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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十七章 厳科

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1856.この地の常識

 三階の教室には、雑妖しか居なかった。

 手前の校舎に居た魔獣は、平敷(ひらしき)と四眼狼が一頭ずつ、三階廊下の鮮紅の飛蛇二十七頭だ。


 「続けて、他の校舎も見ますか?」

 「小型無人機(ドローン)のカメラ映像と比較したいんですが」

 通信兵が、魔装兵ルベルの手を握ったまま聞く。口調こそ冷静だが、掌にはじっとり脂汗をかき、一刻も早く手を離したいのがありありと伝わった。


 バルバツム陸軍の小隊長が、即座に指示を出す。

 「時間がない。ここからは手分けしよう。私は引き続き、魔法での偵察を継続。お前は小型無人機(ドローン)で校舎の外側から廊下を確認。その後、校舎内は二階までの廊下と階段、トイレ、侵入可能なら各教室を調査し、帰投せよ」

 「了解!」

 通信兵はルベルと繋いだ手を離し、迷彩服で掌を拭って軍用車へ走った。

 「その鍵はマスターキーだそうだ。開けられる教室は全て開けてくれないか?」

 「わかりました」

 ラズートチク少尉は、共通語の指示が湖南語訳されるのを待って了解した。



 今朝、作戦開始前に見せられた配置図によると、サリクス市立中央小学校は、教室棟が二棟、特別教室等と講堂、体育館は一棟ずつある。


 ……先に調査してれば、無駄弾撃たずに済んだのにな。


 バルバツム連邦陸軍の部隊は現場到着直後、校庭に下りた鳩を土魚(どぎょ)が喰らう様を目撃し、半ば恐慌状態で攻撃を開始した。


 何が居るか確認せず、闇雲に突入するのは魔法使いでも危険だ。魔物や魔獣の種類と数が不明では、充分な準備もできない。


 ……鮮紅の飛蛇が、窓ガラスを割って出てなくて他の階へも行かないのは、召喚者が「ここに居ろ」か何か、命令したからだろうな。


 推測の域を出ないのは、霊視力を持つルベルの眼では、雑妖で埋め尽くされた教室の床を視認できないからだ。

 召喚の魔法陣など、証拠があれば確信を持てるが、今のところ、どの現場でも物証はみつからなかった。


 報道や住民の噂などで得られた目撃情報は、いずれも【召喚符】や【召喚布】など、道具の使用が疑われるものばかりだ。

 自力で魔法陣を描けるなら、高価な道具を使わなくて済む。


 ……【召喚陣】じゃないってコトは【渡る雁金(カリガネ)】学派の術者じゃないのか。


 ネモラリス政府軍ではない「何者かによる攻撃」なのは、明らかだ。

 ネミュス解放軍か、ネモラリス憂撃隊か、それとも単独の復讐者か。


 ネモラリス人だけとは限らない。

 この三十年余り、ランテルナ島民は棄民扱いで、アーテル共和国政府から(ないがし)ろにされてきた。彼ら自身が本土へ出て来なくても、道具の提供などで関与した可能性までは、排除できない。


 機械の目は、実体を持たない魔物や雑妖を捉える時と、何も映らない時がある。

 飛行機のゴーレムが見たものをルベルたちにも見せてもらえれば、後で教室を調査する手間が省ける。

 魔装兵ルベルは、もう一棟の教室棟へ視線を飛ばしながら考えた。



 隣の校舎にも雑妖がぎっしりだ。

 双頭狼が一頭、一階正面扉の前で丸くなって眠る他には、実体を持つ魔獣は居なかった。


 魔物や魔獣は、他に餌がなければ、雑妖を食べて魔力を補う。教室内が雑妖だらけなら、捕食者が居ない可能性が高い。


 魔装兵ルベルは、特別教室棟に【索敵】の視線を侵入させた。

 ここは、廊下の影にも雑妖が居る。不定形の穢れは押し合い()し合い、日光が注ぐ場所へ押し出されたモノが瞬く間に消えた。


 「成程(なるほど)。日光が有効だと言うのは本当なのだな」

 バルバツム陸軍の小隊長が感心する。

 ルベルは、アーテル軍の新兵が湖南語に訳すのを待って答えた。

 「明るい内に窓とカーテンを開けて減らしておけば、魔獣の餌が減って弱体化させられますよ」

 「餓えて凶暴化するのではないのか?」

 「そう言うコトもあります」

 キルクルス教徒の小隊長は、意外に鋭かった。


 「つまり、避難生活が長期化した留守宅は、危険なのだな」

 「冷蔵庫の中身とか腐ってたら、危ないかもしれませんね」

 通訳のアーテル兵が、共通語で自分の推測を述べる。

 魔装兵ルベルは、わからないフリで理科室へ視線を入れた。


 骨格標本が、雑妖で足の踏み場もない室内を徘徊する。小隊長が、ルベルの手を握る手に力を籠めた。

 「中身は雑妖ですよ」

 「えッ? しかし、人骨が」

 共通語訳を聞いた小隊長が、珍しく動揺を見せた。あっと言う間に隊員たちに不安が広がる。

 「人型や動物型の物品には、雑妖とかが入りやすいんで、魔法使いが居る地域なら、製造段階で【立入禁止】とかの呪印を付けるんですけどね」

 何の対策もないことに呆れてみせる。


 「隊長、何が見えたんですか?」

 「骨格標本が、理科室を歩き回っている」

 「よくある学校の怪談が現実に?」

 バルバツム兵が、引き攣った顔を半笑いで歪ませる。

 流石にアーテル兵は、内輪のやり取りまでは訳さなかった。ルベルは共通語がわからないフリで聞き耳を立てる。


 軍用車に戻った通信兵は、まだ戻らない。

 ラズートチク少尉が、花壇に放置された移植鏝(いしょくごて)を手に取った。校門を入ってすぐの地面を起点にやや深く線を刻んでゆく。校門から手前の校舎前までを細長い輪で繋ぎ、【簡易結界】を掛けると、少尉は鍵を軽く振って校舎内に入った。


 通信兵が準備を終えたらしい。プロペラが回る(かす)かな音が聞こえたかと思うと、すぐ遠ざかった。


 「怪談の仕組みがわかったところで、結局、怪異じゃないですか」

 「どうするんですか、それ?」

 アーテル兵が、バルバツム兵の質問を湖南語訳してルベルを窺う。

 「日当たりのいいとこに放置してれば、動かなくなりますよ。その物のどこかに呪印を書込んで術を掛ければ、以降の憑依を防げます」

 「傭兵の諸君も可能なのか?」

 「専門家じゃないと無理ですね。複雑な呪印で、専用のインクも必要ですから」

 ルベルが小隊長の質問に答えると、隊員たちから溜め息が漏れた。


 「専門家とは?」

 「特定分野の術を修めた職人さんとかです。物に対する魔物や雑妖の侵入は、魔法の道具職人、設計・建築の技師、葬儀屋が、それぞれ似た効果の術で防げます」

 「魔獣と直接戦う以外の術もあるのか」

 「そっちの方が多いですよ。生活全般、いろんな分野に分かれて」

 「そうか」


 アーテル軍の新兵が、魔装兵ルベルの呆れた声をそのまま訳す。

 「自力で身を守れないのに力なき民だけで暮らそうって、アーテル人の気がしれませんけどね」

 「同感だ」

 自称「信心深くない」バルバツム連邦軍の小隊長は、苦笑した。

☆機械の目……「800.第二の隠れ家」、何も映らない時「1689.時が救わぬ傷」参照

☆冷蔵庫の中身とか腐ってたら、危ない……「328.あちらの様子」参照

☆報道や住民の噂などで得られた目撃情報……「1700.学校が終わる」「1822.図鑑を捨てる」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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