1867.国際情勢の報
「穏やかな湖の風
一条の光 闇を拓き 島は新しい夜明けを迎える……」
マチャジーナ市の東神殿に移動放送局プラエテルミッサの歌声が響く。
歌詞はもう少しで完成だが、その少しがなかなか埋まらない。歌詞が定まらない部分をハミングでやり過ごしたが、聴衆は盛大に拍手した。
「ただいまお聴きいただいた曲は、『すべて ひとしい ひとつの花』でした」
DJレーフが、滑らかに流れる声で、いつもの歌の説明をする。
今日の放送では、ジョールチが武器禁輸措置と経済制裁関連に専念し、DJレーフがその他を引受けた。
レーフは普段、機材の操作に専念し、放送では滅多に喋らないが、今日は久し振りにDJらしいことができる。
葬儀屋アゴーニがトラックの運転席に上り、屋根に出てアンテナを支える。
クルィーロたちの父パドールリクは、神殿の事務所で待機し、タブレット端末への充電を補助。揉め事があれば、神官と共に仲裁にあたる。
ラゾールニクは、聴衆の様子を見て回ると言って、イベントトラックを離れた。
DJレーフは、すらすら国際ニュースを読み上げる。元々アナウンサーだったかのようだ。
「今年五月下旬、アーテル共和国のポデレス大統領が、バルバツム連邦を訪問しました。デュクス大統領と会談を行い、魔獣討伐の支援として、バルバツム連邦軍の派遣を要請しました。アーテル領内では昨年十一月頃から魔獣が急増。多数の犠牲者が出ており、戦争とは別に社会経済活動に大きな影響を及ぼしています」
聴衆が緑の眉を顰めた。
「バルバツム連邦内では、平和団体や魔獣の研究者など、様々な方面から反対の声が上がりましたが、五月末に連邦陸軍の第一陣三千人が、アーテル共和国へ派遣されました」
会場がざわつく。
「バルバツム陸軍は、六月一日からアーテル共和国領内での活動を開始。一部の部隊は、現地の事情に詳しい魔獣駆除業者を傭兵として部隊に組込み、土魚の駆除や住民保護の支援などを行っています」
不安で青褪める者、怒りで赤くなる者、聴衆の顔色は様々だ。
「土魚など、小型で知能の低い魔獣の駆除は一定の成果を上げました。しかし、中型以上の魔獣は、バルバツム陸軍の装備では魔獣の防禦を突破できず、苦戦を強いられています」
会場内に「やっぱりな」と言いたげな空気が漂う。
「バルバツム陸軍では、既に複数の死傷者が出ています。アーテル領内の情報筋によりますと、今月七日の時点で、バルバツム陸軍の損害は、死者五名、負傷者二百四十八名、その内、重傷者は八十三名に上ります。バルバツム連邦内で、派遣に対する反発が更に大きくなることが予想されますが、現時点では、引揚げの予定はありません。以上、国際ニュースをお届けしました」
聴衆が困惑した顔を見合わせる。
DJレーフは声の調子を変え、地元商店街の広告を読み上げた。
一呼吸置いて、アナウンサーのジョールチが声を発する。
「国際ニュースをお届けします。今年五月下旬、国連安全保障理事会が開かれました」
聴衆がぴたりと口を閉じ、移動放送局のトラックを見詰める。
「アーテル共和国の宣戦布告から二年以上が経ちましたが、ネモラリス共和国とアーテル共和国の戦争は、終戦の兆しが見えません。現在は、アーテル軍によるネモラリス領への空爆が中断していますが、いつ再開するともしれず、ラクリマリス王国による湖上封鎖は継続中です」
見渡す限りの緑髪が、ビニールシートを敷いた客席を埋め尽くす。
一斉に頷く様は、さながら風が吹き渡る草原だ。
「湖上封鎖の影響で、魔道機船による輸送に制限が掛かり、輸送コストが上昇。それに伴い、ラキュス湖周辺地域の物価も軒並み上昇し、現在も高止まりが続いています。経済基盤が脆弱な貧困層を中心に生活への影響が大きく、複数の国で治安が悪化しました。アーテル共和国では開戦初年、小麦の値上げに反対する市民のデモをきっかけとして、暴動が発生しました」
聴衆が隣の者と囁きを交わす。
「国連安保理は、ラキュス湖地方の安定化を図る為、魔法生物兵器化禁止条約に違反し、魔哮砲を使役するネモラリス共和国に対して、武器禁輸措置を決議しました。禁輸対象は、次の通りです」
一旦、大きくなったざわめきは、水を打ったように静まった。
あちこちで、手帳にペンを走らせる姿が見える。
会場まで足を運ばなかった者も、電波伝搬範囲内の飲食店などに集まり、ラジカセで録音を始めただろう。
「武器禁輸措置の対象品目は、多岐に亘ります。まずは、第一分類、科学の近代兵器です」
ジョールチの声が、次々と武器の名称を読み上げる。
個別の商品名ではなく、一般名称だ。
歩兵が手で持って戦う小火器類から始まり、爆弾や地雷、重火器類、戦車、攻撃ヘリ、無人機、偵察機、爆撃機、戦闘機などの航空戦力や、それらで使う弾薬、砲弾、ミサイルなど、あらゆる兵器が武器禁輸措置の対象に指定された。
クルィーロが名称を聞いても、どんな兵器かわからないものの方が多い。
ネモラリスの一般人には縁がなさそうな武器の一般名称を並べるだけで、十五分くらい掛かった。
「以上、武器禁輸措置対象の第一分類、科学の近代兵器をお伝えしました。広告と歌の後、第二分類、近代兵器の材料をお伝えします」
アナウンサーのジョールチが黙り、DJレーフが地元商店街の広告を三件続けて読み上げる。
聴衆がホッと肩の力を抜き、クルィーロたちが、平和を呼掛ける「みんなで歌おう」を歌うと、笑顔で拍手喝采した。
「引き続き、国連の安保理決議に基づく武器禁輸措置対象品目をお伝えします。第二分類は、近代兵器の材料です」
アナウンサーのジョールチが告げると、会場の空気が冷え込んだ。
鉄、銅、鉛、アルミニウムなど、様々なところで使われる一般的な金属類が名を連ね、工場関係者が顔色を失った。




