1872.司法による枷
「暴力装置? 軍隊とかですか?」
黒髪の歌姫から次々と質問が飛び出し、会議が滞る。
誰も彼女を止めず、逐一答えるのは、問題点の整理に有効だと判断した為だ。
「司法の場面では、処刑を行う刑務官が、究極の人権である生命を奪います。個人による復讐を禁止し、国家が代行するからですが、これにも、法による厳格な規制があります」
「それはまぁ……はっきり暴力ですものね」
これには、アルキオーネもはっきりわかった顔で頷いた。
「それから、司法捜査機関……警察などがそうですが、家宅捜索など、対象者の意志やプライバシーなどを制限・侵害する強制捜査と、逃亡や証拠隠滅を防ぐ為、被疑者を留置場や拘置所などに閉じ込める逮捕。まぁ、あれです。身体の自由に対する制限も、暴力の一種なんですよ」
アサコール党首の説明に頷いたのは、政治家四人と実業家のマリャーナ、元軍医の呪医セプテントリオーだ。
ファーキルが、微妙な顔になった歌手オラトリックスとアミエーラ、三人の職人を見て、眉間に皺を刻んだ歌姫アルキオーネで視線を止めた。
「法律で、個人による逮捕を原則禁止し、警察など司法捜査機関の行動には、法による制限が加えられ、権力に基づく暴力の行使を規制しています」
話がますます抽象的で難しくなってきたが、アルキオーネは党首を黒い瞳でじっと見詰めて聞き入る。
「我が国を含め、魔法文明圏では、司法機関が【明かし水鏡】や【鵠しき燭台】など、ある時点の事実を確認できる魔法の道具を導入しています」
「いずれも、強い魔力と熟練した高度な技術が必要で、【編む葦切】学派の中でも、導師級の職人でなければ作れない物です」
モルコーブ議員が、キルクルス教徒のラクエウス議員を見て、アサコール党首の説明を補足した。
素材も希少で高価なものが多く、複雑な工程を経て精製する中間素材は、流通量が少ない為、資金が潤沢にあっても、簡単には揃えられないと言う。
「儂らのリストヴァー自治区にはないが、その【鏡】と【燭台】はどんなものなのだね?」
「名称は【明かし水鏡】ですが、特殊な糸を芯に入れて成型し、呪文と呪印を刻んだ銀の深皿です」
魔法の深皿【明かし水鏡】は、一度の使用でかなりの魔力を消費する。
深皿に水を注ぎ、使用者が手を触れて起動の呪文を唱えると、魔力の供給が始まる。
回答者は、水に手を入れて水面が静まるのを待ち、使用者が、特定の事柄について質問する。
答えが事実に即したものなら、水面は動かない。事実に反するものならば、水が皿の縁から中心に向かって三角に波立つ。
但し、「あの人は美人か否か」など主観に基づく答えを求める質問は、この呪具の適用外だ。
対象は「回答者には、事件の被害者に借金を申し込んだ経験がある」など、客観的な事実だけだ。
「大抵の国が、所有者と用途に厳重な法規制を設けています」
「魔法の道具って、嘘発見器より正確そうなのにどうしてですか?」
アルキオーネが不思議そうに聞く。
「大変高価なので、庶民には手が届きませんが、例えば、大金持ちが、自分の配偶者が浮気したかどうか簡単に確認できたら」
「あ、それはタイヘンですね」
黒髪の歌姫がカタコトになり、隣でアミエーラが顔を引き攣らせた。
「私的制裁の横行を防ぐ為がひとつ。もうひとつは、司法捜査機関による自白の強要を防ぐ為の規制です」
ラクエウス議員は思わず聞いた。
「ん? 無理やり白状させるのと、どう違うのだね?」
アサコール党首が、会議用の長机に片手をついて言う。
「まず、答える人が、水に手を入れてじっとしていなければなりません」
「それと、自白の強要がどう繋がるのかね?」
「令状のない任意捜査の段階、例えば、職務質問でですね。【渡る白鳥】学派の【強制】の術を使ってこれを使うと」
「あッ! ……ん? しかし、その術で自白の強要はできんのかね?」
「魔力による力比べになりますからね。たくさん喋らせるのは難しいのですが、“はい・いいえ”だけで答えられる質問と【明かし水鏡】を組合せれば」
「成程。しかし、冤罪はないのだろう?」
ラクエウス議員には、どこに問題があるかわからない。
アサコール党首は頷いた。
「そうです。だからこそ、不都合な人物を微罪でしょっぴくのにも使えてしまうのですよ」
「ふむ。確かに強い権力と強力な魔法の道具には、法による枷が必要ですな」
「我が国では、令状を以て逮捕した後、他の証拠を固めて起訴されてから、公開の法廷での使用に限られます」
「他はどうだね?」
「役所と金融機関の本店または、一定以上の規模の支店で、高額の融資や相続などの身元確認にのみ、使用許可が出ています」
首都クレーヴェルの帰還難民センターでも、身元確認、身分証や通帳の再発行で使用した。
「もう一方の【燭台】は、ラクリマリス政府が記者会見で使っておったな」
「えぇ。我が国で過去を映す型を使えるのは、裁判所と、通常より発付条件の厳しい特別な捜査令状を得た警察が、裁判官立会いの許でと言う極限られた場合のみです」
「ん? 他のものを映せる【燭台】もあるのかね?」
「はい。【鵠しき燭台】には、監視カメラのように現在を映す型もあります」
特定の場所、あるいは鏡面に触れて呪文を唱え、対象と定めた人物の状態を離れた所から確認できる。また、非常に高度な技術と、希少な素材が追加で必要になるが、過去も現在も映せる型があると言う。
「国によって、使用許可の範囲は異なりますが、魔法文明圏で一般人に【鵠しき燭台】の使用を許す国は、寡聞にして存知ません」
「それだけ、悪用されやすいのかね?」
「はい。それから、操作に必要な魔力の量も膨大ですので、起動させられる人物も限られます」
総合商社役員のマリャーナが、よく通る声で発言する。
「難民キャンプでは、我が国とネモラリス共和国、いずれの法律を適用するか、判断が分かれているのも、秩序の構築が困難な原因のひとつだと思います」
ネモラリスは共和制、アミトスチグマは王の下に議会を置く立憲君主制だ。
国体が異なれば、法も異なる可能性が高い。
「難民も街で何かあった時は、アミトスチグマの法律で対処されてましたよね」
ファーキルが言うと、事件の報道を思い出した者たちが、苦い顔になった。
☆【渡る白鳥】学派の【強制】の術……【強制】による【明かし水鏡】の使用例「1100.議員への質問」「1101.間諜への尋問」参照
☆役所と金融機関の本店または、一定以上の規模の支店……「564.行き先別分配」参照
☆首都クレーヴェルの帰還難民センター……「596.安否を確める」「597.父母の安否は」参照
☆ラクリマリス政府が記者会見で使っておった……「500.過去を映す鏡」参照
☆鏡面に触れて呪文を唱え、対象と定めた人物の状態を離れた所から確認……「野茨の血族」の「33.検査」参照 ※政晶が知らないので名称は登場しない。
☆事件の報道……「1187.紛れ込む犯罪」「1306.自助の増強を」参照




