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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十七章 厳科

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1904/3516

1857.召喚者の痕跡

 クラウストラの【跳躍】で、ロークは久し振りにルフス神学校に侵入する。


 事前に【索敵】で見てもらった限り、敷地内には土魚(どぎょ)以外の魔獣が居なかった。

 素材屋プートニクの情報通りだ。


 新聞報道では、アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群が駆除したと、政府の発表があった。駆除した魔獣一覧には、土魚、鮮紅の飛蛇、補色蜥蜴(ほしょくとかげ)毛谷蛇(もうやだ)濃紺(のうこん)大蛇(おろち)鱗蜘蛛(うろこぐも)が名を連ねる。

 素材屋プートニクと多額の債務を背負った魔法の道具屋、マコデス人の魔獣駆除業者二人の協力については、一行も記述がなかった。



 ルフス神学校は、校庭の土魚に(はば)まれ、まだ立入禁止が続く。

 二人は校舎三階の廊下へ跳んだ。

 外から見られないよう、身を低くして進む。


 ロークはドアノブに手を掛けた。施錠されておらず、回った金具の音が廊下に響く。細く開け、クラウストラが【退魔】を唱えた。


 「(とお)らう灼熱の御手以(みてもっ)て、焼き(はら)え、祓い清めよ。

  大逵(たいき)より来たる水の御手、洗い清めよ、祓い清めよ。

  日々に降り積み、心に(よど)塵芥(ちりあくた)()ぎ祓え、祓い清めよ。

  夜々に降り積み、(ちまた)に澱む塵芥、洗い清めよ祓い清めよ。

  太虚(たいきょ)を往く風よ、日輪翳(ひのわかげ)らす雲を薙ぎ、月を翳らす(もや)を祓え」


 淡い光が(さざなみ)のように広がり、場の穢れを祓う。床を埋め尽くし、机も見えない程に積もった雑妖が、光に触れた瞬間、消滅する。

 二人は、視界を塞ぐモノが居なくなった教室を改めて覗いた。


 机には埃がうっすら積り、舞い上がった塵がカーテンの隙間から射しこむ光を受けて輝く。

 きっちり整列した机に変わった様子はなく、すぐにでも授業を始められそうだ。床の埃に乱れはない。

 プートニクたちは、魔獣の居ない所に入らなかったらしい。


 「召喚の痕跡はなさそうね」

 「魔法陣を消して机を戻したりとか」

 「鱗蜘蛛でしょ? ここで呼んでたら、床に爪痕が付く筈よ」

 「蛇系のも居ましたよね?」

 「寮でしょ? わざわざ離れたとこで呼ぶとは思えないけど?」

 「成程(なるほど)。命令してあっちまで誘導するの、面倒ですね」


 扉をそっと閉め、次の教室へ移動する。

 三階の教室はどこも同じだった。トイレも確認したが、何もみつからない。

 備品倉庫は施錠してあった。

 「魔法で開けるのは簡単だけど、元通りにできないから、やめときましょ」

 「確認しなくていいんですか?」

 「見るだけ見てみるけど、どうせ雑妖だらけじゃないかな?」


 クラウストラはダメ元で【索敵】を唱えた。

 案の定、雑妖がいっぱいで見えないと言う。雑妖は棚にも詰まり、真っ暗な倉庫はこの世ならざるモノしか視えなかった。


 廊下の端には、鱗蜘蛛の爪痕らしき傷と、網目状の焦げ跡があった。

 「プートニクさん、駆除屋さんが【紫電の網】を使ったって言ってたわね」

 「どんな術なんですか?」

 「ルフス光跡教会でも見たでしょ? 刃物を媒介にして雷の網を発生させる術」

 「それで焦げ跡が」

 「呪符の灰でも落ちてないかと思ったけど、道具屋さんが巣を掃除したって言ってたし、この校舎で召喚の痕跡をみつけるのは難しそうね」


 そうは言ったものの、二人は念の為、全ての教室を見て回った。

 戦闘の痕跡は、素材屋プートニクの証言通りにみつかったが、召喚の物証は見当たらない。


 一階トイレは、プートニクに【光の槍】で破壊されたまま、ブルーシートすら掛けられず、風通しがよかった。

 各門の周囲には警備兵が居る。みつかると面倒だ。トイレ内の調査は諦め、廊下を走り抜けた。



 クラウストラが改めて【索敵】を掛け直し、実習棟を見る。

 「雑妖しか居ないよ」

 こちらも、最上階から順に調べて降りる。穢れの塊で視界を遮られ、室内の様子がわからないのが(わずら)わしい。

 ロークも、【魔力の水晶】で【退魔】の術を使って手伝った。


 「温存しなくていいの?」

 「時々実践しないと、忘れそうなんで」

 「いい心掛けだ」

 不意にソルニャーク隊長のような目で褒められ、ギョッとする。


 今日のクラウストラは女子高生風の外見だが、時折見せる大人びた表情は、長命人種の薬師(くすし)アウェッラーナや、運び屋フィアールカより年上のような貫禄がある。

 力なき民で、確実に常命人種のロークは、そろそろ高校生のフリが厳しくなってきた。

 だが、彼女は【化粧】の首飾りで顔を変えたのを差し引いても、出会った頃と変わらない。表情や仕種次第で、高校一年生にも大卒の社会人にも見える。


 ……実際、幾つくらいの長命人種なんだろうな。


 実習棟の教室は、大部分が星道クラス用だ。

 聖職者クラスだったロークには、何をするかわからない部屋が多い。


 二階の実習室に詰まった雑妖を一掃すると、部屋の中央だけにうっすら足跡が見えた。呪符を使った後の灰などはない。

 「この部屋へ【跳躍】で侵入したらしいな」

 「一人……ですか?」

 「ここで待て」


 クラウストラが耳慣れない呪文を唱えると、その身がふわりと浮き上がった。

 ゆっくり宙を漂い、床に足を着けずに顔だけ近付ける。教室の床すれすれまで接近して浮かぶ様は、夢の一場面のようだが、現実だ。

 タブレット端末で何枚か写真を撮って高度を上げ、戸口へ戻ると、ロークの背後に降り立った。


 「靴底の形が違う。土魚で学生が避難した後、少なくとも二人侵入したようだ」

 「移動は【跳躍】か、今の術みたいなのですか?」

 「恐らくな。赤い鱗もみつけた。鮮紅の飛蛇の一部は、ここで呼んで街へ放ったのだろう」


 赤い鱗を【(ただ)しき燭台】に掛ければ、鱗の持ち主と、召喚の様子は確認できる。これだけでは弱い気がするが、何もないよりはマシだ。実習棟では、その足跡の他は戦闘の痕跡しかみつからなかった。



 学生寮へ移動する。

 三階の大浴場は、鏡が何枚も割れ、壁や床のタイルが砕けて酷い有様だ。

 「濃紺の大蛇と戦ったんでしたっけ?」

 「そう言っていたな」

 血痕などは道具屋が集めて焼き清めたが、ガラス片は端に寄せただけだ。浴槽には中途半端に水が残り、タイルの目地は黒黴(くろかび)だらけで触りたくもなかった。


 「忘れ物があるなら、今の内に回収するといい」

 「俺は別に困らないですよ」

 「スキーヌムの分はどうだ?」

 「そこまでする義理ありませんし」

 「そうか」



 体育館なども含め、全て回ったが、召喚の痕跡は他に発見できなかった。

 「推測の範囲は絞り込めるな」

 「呪符や魔法陣じゃない……【召喚布】……ヂオリートですか?」

 「誰とまでは断定できん」

 日が傾く前にランテルナ島へ戻った。

☆素材屋プートニクの情報……「1819.偶然の出会い」~「1824.欠けたピース」参照

☆ルフス光跡教会でも見た……「1076.復讐の果てに」参照

☆星道クラス……「744.露骨な階層化」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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