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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

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191/3501

0191.針子への疑念

 ロークは、新たに加わった女性に違和感を覚えた。


 ……この状況で、女の人が、たった一人で、自治区から、ゾーラタ区まで、逃げて来たって?


 アミエーラと名乗った女性は、武術の達人などには見えなかった。

 自治区民なら当然、魔法使いではない。

 怪我はあるが、武器も持たずに一カ月近く生き延びられるのか。どこをどう通って、生きてここまで辿(たど)り着いたのか。


 ロークたちでさえ、暴漢に襲われ、危うく殺されるところだったのだ。


 ソルニャーク隊長も、アミエーラに疑念を抱いたらしい。だが、少年兵モーフの知人だから、今は強く追及しないようだ。

 少なくとも、自治区民……キルクルス教徒なのは、間違いないからだろう。ならば、魔法使いではなく、大したこともできない。


 ……要するに、無力で無害そうだから、ちょっとくらい怪しいと思っても、受け容れるってことか。


 ロークは、隊長の判断を推測し、自分を納得させた。



 荷台のみんながそれぞれ自己紹介する。

 自分の番には、当たり(さわ)りのないことだけ説明した。

 「ゼルノー商業高校の二年生で、ロークって呼ばれています」


 最後にソルニャーク隊長が、星の道義勇軍の一員であると名乗ると、アミエーラの顔が強張った。


 ……あれっ? 星の道義勇軍って、自治区でも嫌われてるのか?


 ロークは隊長と少年兵を見た。

 モーフは元々知り合いだからか、自己紹介しなかった。



 「ねーちゃん、食い物、そんな心配しなくていいぞ。いっぱいあるから」

 「毎日おなかいっぱいってワケにはいきませんけど、節約すれば、十一人でも、まぁ……後一カ月くらいは行けそうかな」

 モーフが気楽に言い、レノがやんわり釘を刺す。

 何となく流れで、パン屋の息子が食糧の管理を任されたのだ。


 放送局に居る間は、ナマモノを優先して消費し、その後はアウェッラーナが獲ってくれた魚を中心に食べた。余分に獲れた魚は、彼女と工員クルィーロが水抜きして干物の状態で保存する。

 水も、今は段ボールの簡易バケツ三杯分ある。ゴミ袋の口を括ったお蔭で、箱が倒れてもこぼれずに済んだ。



 地図で見た限り、クルブニーカ市はそんなに遠くない。

 市内には溜め池が点在する。この辺りは山が近く、地下水が豊富だ。


 「じゃあ、私も堅パンと野菜の乾物を少し持ってるんで、みなさんのと一緒にして下さい」

 アミエーラがリュックを開け、堅パンのパックと乾物の袋をレノに渡す。


 ……ん? この人、バラック街の住人にしちゃ、身形(みなり)がいいし、こんな食糧まで持ってるって、おかしくないか?


 さっき、少年兵モーフには、バラック街の大火から命からがら逃げ、家族ともはぐれたと説明した。

 きちんとコートを着てマフラーと手袋もつけ、こんなにたくさんの荷物を持つ。


 ……何か、やたら用意周到って言うか……?


 食糧は、団地地区の仕立屋の店長が持たせてくれたのかもしれない。だが、流石にリュックと衣服は違うだろう。

 ロークは更に不吉な疑念が湧き上がり、それ以上考えるのを止めた。



 今はそんなことより、マスリーナ市の巨大な化け物から逃げることが先決だ。



 図書館で書き写した地図では、クブルム山脈の裾野(すその)に耕作地、その北側にクルブニーカ市の市街地がある。

 市街地は、魔物避(まものよ)けの防壁で囲まれるらしい。


 さっき見たゾーラタ区の畑は無事だった。

 もしかすると、クルブニーカ市も無事かもしれない。


 ロークの中で、淡い期待と、無事なら政府が放棄する筈がないとの現実的な諦めが拮抗する。


 ……何にせよ、行ってみなくちゃわかんないんだよなぁ。


 トラックの荷台には、窓がない。ロークはそっと立ち上がり、係員用の小部屋に入った。

 レコードの再生機と収録や放送用の機材は、棚に固定されて全く無傷だ。小窓からフロントガラスの向こうを覗う。


 放送局のイベントトラックは、アスファルトで舗装された国道を西へ走る。

 道の両脇は荒れ地だ。この辺りは空襲を受けておらず、道はキレイだった。

 ゼルノー市とクルブニーカ市を結ぶ唯一の道路で、所々に【魔除け】の呪文と印を刻んだ石碑が建つ。

 この一カ月、人の通行があったのか、定かでない。今は、対向車も前を行く車もなかった。


 ロークは、地理と歴史の授業を思い出した。


 クルブニーカ市は、やや内陸に位置するが、それなりに発展した街だ。

 大昔から薬草栽培が盛んで、クブルム山脈や裾野の森で採った種子を畑で育て、様々な薬を作る。


 現在も、製薬会社と薬師(くすし)、呪医が多い医療産業都市として栄える。

 素材を採りに行く薬師を守る為、護衛を生業(なりわい)とする者も多く住む。

 半世紀の内乱中も、フラクシヌス教徒の生命を支える街として守り抜かれた。


 ……流石に……空襲は、用心棒じゃムリだよなぁ。


 ロークは小さく溜め息を()いた。


 荷台では、女の子たちが何やら盛り上がる。新入りが若い女性だからか、小学生二人は全く警戒しない。

 少年兵モーフも表情を少し和らげ、知り合いと再会できて嬉しそうだ。


 十五分程で街が見えてきた。

☆暴漢に襲われ……「0083.敵となるもの」~「0086.名前も知らぬ」参照

☆星の道義勇軍って、自治区でも嫌われてる……「0031.自治区民の朝」参照

☆パン屋の息子が食糧の管理……「0122.二度目の食堂」~「0125.パンを仕込む」「0127.朝のニュース」「0132.何もない午後」参照

☆リュックと衣服……「0080.針子の取り分」参照

☆マスリーナ市の巨大な化け物……「0184.地図にない街」「0185.立塞がるモノ」参照

☆図書館で書き写した地図……「0167.拓けた道の先」~「0171.発電機の点検」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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