1863.地を割る威力
昼食時、中年の男性神官が、小振りな鍋を抱えて移動放送局の簡易テントを訪れた。
「ウチの上司とは、食べ物の好みが合わなくて、いつも別々に食べるんですよ」
東神殿のこの神官は蛙料理が好物だが、他の神官は見るのもイヤなのだと言う。
鯰の揚げ煮は、全員に配ると紙コップ半分にしかならなかったが、味見はこれで充分だ。
レノは、女の子たちとモーフが断った分の蛙を皿に盛り、神官の前に置いた。
「えっ? こんなにたくさん、よろしいんですか?」
「えぇ。煮物はみんなに行き渡りましたし」
緑髪の神官は、満面の笑みで礼を言った。
情報収集で留守だったみんなには、神官が来る少し前に説明したが、落ち着かない様子で蛙料理と鯰料理を見比べる。
パンと、いつもの焼魚が昼食の本体で、マチャジーナ市の郷土料理は、ほんのオマケだ。
「どうやって作るんですか?」
「まず、鯰の泥抜きをして……」
レノが聞くと、神官は作り方を滔々と捲し立てた。
ヌシフェラの根を輪切りにして下茹でし、灰汁抜きをする。一口大に切ったヌシフェラの根と、北の森で採れるレンティヌラと言う茸を弱火で一緒に煮る。
キレイな淡水で数日絶食させ、泥抜きした鯰の皮を剥く。身を一口大に切り、下味と衣をつけて揚げる。
揚がった鯰をヌシフェラとレンティヌラの鍋に入れて、弱火でじっくり煮込む。
神官は、レノのメモが一段落するのを待って続けた。
「食べる直前に刻んだ香味野菜をかけて、できあがりです。茸の出汁が染みて、二日目の方が美味しいんですよ」
「へぇー……衣には、どんな味付けを?」
神官がスパイスの調合を語り、レノと話し込む間にも、みんなの食事が進む。
葬儀屋アゴーニは、五百年以上生きた長命人種だが、蛙料理は初めてらしく、小骨の多さに四苦八苦する。
アマナは、蛙の足を口に入れた父と兄にイヤそうな顔を向けた。
「結構、美味ぇぞ。坊主も食うか?」
メドヴェージが聞くと、モーフはパンを口いっぱいに頬張って首を横に振った。
東神殿の神官が苦笑する。
「好みがきっぱり分かれる食材ですからね」
「鯰の方はどうですか?」
「そっちはそうでもないんですけどね」
実際、移動放送局のみんなも、鯰料理には口をつけた。
調理の手間と食べ難さを考えると、蛙より鯰の方がいいかもしれない。
だが、サカリーハ市付近の養殖沼は内乱時代に埋まったと聞いた。蛙は陸地へ逃げて他の沼に引越せるが、鯰は無理だ。
やはり、調達しやすいタンパク源で、魔法薬の素材にもなる蛙の方がいい気がした。
……最悪、薬素材と、鶏とかの飼料として活用してもいいワケだし。
DJレーフは散々迷った挙句、手を引っ込めた。アナウンサーのジョールチは、蛙の炙り焼きが気に入ったらしい。レーフの分をもらって頬張る。
ソルニャーク隊長は、フォークで骨から身を外そうとしたが、上手くゆかず、中途半端に身が解れた蛙の足を丸ごと口に放り込んだ。
「何で、解放軍の将軍と政府軍の将軍って、決着つけねぇんだ?」
一足先に食べ終えた少年兵モーフが、メドヴェージの皿にある蛙の足から目を逸らして言う。
……いきなり何を言い出すんだ?
「何だ? 藪から棒に?」
葬儀屋アゴーニが訝る。
「さっき、昨日の新聞読んだら、クレーヴェルで新しい国作る相談してるって書いてあったんだ」
「坊主、そんな難しい記事、読めるようになったのか」
メドヴェージが顔を綻ばせた。
「字は大体読めたけど、意味わかんねぇから聞いてんだ」
「将軍同士が戦わない理由でしたら、私もわかりますよ」
意外な方向から答えが出た。
モーフが驚いた顔で、フラクシヌス教の聖職者を見る。
「え? な、何で?」
「ウヌク・エルハイア将軍とアル・ジャディ将軍は、共にラキュス・ネーニア家の一族です」
「身内同士だから?」
陸の民の少年が問うと、湖の民の神官は顎を小さく引いた。
「それもありますが、ラキュス・ネーニア家……女神の血に連なる方々は、強大な魔力をお持ちです」
「正面からぶつかり合うのはマズいって?」
ラゾールニクが、蛙の骨を皿の隅に重ねて聞く。
「そうです。例えば、すぐそこのマルィ島は、半世紀の内乱中にできたばかりの新しい島です」
「へ? 島って作れンの?」
モーフが緑髪の神官に疑わしげな目を向ける。
「アルトン・ガザ大陸やチヌカルクル・ノチウ大陸東部では、埋立てで人工島を作る例もありますが、マルィ島は違います」
ラゾールニクとクルィーロが、タブレット端末にダウンロード済みの地図を表示させた。
マチャジーナ市の東には、マルィ半島。その沖合に大マルィ島と小マルィ島が南北に連なって浮かぶ。
「え? これってもしかして」
兄の手許を見たアマナが画面から顔を上げ、神官と年配のアナウンサーを見た。
「作ったんじゃなくて、切ったの?」
「その通りです」
神官とアナウンサーは同時に頷いた。
「は?」
「えっ?」
「えぇッ?」
幾つもの驚きが重なった。
「半世紀の内乱中、ラキュス・ネーニア家の方々は、民主派と神政復古派に分かれ、互いに血を流しました」
旧直轄領周辺と、独立後に首都となったクレーヴェルは激戦区だった。
幸い、マチャジーナ市が戦闘に直接巻き込まれることはなかったが、マルィ半島の戦闘では、並の人間には到底真似できない巨大な力が激突した。
「お互いに魔力が強く防禦が固いので、戦闘は一時、膠着状態に陥りました」
状況を打開すべく、双方が魔法障壁を突破する為に【贄刺す百舌】学派の力を借り、攻撃魔法の威力を上げたところ、拮抗した力がぶつかり合い、半島が切断された。
両軍に甚大な死傷者を出したが、双方の術者は無傷で、その後、別々の戦場で死亡した。
「マルィ半島は、半農半漁の村が点在するのですが、現在は船と【跳躍】で往来しています」
元々「マルィ島」と呼ばれた小さな島が「小マルィ島」になり、半島から切り離された土地の塊は「大マルィ島」と呼ばれることになった。
初めて知った若い世代が、途方もない話に呆然として、緑髪の神官を見る。
「軍の基地は、クレーヴェルの西にもありますが、解放軍と政府軍が全面衝突しないのは、そう言うコトです」
政府軍が戦うべき相手は、本来、アーテル軍だ。
ネミュス解放軍は、蜂起直後こそ戦ったが、首都制圧後は目と鼻の先の司令本部へ打って出ず、政府軍も、首都奪還に動かない。
レノは、何かわかったような気がして頷いた。




