0191.針子への疑念
ロークは、新たに加わった女性に違和感を覚えた。
……この状況で、女の人が、たった一人で、自治区から、ゾーラタ区まで、逃げて来たって?
アミエーラと名乗った女性は、武術の達人などには見えなかった。
自治区民なら当然、魔法使いではない。
怪我はあるが、武器も持たずに一カ月近く生き延びられるのか。どこをどう通って、生きてここまで辿り着いたのか。
ロークたちでさえ、暴漢に襲われ、危うく殺されるところだったのだ。
ソルニャーク隊長も、アミエーラに疑念を抱いたらしい。だが、少年兵モーフの知人だから、今は強く追及しないようだ。
少なくとも、自治区民……キルクルス教徒なのは、間違いないからだろう。ならば、魔法使いではなく、大したこともできない。
……要するに、無力で無害そうだから、ちょっとくらい怪しいと思っても、受け容れるってことか。
ロークは、隊長の判断を推測し、自分を納得させた。
荷台のみんながそれぞれ自己紹介する。
自分の番には、当たり障りのないことだけ説明した。
「ゼルノー商業高校の二年生で、ロークって呼ばれています」
最後にソルニャーク隊長が、星の道義勇軍の一員であると名乗ると、アミエーラの顔が強張った。
……あれっ? 星の道義勇軍って、自治区でも嫌われてるのか?
ロークは隊長と少年兵を見た。
モーフは元々知り合いだからか、自己紹介しなかった。
「ねーちゃん、食い物、そんな心配しなくていいぞ。いっぱいあるから」
「毎日おなかいっぱいってワケにはいきませんけど、節約すれば、十一人でも、まぁ……後一カ月くらいは行けそうかな」
モーフが気楽に言い、レノがやんわり釘を刺す。
何となく流れで、パン屋の息子が食糧の管理を任されたのだ。
放送局に居る間は、ナマモノを優先して消費し、その後はアウェッラーナが獲ってくれた魚を中心に食べた。余分に獲れた魚は、彼女と工員クルィーロが水抜きして干物の状態で保存する。
水も、今は段ボールの簡易バケツ三杯分ある。ゴミ袋の口を括ったお蔭で、箱が倒れてもこぼれずに済んだ。
地図で見た限り、クルブニーカ市はそんなに遠くない。
市内には溜め池が点在する。この辺りは山が近く、地下水が豊富だ。
「じゃあ、私も堅パンと野菜の乾物を少し持ってるんで、みなさんのと一緒にして下さい」
アミエーラがリュックを開け、堅パンのパックと乾物の袋をレノに渡す。
……ん? この人、バラック街の住人にしちゃ、身形がいいし、こんな食糧まで持ってるって、おかしくないか?
さっき、少年兵モーフには、バラック街の大火から命からがら逃げ、家族ともはぐれたと説明した。
きちんとコートを着てマフラーと手袋もつけ、こんなにたくさんの荷物を持つ。
……何か、やたら用意周到って言うか……?
食糧は、団地地区の仕立屋の店長が持たせてくれたのかもしれない。だが、流石にリュックと衣服は違うだろう。
ロークは更に不吉な疑念が湧き上がり、それ以上考えるのを止めた。
今はそんなことより、マスリーナ市の巨大な化け物から逃げることが先決だ。
図書館で書き写した地図では、クブルム山脈の裾野に耕作地、その北側にクルブニーカ市の市街地がある。
市街地は、魔物避けの防壁で囲まれるらしい。
さっき見たゾーラタ区の畑は無事だった。
もしかすると、クルブニーカ市も無事かもしれない。
ロークの中で、淡い期待と、無事なら政府が放棄する筈がないとの現実的な諦めが拮抗する。
……何にせよ、行ってみなくちゃわかんないんだよなぁ。
トラックの荷台には、窓がない。ロークはそっと立ち上がり、係員用の小部屋に入った。
レコードの再生機と収録や放送用の機材は、棚に固定されて全く無傷だ。小窓からフロントガラスの向こうを覗う。
放送局のイベントトラックは、アスファルトで舗装された国道を西へ走る。
道の両脇は荒れ地だ。この辺りは空襲を受けておらず、道はキレイだった。
ゼルノー市とクルブニーカ市を結ぶ唯一の道路で、所々に【魔除け】の呪文と印を刻んだ石碑が建つ。
この一カ月、人の通行があったのか、定かでない。今は、対向車も前を行く車もなかった。
ロークは、地理と歴史の授業を思い出した。
クルブニーカ市は、やや内陸に位置するが、それなりに発展した街だ。
大昔から薬草栽培が盛んで、クブルム山脈や裾野の森で採った種子を畑で育て、様々な薬を作る。
現在も、製薬会社と薬師、呪医が多い医療産業都市として栄える。
素材を採りに行く薬師を守る為、護衛を生業とする者も多く住む。
半世紀の内乱中も、フラクシヌス教徒の生命を支える街として守り抜かれた。
……流石に……空襲は、用心棒じゃムリだよなぁ。
ロークは小さく溜め息を吐いた。
荷台では、女の子たちが何やら盛り上がる。新入りが若い女性だからか、小学生二人は全く警戒しない。
少年兵モーフも表情を少し和らげ、知り合いと再会できて嬉しそうだ。
十五分程で街が見えてきた。




