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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十七章 厳科

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1858.南ザカート市

 「ここは、南ザカート市だった場所よ」

 運び屋フィアールカがタブレット端末で地図を示し、流暢な共通語で告げる。レフレクシオ司祭は、昨日の雨で洗われた星空から視線を下げ、辺りを見回した。


 人家の灯はひとつもなく、朽ちた基礎が草に埋もれるばかり。人の営みが失われて久しい廃墟だ。


 魔法使い二人の衣服が、淡く光って視える。【魔除け】の光は肉眼では捉えられないが、霊視力のある者には、傍に居る者の表情がわかる程度には明るかった。



 「半世紀の内乱時代、アーテル地方から来た爆撃機に一晩で焼き尽くされて、それっきりよ」

 「何故、再建できなかったのですか?」

 キルクルス教徒の司祭が顔を曇らせる。


 緑髪の運び屋は、唇を皮肉な笑みの形に歪めた。

 「ラクリマリス王国政府は、和平で分離・独立したばかりの限られた予算で、国民生活を再建しなければならなかったの」

 「街や村には、魔物とかから住民を守る防壁が必要だ。でも、内乱で大勢の技師が殺されて、人手は未だに全然足りない」

 「つまり、再建しやすい場所へ移住させて、ここは放棄されたのですね」

 ラゾールニクが付け足すと、寝間着姿の司祭はわかった顔で頷いた。


 「ご名答。話が早くて助かるよ」

 「ここから一番近い街は、南のモールニヤ市と、山を越えたネモラリス領の北ザカート市。でも、アンテナはあちこちにあるから、ここでもネットに繋がるわよ」

 「えッ?」

 レフレクシオ司祭は、寝間着のポケットから端末を取り出した。


 夜風が、森から湿った緑の香と獣の咆哮を運ぶ。

 ロークが司祭の手許を見ると、地図で現在地を表示させたところだ。


 「北ザカート市は、防壁の再建工事は終わったけど、住民は、まだ帰還できなくて、ネモラリス政府軍が駐留してるわ」



 ロークは、レフレクシオ司祭の隣に立ち、北へ目を向けた。

 三日月と星明かりの下で、クブルム山脈とツマーンの森が視界を遮り、ネーニア島のネモラリス共和国領は全く見えない。


 開戦の春、空襲に遭ったゼルノー市民とリストヴァー自治区民を乗せたトラックでここを通った。あれから二年以上経っても、全く手つかずの廃墟が横たわる。



 「アーテル軍は、魔獣の駆除に手を取られ、ネモラリス領を攻撃する余裕などなさそうですが」

 何故、住民を難民キャンプから帰還させないのかと、レフレクシオ司祭が(いぶか)る。


 「あれっ? 司祭様、知らない?」

 「アーテル軍、ミサイル持ってるんですけど」

 ラゾールニクが首を傾げ、ロークも驚いた。

 「ミサイル?」

 「核弾頭はないけど、二年前、魔哮砲を搭載した防空艦を一発で沈めた実績があるんだけど」

 「えぇッ? 魔哮砲を破壊できたなら、アーテル側には、戦争を継続する理由がなくなったのでは?」

 バンクシア共和国出身の司祭が、更に困惑を深める。

 ラゾールニクとフィアールカが、顔を見合わせてロークを見た。視線に頷き返して言う。


 「司祭様は、戦況をよくご存知ないんですね」

 「バンクシア……いえ、共通語で読めるニュースでしか知りません」

 「その防空艦の乗組員は大勢亡くなったけど、魔哮砲は自力でネーニア島に上陸しました」

 「ミサイルの直撃でも、破壊できなかったのですか」

 科学文明国出身の司祭は、ロークの説明に呆然と呟いた。


 「別々の日にラクリマリス軍とアーテル軍が、ツマーンの森のどこかで魔哮砲と遭遇しました」

 「えッ? えぇッ? アーテル軍がラクリマリス領に侵入したのですか?」

 レフレクシオ司祭が、どこに重点を置いて驚けばいいかわからない顔で、三人を見回す。


 ラゾールニクが説明を引継いだ。

 「俺、フリージャーナリストなんだけど、ラクリマリス領南部の漁村で取材中、アーテル陸軍が住民に避難を呼掛けてるとこに出食わして、何やってんだって思ったけどね」

 「兵隊さんは、何と?」

 「さっさと避難しろの一点張りでロクに話せなかったけど、後でラクリマリス軍が証拠をみつけて、アーテル軍がこの森に腥風樹(せいふうじゅ)の種子を植付けたのがバレて……腥風樹って知ってる?」

 アルトン・ガザ大陸北部出身の司祭は(かぶり)を振った。


 「ネットの図鑑にも載ってるけど、異界の植物だよ。毒があって土壌を汚染するし、根っこ引っこ抜いてウロウロするから、除染が大変なんだ」

 「えぇッ?」

 「勿論(もちろん)、ラクリマリス政府はアーテルに抗議したし、賠償も求めたけど、無視されたから、国際司法裁判所に提訴したわ。まだ除染が終わらなくて、一部の農家が帰還できなくて死活問題よ」

 司祭は、フィアールカの説明に言葉もなく、夜の森を見遣った。


 僅かな光の下で、木々の輪郭しかわからない。


 ロークも報告書を思い出し、胃がキリキリ痛んだ。

 「王族も作戦に参加して、死者は出さずに駆除できたけど、家畜はたくさん死んで、土地も汚染で酷いコトになってるんですよ」


 「一部の王族と国民の大半が、アーテルを潰せってブチ切れてるのを王様がどうにか抑えてるんだ。どうしてだか、わかる?」

 ラゾールニクが身体を曲げ、斜め下からキルクルス教の司祭を見る。

 レフレクシオ司祭は細く息を吐いて答えた。

 「参戦すれば、再び国土が荒廃するから……ですか?」

 「んー……半分正解ってとこだな」

 「半分? 残りの理由は何ですか?」


 ラゾールニクが姿勢を正し、レフレクシオ司祭の顔を正面から見て聞く。

 「ラクリマリスがどんな国か知ってる?」

 「元はアーテル、ネモラリスとひとつの国で、現在はフラクシヌス教を国教と定める魔法文明国ですよね? 立憲君主制で、議会制度があるにも(かかわ)らず、王権の方が強いようですが」

 司祭は、外務省の公式サイトにあるような国勢情報をすらすら並べた。


 緑髪の運び屋が呆れてみせる。

 「そこまでわかってて、わかんない?」

 「勉強不足で恐れ入ります」

 「ラクリマリスが民主主義だったら、とっくの昔に参戦してたでしょうね」


 バンクシア共和国出身の司祭が息を呑む。


 元神官のフィアールカは、淡々と続けた。

 「フラクシヌス教の聖地があるから、ラクリマリスが動けば、周辺国も参戦せざるを得なくなるの。そうなると、アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国も、アーテルの支援に乗り出して」

 「ラキュス湖周辺地域全体が戦場に……いや、下手をすれば、世界大戦に発展しかねない、と?」

 司祭は頭では理解できても、否定したい気持ちを抑えきれない声で言い、地元住民の三人を見た。


 「ネモラリスも同じです」

 「同じとは……?」

 ロークが言うと、司祭は呆然と質問をこぼした。

 「湖の女神の聖地とラキュス・ネーニア家の直轄領が無事で、ネモラリス軍が防戦一方で援軍も呼ばないから、周辺国が軍事介入しないんですよ」

 フィアールカが頷く。

 「シェラタン当主が身を隠してノーコメントを貫くから、周辺国はアーテルを攻撃したくても、手出しできないの」

 「逆に言えば、ラキュス・ネーニア家の当主が参戦を呼掛けたら、ラクリマリスの参戦と同じ結果になる」


 キルクルス教の聖職者は夜闇の中、ネーニア島を南北に分かつクブルム山脈に顔を向けた。

☆半世紀の内乱時代、アーテル地方から来た爆撃機に一晩で焼き払われ……「0182.ザカート隧道」、外伝「明けの明星」参照

☆北ザカート市は、防壁の再建工事は終わった……「1514.イイ話を語る」参照

☆開戦の春(中略)トラックでここを通った……「0205.行く先は何処」参照

☆魔哮砲を搭載した防空艦を一発で沈めた実績……「0274.失われた兵器」参照


☆ラクリマリス王国軍とアーテル軍が(中略)魔哮砲と遭遇

 アーテル軍……「486.急造の捕獲隊」~「488.敵軍との交戦」「498.災厄の種蒔き」参照

 ラクリマリス王国軍……「759.外からの報道」参照

☆アーテル陸軍が住民に避難を呼掛け……「490.避難の呼掛け」参照

☆ラクリマリス軍が証拠をみつけて……「500.過去を映す鏡」参照

☆腥風樹……「382.腥風樹の被害」参照

☆毒があって土壌を汚染……「862.今冬の出来事」参照

☆国際司法裁判所に提訴……「1525.国際司法裁判」参照


☆ラクリマリスが動けば、周辺国も参戦せざるを得なくなる……「0161.議員と外交官」参照

※ 周辺国は、経済的な攻撃では参戦……「0285.諜報員の負傷」「440.経済的な攻撃」参照


☆湖の女神の聖地……「1486.ラクテア神殿」参照

☆シェラタン当主が身を隠してノーコメントを貫く……「684.ラキュスの核」「685.分家の端くれ」「1741.当主の養い子」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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