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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

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192/3501

0192.医療産業都市

 遠目にも、クルブニーカ市が空襲を受けたのがわかる。

 小窓にへばりついたロークは、フロントガラスの向こうに目を奪われた。


 魔獣や魔物から街を守る防壁が無残に打ち砕かれ、元がどんな街並みだったか今となってはわからない。ゼルノー市同様、僅かな建物を残して壊滅した。


 メドヴェージが、街の手前でトラックを停める。

 振り向いた運転手と目が合った。淋しげに口許を歪め、荷台に声を掛ける。


 「隊長、着きやした。今、荷台開けやす」


 医療産業都市クルブニーカは、見る影もなく失われた。

 荷台から降りた一行は、廃墟を前に呆然と立ち尽くすしかない。防壁の外から見える範囲には、通れそうな道がなかった。


 ……ゼルノー市で空襲に遭って怪我して……助けを求めて逃げてきた人も……絶対、居たよな?


 「折角……再建できたのに……」

 「再建?」

 アウェッラーナの呟きにロークは思わず聞き返した。

 湖の民の薬師(くすし)は、緑色の瞳を高校生に向けて答える。

 「半世紀の内乱で、この街は灰にされました。でも、終戦してすぐ、各地に避難した医療者が戻って、新興の製薬会社の進出もあって、再建されたんです」


 「えっ? 教科書には、フラクシヌス教徒の街として、守り抜かれたって……」

 ロークが驚くと、薬師も驚いた顔で問い返した。

 「えっ? 今の教科書って、そんな風になってるんですか?」

 「アウェッラーナさんはどう習ったんですか?」

 「……習ったって言うか、内乱中に生まれたので、直接、知ってるんです」

 「あっ……」


 ……そう言えば、この人、長命人種(ちょうめいじんしゅ)だった。


 中学生くらいの少女にしか見えないが、薬師(くすし)アウェッラーナはそれなりの年齢の大人だ。容姿から年齢はわからない。

 もしかすると、ソルニャーク隊長より年上かもしれなかった。


 「私は、ここから避難して来た人たちに【思考する(フクロウ)】とか【青き片翼】とか、色々な術を教えてもらったんです」

 「そうだったんですか。でも……残念ですね。また、こんな……」

 ロークは、瓦礫の山と化した医療産業都市クルブニーカを見遣った。

 影の中で雑妖が蠢く。この分では、生存者がいたとしても、とっくに他所へ避難しただろう。


 「瓦礫を撤去する時間と労力が惜しい。畑の道を行こう」

 ソルニャーク隊長が溜め息混じりに言う。

 みんな肩を落とし、ぞろぞろトラックに乗り込んだ。



 ロークは再び、係員用の小部屋に入った。

 メドヴェージが運転席の窓を細く開ける。少し肌寒いが、換気のお陰で息苦しさは少しマシになった。

 トラックが市街地を避け、畑地への道に進入する。

 ここも空襲を受けたらしい。あちこち穴が穿(うが)たれ、周辺の草木が無残に焼け焦げた姿を晒す。


 ……癒し手だけじゃなくって、魔法薬の製造元も真っ先に潰したってコトか。


 農道から遠目に見える医療産業都市は、完膚なきまでに叩き潰されていた。

 キルクルス教の教義が、魔法使いを「()しき者」と看做(みな)すとは言え、あまりに冷酷な仕打ちだ。

 魔法使いが大勢住む都市で、しかも大部分が癒し手。キルクルス教徒主体のアーテル軍に限らず、戦術として、ここを先に潰すのは、当たり前なのかもしれない。それが、人道に(もと)ることであっても。

 この街にも、製薬会社の社員など、力なき民のフラクシヌス教徒が住んでいただろう。


 ……力なき民でも、異教徒だったら殺してもいいのかよ。


 ロークは何故か、祖父と両親、放送局の支局長の顔がチラついた。


 農道も、爆撃で少し崩れていた。

 メドヴェージは最少限のハンドル操作で避け、四トントラックを無事に通過させる。荷台は少し揺れたが、マスリーナ市で魔獣から逃げた時に比べると、ずっとマシだ。



 三十分程で医療産業都市クルブニーカの脇を抜け、森林地帯に入った。

 アスファルトで舗装された二車線道路が走る。両脇の森林は枝打ちされ、見通しは悪くない。


 「あっ」


 助手席の薬師(くすし)が、何か見つけたらしい。メドヴェージが速度をやや緩める。

 「止めてもらっていいですか?」

 「何だ何だ? 何か居んのか?」

 「薬草が生えてるんです。傷薬の……」

 メドヴェージがブレーキを踏んだ。

 「戻った方がいいか?」

 「いえ、大丈夫です。道沿いにたくさん生えてますから」


 ロークは荷台に声を掛け、二人の遣り取りを伝えた。何事かわからず戸惑う仲間に安堵と喜びが広がる。

 メドヴェージが荷台を開け、改めて説明した。みんなトラックを降りる。

 クルィーロが周囲を見回し、ソルニャーク隊長は、後方に目を凝らした。

 「ここ、明るいし、少しくらいなら止めても大丈夫っぽいですよ」

 「例の化け物も、追って来ないようだな」


 三十分程度、薬草採りをすることになった。

☆マスリーナ市で魔獣から逃げた時……「0184.地図にない街」「0185.立塞がるモノ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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