0192.医療産業都市
遠目にも、クルブニーカ市が空襲を受けたのがわかる。
小窓にへばりついたロークは、フロントガラスの向こうに目を奪われた。
魔獣や魔物から街を守る防壁が無残に打ち砕かれ、元がどんな街並みだったか今となってはわからない。ゼルノー市同様、僅かな建物を残して壊滅した。
メドヴェージが、街の手前でトラックを停める。
振り向いた運転手と目が合った。淋しげに口許を歪め、荷台に声を掛ける。
「隊長、着きやした。今、荷台開けやす」
医療産業都市クルブニーカは、見る影もなく失われた。
荷台から降りた一行は、廃墟を前に呆然と立ち尽くすしかない。防壁の外から見える範囲には、通れそうな道がなかった。
……ゼルノー市で空襲に遭って怪我して……助けを求めて逃げてきた人も……絶対、居たよな?
「折角……再建できたのに……」
「再建?」
アウェッラーナの呟きにロークは思わず聞き返した。
湖の民の薬師は、緑色の瞳を高校生に向けて答える。
「半世紀の内乱で、この街は灰にされました。でも、終戦してすぐ、各地に避難した医療者が戻って、新興の製薬会社の進出もあって、再建されたんです」
「えっ? 教科書には、フラクシヌス教徒の街として、守り抜かれたって……」
ロークが驚くと、薬師も驚いた顔で問い返した。
「えっ? 今の教科書って、そんな風になってるんですか?」
「アウェッラーナさんはどう習ったんですか?」
「……習ったって言うか、内乱中に生まれたので、直接、知ってるんです」
「あっ……」
……そう言えば、この人、長命人種だった。
中学生くらいの少女にしか見えないが、薬師アウェッラーナはそれなりの年齢の大人だ。容姿から年齢はわからない。
もしかすると、ソルニャーク隊長より年上かもしれなかった。
「私は、ここから避難して来た人たちに【思考する梟】とか【青き片翼】とか、色々な術を教えてもらったんです」
「そうだったんですか。でも……残念ですね。また、こんな……」
ロークは、瓦礫の山と化した医療産業都市クルブニーカを見遣った。
影の中で雑妖が蠢く。この分では、生存者がいたとしても、とっくに他所へ避難しただろう。
「瓦礫を撤去する時間と労力が惜しい。畑の道を行こう」
ソルニャーク隊長が溜め息混じりに言う。
みんな肩を落とし、ぞろぞろトラックに乗り込んだ。
ロークは再び、係員用の小部屋に入った。
メドヴェージが運転席の窓を細く開ける。少し肌寒いが、換気のお陰で息苦しさは少しマシになった。
トラックが市街地を避け、畑地への道に進入する。
ここも空襲を受けたらしい。あちこち穴が穿たれ、周辺の草木が無残に焼け焦げた姿を晒す。
……癒し手だけじゃなくって、魔法薬の製造元も真っ先に潰したってコトか。
農道から遠目に見える医療産業都市は、完膚なきまでに叩き潰されていた。
キルクルス教の教義が、魔法使いを「悪しき者」と看做すとは言え、あまりに冷酷な仕打ちだ。
魔法使いが大勢住む都市で、しかも大部分が癒し手。キルクルス教徒主体のアーテル軍に限らず、戦術として、ここを先に潰すのは、当たり前なのかもしれない。それが、人道に悖ることであっても。
この街にも、製薬会社の社員など、力なき民のフラクシヌス教徒が住んでいただろう。
……力なき民でも、異教徒だったら殺してもいいのかよ。
ロークは何故か、祖父と両親、放送局の支局長の顔がチラついた。
農道も、爆撃で少し崩れていた。
メドヴェージは最少限のハンドル操作で避け、四トントラックを無事に通過させる。荷台は少し揺れたが、マスリーナ市で魔獣から逃げた時に比べると、ずっとマシだ。
三十分程で医療産業都市クルブニーカの脇を抜け、森林地帯に入った。
アスファルトで舗装された二車線道路が走る。両脇の森林は枝打ちされ、見通しは悪くない。
「あっ」
助手席の薬師が、何か見つけたらしい。メドヴェージが速度をやや緩める。
「止めてもらっていいですか?」
「何だ何だ? 何か居んのか?」
「薬草が生えてるんです。傷薬の……」
メドヴェージがブレーキを踏んだ。
「戻った方がいいか?」
「いえ、大丈夫です。道沿いにたくさん生えてますから」
ロークは荷台に声を掛け、二人の遣り取りを伝えた。何事かわからず戸惑う仲間に安堵と喜びが広がる。
メドヴェージが荷台を開け、改めて説明した。みんなトラックを降りる。
クルィーロが周囲を見回し、ソルニャーク隊長は、後方に目を凝らした。
「ここ、明るいし、少しくらいなら止めても大丈夫っぽいですよ」
「例の化け物も、追って来ないようだな」
三十分程度、薬草採りをすることになった。
☆マスリーナ市で魔獣から逃げた時……「0184.地図にない街」「0185.立塞がるモノ」参照




