1866.自助力を育む
六月半ば。
移動放送局プラエテルミッサは、マチャジーナ市の東神殿で、放送を行った。
公開生放送の見学者は、商店主や工場関係者、商社の社員など、直接間接を問わず、貿易に関わる業種が多かった。
聴衆が、南の倉庫街で放送した時より多いのは、会場の収容人数の差だけが原因ではない。
放送の告知ポスターに「武器禁輸措置と経済制裁の対象品目を全て読み上げる」と書いたからだ。
アナウンサーのジョールチが、ポスターを書く前に試したところ、放送時間はいつもの倍の四時間にもなるとわかった。
「でも、歌とかを減らしてそれ読むだけってのは、つまんないよな」
DJレーフが言い、子供らが首がもげそうな勢いで頷く。
ラゾールニクが親指で神殿を指差した。
「神殿のコンセント、貸してもらえないか聞いてみたら?」
「どうしてです? 今までずっと発電機でしたよね?」
老漁師アビエースが、神殿からラゾールニクに視線を移して聞く。
「多分、みんな録音しに来るだろ? 歌ってる間、充電させてもらえばいいんじゃない?」
「あっ……」
ネモラリス共和国内の新聞社は、物資不足とレーチカ臨時政府の報道規制で、全てを掲載できない。だが、タブレット端末の録音機能を使って記録しておけば、後で聞き返して自分たちで書き起こせる。
臨時政府の発表より多くの情報が手に入り、貿易可能な品目について、対策を立てやすくなるだろう。
「ファーキルさんにもらった冊子、渡しちゃダメなんですか?」
エランティスが、国営アナウンサーのジョールチに聞き、持ち帰ったクルィーロとラゾールニクを窺った。
ジョールチは、力なき民の少女の目を見て答える。
「それは、これからずっと、行く先々でするのかな?」
「えっ? うーん……ダメかな?」
エランティスは、少し考えるような顔をして、兄姉を見た。
「こんな分厚いの、ファーキル君が何冊も印刷して本の形にするの、大変じゃないか?」
「印刷屋さんに頼むのは? 楽譜はしてもらってたよね?」
レノが言うと、エランティスは、何故そうしないのかと大人たちを見回した。
ピナティフィダが、ジョールチに会釈して、妹に向き直る。
「ずっと前、ウチが印刷屋さんにチラシ頼んだ時、最低の印刷枚数が五千枚とか一万枚とかで、印刷代も結構高かったでしょ」
「あー……今、戦争のせいで紙代も値上がりしたし、印刷代払えないから、新聞ペラペラになったんだもんねぇ」
思い付きを口にしたエランティスが、気マズそうに言う。
葬儀屋アゴーニも話に加わった。
「ちょっとだけ印刷したら、渡せンのは代表一人だ」
「うん」
「で、俺らが他所へ行った後、そいつが“見せて欲しけりゃカネ払え!”ってなぁ商売始めるかもしんねぇ」
「あッ……!」
エランティスが息を呑み、申し訳なさそうにジョールチを見た。
「それも理由のひとつではあります。知る機会の平等。そして、開示された情報を自力で収集、記録、分析する訓練もしていただきたいのです」
「訓練?」
ジョールチの説明に首を傾げたのは、少年兵モーフだ。
「国内でも、ラクリマリスやアミトスチグマと取引がある事業者などを中心として、インターネットを使って独自に情報収集する動きが出て来ました」
「まぁ、端末高いから、実際に情報収集の手段を手に入れられる奴って、ほんの一握りだけどな」
ラゾールニクが、意地の悪い笑みを浮かべた。
モーフは、タブレット端末を持つ二人をチラリと見て、眉間に皺を寄せて頷く。
「うん、まぁ……そうだな」
「しかし、ラジオで放送すれば、既にあるラジカセで、カセットテープに録音できます。また、タブレット端末は、インターネットが繋がらない場所でも、動画や写真の撮影、録音などはできます」
「それをこの近所の店長たちにさせるってコト?」
「そうです。私たちがここを離れた後も、自分たちの手で情報を集め、あるいは複数の報道を分析して真実に近付けるよう、自助の力を育みたいのです」
エランティスとピナティフィダ、アマナとモーフが、神妙な顔で頷く。
DJレーフが、ラゾールニクとクルィーロに言った。
「インターネット講座、予定を繰り上げた方がよさそうですね」
「あー、そうだな。繋がる内に」
その日の内に商工会議所や、西商店街の商店会と話がまとまり、三日後に講座を行った。
ラゾールニクがインターネットで情報収集する際の注意点、クルィーロはオフラインでも使えるタブレット端末の機能、ジョールチは情報の見方や情報源の見極めなどについて語る。
各二時間ずつで、一日六時間。三日連続で開講した。
希望者が大幅に増えた為、商店会の会議室では収まらず、市営体育館を借りた。
マチャジーナ市の商店主ら受講生は熱心にメモを取り、タブレット端末を使った実習でも、積極的に質問した。
クルィーロも、知らない機能が幾つもあるとわかり、ラゾールニクの助言を受けて説明した為、かなり勉強になった。
そんなこんなで慌ただしく、情報収集と放送告知の期間を過ごし、今日の放送本番を迎えた。
最前列に陣取った聴衆の手には、タブレット端末がある。クルィーロと目が合うと、嬉しそうに手を振った。クルィーロは笑顔で会釈して荷台に上がる。
国営放送アナウンサーのジョールチが、いつもの口上に続いて、今日の特別な内容を軽く説明した。
「既に新聞報道などでご承知の通り、倉庫街での放送後、我が国を取り巻く国際情勢が急変しました。本日の放送では、国連や経済大国二十カ国会議による輸出規制を中心にお届けします」
会場から拍手が沸き起こる。
「間に歌や国際ニュースなどを挟みますので、その間に充電や休憩などをお願いします」
「充電は、神殿事務所で、一度に三台までしかできませんので、ご了承下さい」
緑髪の神官がよく通る声で告げると、聴衆は表情を引き締めた。
☆南の倉庫街で放送した時……「1837.倉庫街で放送」~「1839.国際紙の取材」参照
☆武器禁輸措置と経済制裁……「1842.武器禁輸措置」「1843.大統領の会談」「1844.対象品の詳細」参照
☆ファーキルさんにもらった冊子……「1865.波及する影響」参照
☆楽譜はしてもらってた……「1212.動揺を鎮める」参照
☆インターネットを使って独自に情報収集する動き……「1767.商店街の会議」~「1769.商売人と約束」「1850.制裁対策会議」参照
☆インターネット講座……「1767.商店街の会議」~「1769.商売人と約束」参照




