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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十七章 厳科

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1910/3515

1863.地を割る威力

 昼食時、中年の男性神官が、小振りな鍋を抱えて移動放送局の簡易テントを訪れた。


 「ウチの上司とは、食べ物の好みが合わなくて、いつも別々に食べるんですよ」

 東神殿のこの神官は蛙料理が好物だが、他の神官は見るのもイヤなのだと言う。


 (ナマズ)の揚げ煮は、全員に配ると紙コップ半分にしかならなかったが、味見はこれで充分だ。

 レノは、女の子たちとモーフが断った分の蛙を皿に盛り、神官の前に置いた。

 「えっ? こんなにたくさん、よろしいんですか?」

 「えぇ。煮物はみんなに行き渡りましたし」

 緑髪の神官は、満面の笑みで礼を言った。


 情報収集で留守だったみんなには、神官が来る少し前に説明したが、落ち着かない様子で蛙料理と鯰料理を見比べる。

 パンと、いつもの焼魚が昼食の本体で、マチャジーナ市の郷土料理は、ほんのオマケだ。


 「どうやって作るんですか?」

 「まず、鯰の泥抜きをして……」

 レノが聞くと、神官は作り方を滔々(とうとう)と捲し立てた。



 ヌシフェラの根を輪切りにして下茹でし、灰汁(あく)抜きをする。一口大に切ったヌシフェラの根と、北の森で採れるレンティヌラと言う茸を弱火で一緒に煮る。

 キレイな淡水で数日絶食させ、泥抜きした鯰の皮を剥く。身を一口大に切り、下味と衣をつけて揚げる。

 揚がった鯰をヌシフェラとレンティヌラの鍋に入れて、弱火でじっくり煮込む。



 神官は、レノのメモが一段落するのを待って続けた。

 「食べる直前に刻んだ香味野菜をかけて、できあがりです。茸の出汁が染みて、二日目の方が美味しいんですよ」

 「へぇー……衣には、どんな味付けを?」

 神官がスパイスの調合を語り、レノと話し込む間にも、みんなの食事が進む。


 葬儀屋アゴーニは、五百年以上生きた長命人種だが、蛙料理は初めてらしく、小骨の多さに四苦八苦する。

 アマナは、蛙の足を口に入れた父と兄にイヤそうな顔を向けた。


 「結構、美味(うめ)ぇぞ。坊主も食うか?」

 メドヴェージが聞くと、モーフはパンを口いっぱいに頬張って首を横に振った。

 東神殿の神官が苦笑する。

 「好みがきっぱり分かれる食材ですからね」

 「鯰の方はどうですか?」

 「そっちはそうでもないんですけどね」


 実際、移動放送局のみんなも、鯰料理には口をつけた。


 調理の手間と食べ(にく)さを考えると、蛙より鯰の方がいいかもしれない。

 だが、サカリーハ市付近の養殖沼は内乱時代に埋まったと聞いた。蛙は陸地へ逃げて他の沼に引越せるが、鯰は無理だ。

 やはり、調達しやすいタンパク源で、魔法薬の素材にもなる蛙の方がいい気がした。


 ……最悪、薬素材と、鶏とかの飼料として活用してもいいワケだし。


 DJレーフは散々迷った挙句、手を引っ込めた。アナウンサーのジョールチは、蛙の炙り焼きが気に入ったらしい。レーフの分をもらって頬張る。

 ソルニャーク隊長は、フォークで骨から身を外そうとしたが、上手くゆかず、中途半端に身が(ほぐ)れた蛙の足を丸ごと口に放り込んだ。



 「何で、解放軍の将軍と政府軍の将軍って、決着つけねぇんだ?」

 一足先に食べ終えた少年兵モーフが、メドヴェージの皿にある蛙の足から目を逸らして言う。


 ……いきなり何を言い出すんだ?


 「何だ? 藪から棒に?」

 葬儀屋アゴーニが(いぶか)る。

 「さっき、昨日の新聞読んだら、クレーヴェルで新しい国作る相談してるって書いてあったんだ」

 「坊主、そんな難しい記事、読めるようになったのか」

 メドヴェージが顔を(ほころ)ばせた。


 「字は大体読めたけど、意味わかんねぇから聞いてんだ」

 「将軍同士が戦わない理由でしたら、私もわかりますよ」

 意外な方向から答えが出た。

 モーフが驚いた顔で、フラクシヌス教の聖職者を見る。

 「え? な、何で?」

 「ウヌク・エルハイア将軍とアル・ジャディ将軍は、共にラキュス・ネーニア家の一族です」

 「身内同士だから?」

 陸の民の少年が問うと、湖の民の神官は顎を小さく引いた。


 「それもありますが、ラキュス・ネーニア家……女神の血に連なる方々は、強大な魔力をお持ちです」

 「正面からぶつかり合うのはマズいって?」

 ラゾールニクが、蛙の骨を皿の隅に重ねて聞く。


 「そうです。例えば、すぐそこのマルィ島は、半世紀の内乱中にできたばかりの新しい島です」

 「へ? 島って作れンの?」

 モーフが緑髪の神官に疑わしげな目を向ける。

 「アルトン・ガザ大陸やチヌカルクル・ノチウ大陸東部では、埋立てで人工島を作る例もありますが、マルィ島は違います」


 ラゾールニクとクルィーロが、タブレット端末にダウンロード済みの地図を表示させた。

 マチャジーナ市の東には、マルィ半島。その沖合に大マルィ島と小マルィ島が南北に連なって浮かぶ。


 挿絵(By みてみん)


 「え? これってもしかして」

 兄の手許を見たアマナが画面から顔を上げ、神官と年配のアナウンサーを見た。

 「作ったんじゃなくて、切ったの?」

 「その通りです」

 神官とアナウンサーは同時に頷いた。

 「は?」

 「えっ?」

 「えぇッ?」

 幾つもの驚きが重なった。


 「半世紀の内乱中、ラキュス・ネーニア家の方々は、民主派と神政復古派に分かれ、互いに血を流しました」



 旧直轄領周辺と、独立後に首都となったクレーヴェルは激戦区だった。

 幸い、マチャジーナ市が戦闘に直接巻き込まれることはなかったが、マルィ半島の戦闘では、並の人間には到底真似できない巨大な力が激突した。



 「お互いに魔力が強く防禦が固いので、戦闘は一時、膠着状態に陥りました」



 状況を打開すべく、双方が魔法障壁を突破する為に【贄刺(にえさ)百舌(モズ)】学派の力を借り、攻撃魔法の威力を上げたところ、拮抗した力がぶつかり合い、半島が切断された。

 両軍に甚大な死傷者を出したが、双方の術者は無傷で、その後、別々の戦場で死亡した。



 「マルィ半島は、半農半漁の村が点在するのですが、現在は船と【跳躍】で往来しています」

 元々「マルィ島」と呼ばれた小さな島が「小マルィ島」になり、半島から切り離された土地の塊は「大マルィ島」と呼ばれることになった。

 初めて知った若い世代が、途方もない話に呆然として、緑髪の神官を見る。


 「軍の基地は、クレーヴェルの西にもありますが、解放軍と政府軍が全面衝突しないのは、そう言うコトです」


 政府軍が戦うべき相手は、本来、アーテル軍だ。

 ネミュス解放軍は、蜂起直後こそ戦ったが、首都制圧後は目と鼻の先の司令本部へ打って出ず、政府軍も、首都奪還に動かない。


 レノは、何かわかったような気がして頷いた。

☆サカリーハ市付近の養殖沼は内乱時代に埋まった……「1819.偶然の出会い」参照


※【贄刺す百舌】学派の力を借り、攻撃魔法の威力を上げた……例「309.生贄と無人機」参照


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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