1854.戦い方の違い
魔装兵ルベルは歩道の植込みから枯枝を拾い、校庭に投げ込んだ。
「ヴォルク先輩、どうぞ」
「お、ありがと」
ラズートチク少尉は、マコデス人の魔獣駆除業者ヴォルクのフリで枯枝を受取った。校庭に線を引き、血痕が染み込んだ土を囲む。
バルバツム兵十一人と、アーテル兵一人が、固唾を飲んで見守る。
「此の輪 天なり 六連星 満星巡り
輪の内 地なり 星の垣 地に廻り
垣の内 呼ばぬ者皆 立ち去りて
千万の昆虫除けて 雑々の妖退け
内守れ 平らかなりて 閑かなれ」
ラズートチク少尉は、直径五メートル程度の円内に【簡易結界】を掛け、校門の外へ出た。
土魚の群が、作業服の【魔除け】で阻まれて身を翻し、仲間の死骸を喰らいに土を泳ぐ。
表層のモノが不可視の壁に阻まれ、土の上で後ろへ跳ね飛ばされた。地下も通れず、肉を前にしておあずけ状態の土魚が、円の外側にどんどん増えてゆく。
何匹も【簡易結界】に体当たりしたが、何度試しても、結果は同じだ。バルバツム兵に射殺された土魚の死骸には、全く届かない。
「これは【簡易結界】です。持続時間は術者の魔力によりますが、丸一日程度です。雑妖や実体を持たない魔物を防ぎ、魔獣も、弱いモノは寄せ付けません」
バルバツム陸軍の兵士たちは、アーテル軍の新兵が、ラズートチク少尉の説明を訳す声に呆然と頷く。
「住民の避難は、これで足場を確保して行いました」
「一時的に安全地帯を作り出す……魔法」
バルバツム人の小隊長が複雑な表情で呟き、アーテル軍の新兵が逐一訳す。
「土魚はこのようにキリがないので、校舎の入口まで【簡易結界】で通路を確保し、内部のモノを始末しようかと思いますが、いかがでしょう?」
「今日の装備では無理だろう。偵察用の小型無人機で内部を調査したい。扉を開けてくれないか?」
小隊長が、校舎の鍵を魔装兵ルベルに渡した。アーテル共和国のサリクス市教育委員会から預かった予備だと言う。
「中の調査も、魔法でできるんですけど、見たい人、居ますか?」
ルベルは、アーテル兵が共通語に訳し終えるのを待って、バルバツム連邦から来た陸軍兵十一人を見回した。
隊員たちは、薄気味悪そうにルベルを見て、ラズートチク少尉に視線を移し、上官を窺う。
アーテル軍の新兵は、援軍と、傭兵として指揮下にあるマコデス人の魔獣駆除業者を交互に見た。
「昔から“異郷に在ってはその土地の掟に従え”とはよく言うが、事前にもっと、ここでの戦い方の打合せができればよかったのだがな」
「アーテル軍は、研修とかしなかったんですか?」
通訳の兵は、ルベルの質問に自分の疑問を足した。
「自分も教わらなかったんですけど、もしかして、バルバツム軍も同じ戦い方だからですか?」
「私が知りたいのは、この地の“昔ながらの戦い方”だ。生き残って来た実績がある。尤も、我々では、傭兵の彼らと同じ戦い方は不可能だがな」
「できないのに聞いてどうするんですか?」
アーテル軍の新兵が、通訳そっちのけで質問する。
老練な小隊長は、にっこり笑って応じた。
「いい質問だ。全く同じ方法は無理でも、我々のやり方に組込み、応用できる可能性はある。アーテル地方に多い魔獣の種類や性質の資料は読んだが、それだけでは不充分なのだ」
ルベルは、通訳が終わるのを待って再び提案した。
「魔法による偵察を体験してみたい人、居ますか?」
「具体的にどんな魔法を使うのだ?」
「俺が【飛翔する蜂角鷹】学派の【索敵】の術で見て、あなた方には【刮目】の術で伝えます」
「すみません。ハチクマって共通語でなんて言うんですか?」
「え? えーっと、この学派……系統って言えばいいんじゃないかな?」
ルベルは、首から提げた銀の徽章を軽く持ち上げてみせた。
「俺と手を繋いでる間だけ、俺と視覚情報を共有できます」
「あの……みなさんもキルクルス教徒なんですよね? 魔法とかって」
通訳の新兵が、怯えた目で小隊長に聞く。
「生憎、私は信心深くないものでな。任務の遂行に必要ならば、どんな手段でも使う」
「えっと、は、はい!」
アーテル軍の新兵は、背中に定規でも入れられたかのように敬礼した。
「じゃ、ボールペン貸して下さい。隊長さん、手袋を片方脱いで下さい」
「何をするんだ?」
「接続用の呪印を描きます。専用のインクなら、手を離しても一週間くらい持続しますけど、力なき民だから、接触中限定の方がいいですよ」
「何故だ?」
「力なき民は、術で繋がった他人の視界と自分本来の視界を切替えられなくて、危ないからです」
「わかった。手は二本あるな。誰かもう一人、志願者は居ないか? バルバツムではできない貴重な経験だぞ」
小隊長が部下を見回す。
バルバツムの陸軍兵十名は、互いに顔を見合わせ、目顔で押しつけ合う。
やがて、通信兵が何かを諦めた顔で小さく手を挙げた。
「小型無人機の視界と比較したいと思います」
「いい着眼点だ……それでは、お願いします」
小隊長が迷彩服の肩ポケットからボールペンを抜いて寄越す。懐中電灯付きだ。
魔装兵ルベルは、バルバツム人が魔法を受容れたのが意外だった。
どう拒絶するか反応を見たかったが、それならそれで別のコトができる。
「霹靂の 天に織りたる 雷は 魔縁絡めて 魔魅捕る網ぞ」
ラズートチク少尉は、【簡易結界】の周囲で屯する土魚の群を【紫電の網】で一気に始末した。横薙ぎにしたナイフの刃から雷の網が広がり、地表に居た魔獣がまとめて炭化する。
魔装兵ルベルは、二人の掌に【開門】と【接続】の呪印を描いた。
小隊長にボールペンを返し、【索敵】を詠唱する。続いて、小隊長と通信兵の手を握り、【刮目】を唱えた。
術者の魔力が、ゆっくりと力なき民の二人に流れ込む。
ルベルが【索敵】の目を校舎に向けると、手を繋いだ二人は同時に息を呑んだ。
☆マコデス人の魔獣駆除業者ヴォルク/住民の避難は、これで足場を確保……「1728.普通に助ける」参照




