「その人の手に確実に渡す為よ」
運び屋が身ぶり手ぶりを交えて手筈を説明する。
湖南経済新聞社から、廃棄する古新聞や号外の試し刷りをもらい、自治区へ送る食器を包む。だが、開封と分配作業で、目当ての人物がそれを見る可能性は限りなくゼロに近い。
食器の梱包は、単なるアリバイ工作だ。
キルクルス教系慈善団体「星界の使者」から送られた救援物資は、梱包に古新聞が使われた。星光新聞バルバツム連邦本社版で、リストヴァー大学が共通語の教材名目で回収する。
アミトスチグマ王国の慈善団体「みんなの食堂」も、梱包材に古新聞を使う。湖南経済新聞のアミトスチグマ本社版では、どんな言い訳をするか未定だが、共通語の新聞に紛れて回収し、自治区外の情報収集に使う予定だと言う。
以前は、大聖堂から来たフェレトルム司祭が、クブルム街道に上がってインターネットで外部情報を得て、礼拝の説教で話した。だが、政府軍が街道に常駐するようになってからは難しくなった。
星光新聞と国営放送のリストヴァー支局は、司祭が礼拝で語ったニュースの要約を報道したが、それも同時になくなった。
政府軍が自治区に常駐する現在、古新聞の情報を報道できず、保管するだけだ。
古新聞から得た外部情報は「共通語の勉強」をした大学生から口コミで伝わる。
モーフの写真が載った号外も、救援物資が届く度に繰り返された流れに乗せる。
頃合いを見て、仕立屋のクフシーンカ店長に同じ号外を渡して事情を説明し、東教会のウェンツス司祭を通じて目当ての人物に渡してもらう。
「救援物資が届く少し前から、大火の行方不明者が生きてる可能性があるって噂を流してもらうわ」
「な……なんて言うんだよ?」
「星の道義勇軍が、検問所を強行突破したでしょ?」
運び屋にさらりと言われ、実行犯のモーフは心臓を掴まれたように身が竦んだ。
「火事の夜、ゼルノー市へ避難した人が居るとか、有り得そうな話を流すの」
「で、でもよ、か……」
また喉がギュッと絞まり、モーフは何も言えなくなった。
母ちゃんにモーフが生きていると教えて、何になるのか。
星の道義勇軍のゼルノー市襲撃作戦や、警備員オリョールたちのアクイロー基地襲撃作戦に参加して、この手で何人も殺した。もし、自治区へ帰れたとしても、人殺しになったモーフが、どのツラ下げて母ちゃんに会えると言うのか。
……そう言や、ねーちゃんもそんな話したな。
近所のねーちゃんアミエーラが、マリャーナと言う大金持ちのお屋敷で、モーフの服を寸法直しした時、似たようなことを言ったのを思い出した。
ねーちゃんが、報告書でモーフの母ちゃんの写真をみつけたからだろう。
足の悪い姉ちゃんが、あの火事で無事に逃げられたとは思えない。
一人で生き残った母ちゃんは、姉ちゃんを見捨てて自分だけ逃げたコトになる。
だが、人殺しのモーフには母ちゃんを責める資格などない。それどころか、モーフがずっと家に居れば、姉ちゃんを助けられたかもしれないのだ。
上等の白いリボンを髪に結んで、嬉しそうに笑った姉ちゃんは、夢のようにキレイだった。
そのリボンをくれたのは、近所のねーちゃんアミエーラだ。
ねーちゃんにリボンを渡したのは、雇い主である仕立屋の店長で、ラクエウス議員の姉ちゃんでもある。
「救援物資、ケーザイセーサイってヤツで取引止まってんのに届くのかよ?」
「リストヴァー自治区には、キルクルス教徒しか居なくて、魔哮砲には関与しなかったし、ラクエウス議員が魔哮砲の使用に反対して、迫害を受けてアミトスチグマ王国へ亡命したでしょ」
「あっ」
しかも、国会議員の爺さんは、もう一人のエライおっさんと二人で、魔哮砲が何なのか、インターネットの動画でバラした。
「経済制裁でネモラリスの他地域からの物流が止まるでしょうから、キルクルス教団やそっち系の慈善団体は、今まで以上に支援を手厚くするって、声明を出したわ」
「でもよ、今は政府軍が駐留してんのに横取りとか」
「それはないわ」
皆まで言わせずぴしゃりと言われ、モーフはむっとして運び屋を見上げた。
「臨時政府には、何人も隠れキルクルス教徒が入り込んでるし、別にそんなの居なくても、人道支援の物資を横取りなんかしたら、国際社会の圧力がもっと強くなるから、ラキュス・ネーニア家とフラクシヌス教団がそんなコトさせないわよ」
「ふーん」
わかったような気がしたが、曖昧な声しか出なかった。
運び屋は、肩紐がずり下がった鞄を持ち直して言った。
「で、話を戻すけど、行方不明の息子が生きてるってわかったら、喜びそうなものだけど、身内に死を望まれる程、憎まれるコトでもしたの?」
モーフは、貧乏暮しがイヤで家を飛び出して、星の道義勇軍に入った。
義勇兵に祖母がくたばったと教えられても、葬式に顔を出さなかった。
ゼルノー市襲撃作戦に加わり、「テロリスト」として警察に捕まった。
空襲のどさくさで逃げ、成行きで異教徒や魔法使いと一緒に暮らした。
今は、移動放送局プラエテルミッサの一員として、ぬくぬくと暮らす。
母ちゃんは信心深く、貧乏ドン底でも盗みに手を染めたりしなかった。モーフがどこでどうして生き延びたか知れば、それこそ、死ぬ程憎まれるだろう。
荷台の床に二粒、三粒滴が落ちた。
顔を上げられず、返事もできない。
「あ、そう。まぁ。無理にとは言わないわ。号外の試し刷りは、もう“みんなの食堂”に渡しちゃったけど、店長さんたちに頼むのは、保留するわね」
運び屋の足が、荷台の扉へ歩いてゆく。
「気が変わったら、ラゾールニクに言って」
一言残して、湖の民の元神官は、移動放送局のトラックを出て行った。
少年兵モーフが、心ここに在らずで日々を過ごしても、みんなは自分の役割をきちんとこなす。
ピナの兄貴は、蛙料理のコツをノートにまとめ上げた。工員クルィーロが、それをタブレット端末で撮ってファーキルに送った。移動放送局に何かあった時の保険だと言う。
「いつ終わるかわかんないけど、戦争が終わった後の生活のコトも、考えとかないとな」
マチャジーナ市の西商店街では、東神殿での放送内容にレーチカ臨時政府の動きを付け足して放送した。
地元の連中は、熱心にメモや録音をする。
情報を生かすも殺すも、知った者次第だ。
モーフは、次の街デレヴィーナ市へ向かうトラックの荷台で、運び屋からもらった号外を何度も読み返した。
☆アミトスチグマ王国の慈善団体が、リストヴァー自治区と取引……「1489.小麦を詰める」参照
☆リストヴァー大学が共通語の教材名目で回収……「1394.得られた情報」「1571.内緒のお勉強」参照
☆フェレトルム司祭が、外部情報を(中略)礼拝の説教で話した……「1121.壁新聞を発行」参照
☆政府軍が街道に常駐するようになってからは行き難くなった……「1268.横流しを依頼」参照
☆礼拝で語ったニュースの要約を報道……「1121.壁新聞を発行」参照
☆人殺しになったモーフが、どのツラ下げて……「1419.叶えたい願い」参照
☆アクイロー基地襲撃作戦……「459.基地襲撃開始」~「466.ゲリラの帰還」参照
☆ねーちゃんともそんな話した/モーフの服を寸法直しした時……「1421.ぶかぶかの服」参照
☆上等の白いリボンを髪に結んで、嬉しそうに笑った姉ちゃん……「098.婚礼のリボン」リボンその後→「099.山中の魔除け」「109.壊れた放送局」「563.それぞれの道」参照
☆インターネットの動画でバラした……「496.動画での告発」「497.協力の呼掛け」参照




