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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十七章 厳科

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1915/3524

1868.撤回への努力

 ラクエウス議員は、ファーキル少年が作った冊子を手にして途方に暮れた。

 国連安全保障理事会が、ネモラリス共和国に対する武器禁輸措置を決議した。その対象品目の一覧が、この冊子だ。



 第一分類……近代兵器

 第二分類……近代兵器の素材

 第三分類……燃料

 第四分類……通信機器

 第五分類……輸送関連

 第六分類……魔道具及び呪符

 第七分類……魔道具及び呪符の素材

 第八分類……魔法薬

 第九分類……魔法薬の素材

 第十分類……火薬類

 第十一分類……化学兵器及びその素材

 第十二分類……生物兵器用の細菌・ウイルスなど

 第十三分類……半導体と電子機器

 第十四分類……電子機器を搭載した玩具類



 ……これはもう、除外品を数えた方が早いのではないか?


 生活必需品や空襲罹災(りさい)地域の復旧・復興に欠かせない物も多数含まれる。特に食料品が、呪符と魔法薬の素材に含まれたのが、厳しい。


 ネーニア島西部の穀倉地帯は、アーテル軍の激しい空襲に曝された。北西端のガルデーニヤ市以外は、未だに立入制限が続く。耕作を放棄された畑は荒廃し、営農の再開には数年を要する。

 ネーニア島西岸と東岸では、多数の漁港も破壊され、犠牲になった漁船も多い。

 食料品の輸入依存度が上がった今になっての禁輸措置だ。


 今冬は、どれ程の餓死者を出すか、想像するだに恐ろしい。


 ネモラリス島のリャビーナ市などでは、一部の企業が国交のない湖東地方の国々と取引し、食料品や日用品、燃料などを仕入れる。

 だが、これからは、その経路も断ち切られる。

 一時は落ち着いた物価が再び高騰すれば、ネモラリス島東部で暴動が発生する(おそ)れもあった。


 ネモラリス島でも、麻疹(はしか)の流行によって、北部の村や都市に甚大な被害が出た。住民が居なくなった村もあり、農村の荒廃が進む。

 都市部にはネーニア島からの国内避難民も多く、無事な漁港の水揚げだけで不足分を補うのは、到底、無理な話だ。



 「リャビーナ市内では、家庭菜園を始める人が増えました」

 「ほう。それはいい傾向だな」


 今はまだ六月だ。秋の収穫に間に合う作物もあるだろう。


 「個人宅の庭や、ベランダのプランターでは、気休めにもなりませんよ」

 ピアノ奏者スニェーグは、疲れ切った顔で報告した。


 ラクエウス議員は、気を取り直して質問する。

 「オースト倉庫はどうだね? 湖東地方のキルクルス教徒を通じて何か」

 「今のところ、目立った動きはありません。向こうは向こうで、武器禁輸措置と経済制裁に逆らえば、自分たちの仕事が危うくなるワケですから」

 「ふむ。危険を冒してまで助けん可能性が高いな」



 イーニー大使の話によると、ネモラリス共和国代表のスメールチ国連大使は、武器禁輸措置の対象から、食料品だけでも外すよう訴えた。


 だが、常任理事国には、ひとつも魔法文明国がない。

 国連常任理事国は、宗教弾圧を行うと噂される無神論国家のアルポフィルム連邦を除き、五カ国中四カ国がキルクルス教国だ。

 フラクシヌス教には、理解どころか関心すらない。


 逆に、魔法生物を兵器化した魔哮砲の存在を三十年近く隠し、国連の査察を(あざむ)いた件について(なじ)られる始末だ。



 経済大国二十カ国会議には、非キルクルス教国が含まれるが、少数派だ。

 こちらは、一部の国がネモラリスの一般国民に同情を示したとしても、全体の賛同が得られなければ、制裁を解除できない。


 加盟国は、アルトン・ガザ大陸北部の科学文明国が多く、南部に位置する科学文明国寄りの両輪の国々が()いで多い。

 残りは、チヌカルクル・ノチウ大陸東部のゲオドルム共和国、アルポフィルム連邦、日之本帝国だ。

 商圏が重なるなど、経済的な結びつきが強固な為、抜け駆けなどできなかった。


 それ以外の国々も、多くは経済大国二十カ国と繋がりがあり、制裁に協力しなければ、自国企業との契約を打ち切られるなどして、経済的に立ちゆかなくなる可能性がある。


 表向き、難民支援は継続するとのことだが、国連は、アミトスチグマ王国領内に開設された難民キャンプからとっくの昔に手を引いた。


 その件に関しては、国連難民高等弁務官が、予算配分を盾に撤退を迫られた際、各地の非キルクルス教系慈善団体に繋ぎをつけてくれた。

 だが、それらの団体も、今回の制裁に関してどう動くか、態度を決めかねるところが多い。


 国連安保理と経済大国二十カ国会議は、「難民支援は続ける」と口を揃えるが、彼らからの支援は特にない。


 慈善団体がネモラリス難民の支援を続ければ、「魔法生物を兵器化した人類の敵であるネモラリス人に(くみ)した」として、補助金や自国内での活動許可を打切る可能性すらあった。

 国家として公式の動きがなくとも、そのような「空気」が醸成されれば、それだけで、企業や一般人からの寄付は減る。



 バルバツム連邦に駐在するスメールチ国連大使をはじめとして、経済制裁の中心的役割を果たす国々に駐在するネモラリスの外交官らは、それらの国にある資産を凍結された。


 ……こうなることを見越して、クラウドファンディングの名義を大使にしなかったのか。


 ラクエウス議員は、今更ながら感心した。

 麻疹(はしか)ワクチンの資金集めの為に開設したものだ。


 ネモラリス島北部の流行は、ほぼ終息したが、トポリ市などネーニア島では、まだ麻疹(はしか)流行の火種が(くす)ぶる。

 まだ接種年齢に達しない乳幼児や、半世紀の内乱時代の混乱で接種できなかった働き盛りの世代など、麻疹ワクチンの対象者は、まだまだ多い。



 各国に駐在する大使らは、大多数のネモラリス国民は、開戦まで魔哮砲の存在すら知らず、難民の多くは魔哮砲の使用に反対なのだと、駐在国で懸命に説いて回る。


 「どこの国も一応、話だけは聞いてくれるが、特に動きはないそうだ」

 「そんな……ほんの一握りの政治家と軍人のせいで、ネモラリス人は全員、飢えて死ねと?」

 スニェーグが、雪のような白髪頭を抱える。

 「縁遠い国が多いからな。だが、全く孤立無援と言うワケではないぞ」

 「手を差し伸べてくれる国があるんですか? どこです?」


 「ディアファナンテだそうだが、そこも確約したワケではないらしい」


 ディアファナンテ王国は、アルトン・ガザ大陸北部で唯一の魔法文明国だ。

 国連安保理でも、経済大国二十カ国でもない。

 制裁に賛成も否定もせず、中立と沈黙を守り、今のところ、同国に居住するネモラリス人の資産を凍結する動きはない。


 そして、魔道士の国際機関「(あお)薔薇(バラ)の森」の本部がある国だ。


 「ネモラリス軍が査察団を騙した件で、怒っていないのですか?」

 「さぁな。だが、ラクリマリスやアミトスチグマなども、“国家”としては、制裁に賛成も協力もしておらんよ」

 孤立無援ではないが、危うい状況に変わりなかった。

☆ネモラリス共和国に対する武器禁輸措置……「1842.武器禁輸措置」「1862.調理法と経済」参照

☆ネーニア島西部の穀倉地帯……「0192.医療産業都市」「757.防空網の突破」~「759.外からの報道」「1160.難しい線引き」「1342.支援に繋ぐ糸」参照

☆一部の企業が国交のない湖東地方の国々と取引……「1431.商品棚の事情」「1438.探り合う情報」参照

☆住民が居なくなった村……「1324.荒廃した集落」「1325.消滅した集落」参照

☆ゲオドルム共和国……「765.商いを調べる」「1374.厄介な寄付品」「1848.情報と薬素材」参照

☆国連の査察を欺いた件……「0248.継続か廃止か」→「0269.失われた拠点」「340.魔哮砲の確認」参照

☆難民キャンプからとっくの昔に手を引いた……「1400.攻撃対象選定」→「1606.避難地の現状」「1607.現実に触れる」「1851.業界の連携を」参照

☆国連難民高等弁務官が(中略)各地の非キルクルス教系慈善団体に繋ぎ……「1607.現実に触れる」参照

☆企業や一般人からの寄付……「1241.資金を集める」参照

☆クラウドファンディングの名義を大使にしなかった……「1267.伝わったこと」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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