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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第五十七章 厳科

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1901/3515

1854.戦い方の違い

 魔装兵ルベルは歩道の植込みから枯枝を拾い、校庭に投げ込んだ。

 「ヴォルク先輩、どうぞ」

 「お、ありがと」

 ラズートチク少尉は、マコデス人の魔獣駆除業者ヴォルクのフリで枯枝を受取った。校庭に線を引き、血痕が染み込んだ土を囲む。

 バルバツム兵十一人と、アーテル兵一人が、固唾を飲んで見守る。


 「()の輪 天なり 六連星(むつらぼし) 満星(みつぼし)巡り

  輪の内 地なり 星の(かき) 地に(めぐ)

  垣の内 呼ばぬ者皆 立ち去りて

  千万(ちよろず)昆虫除(はうむしの)けて 雑々(かずかず)妖退(あやししりぞ)

  内守(うちまも)れ (たい)らかなりて (しず)かなれ」


 ラズートチク少尉は、直径五メートル程度の円内に【簡易結界】を掛け、校門の外へ出た。


 土魚(どぎょ)の群が、作業服の【魔除け】で阻まれて身を翻し、仲間の死骸を喰らいに土を泳ぐ。

 表層のモノが不可視の壁に阻まれ、土の上で後ろへ跳ね飛ばされた。地下も通れず、肉を前にしておあずけ状態の土魚が、円の外側にどんどん増えてゆく。

 何匹も【簡易結界】に体当たりしたが、何度試しても、結果は同じだ。バルバツム兵に射殺された土魚の死骸には、全く届かない。


 「これは【簡易結界】です。持続時間は術者の魔力によりますが、丸一日程度です。雑妖や実体を持たない魔物を防ぎ、魔獣も、弱いモノは寄せ付けません」


 バルバツム陸軍の兵士たちは、アーテル軍の新兵が、ラズートチク少尉の説明を訳す声に呆然と頷く。


 「住民の避難は、これで足場を確保して行いました」

 「一時的に安全地帯を作り出す……魔法」

 バルバツム人の小隊長が複雑な表情で呟き、アーテル軍の新兵が逐一訳す。


 「土魚はこのようにキリがないので、校舎の入口まで【簡易結界】で通路を確保し、内部のモノを始末しようかと思いますが、いかがでしょう?」

 「今日の装備では無理だろう。偵察用の小型無人機(ドローン)で内部を調査したい。扉を開けてくれないか?」

 小隊長が、校舎の鍵を魔装兵ルベルに渡した。アーテル共和国のサリクス市教育委員会から預かった予備だと言う。


 「中の調査も、魔法でできるんですけど、見たい人、居ますか?」


 ルベルは、アーテル兵が共通語に訳し終えるのを待って、バルバツム連邦から来た陸軍兵十一人を見回した。

 隊員たちは、薄気味悪そうにルベルを見て、ラズートチク少尉に視線を移し、上官を窺う。

 アーテル軍の新兵は、援軍と、傭兵として指揮下にあるマコデス人の魔獣駆除業者を交互に見た。


 「昔から“異郷に在ってはその土地の掟に従え”とはよく言うが、事前にもっと、ここでの戦い方の打合せができればよかったのだがな」

 「アーテル軍は、研修とかしなかったんですか?」

 通訳の兵は、ルベルの質問に自分の疑問を足した。

 「自分も教わらなかったんですけど、もしかして、バルバツム軍も同じ戦い方だからですか?」


 「私が知りたいのは、この地の“昔ながらの戦い方”だ。生き残って来た実績がある。(もっと)も、我々では、傭兵の彼らと同じ戦い方は不可能だがな」

 「できないのに聞いてどうするんですか?」

 アーテル軍の新兵が、通訳そっちのけで質問する。

 老練な小隊長は、にっこり笑って応じた。

 「いい質問だ。全く同じ方法は無理でも、我々のやり方に組込み、応用できる可能性はある。アーテル地方に多い魔獣の種類や性質の資料は読んだが、それだけでは不充分なのだ」



 ルベルは、通訳が終わるのを待って再び提案した。

 「魔法による偵察を体験してみたい人、居ますか?」

 「具体的にどんな魔法を使うのだ?」

 「俺が【飛翔する蜂角鷹(ハチクマ)】学派の【索敵】の術で見て、あなた方には【刮目(かつもく)】の術で伝えます」

 「すみません。ハチクマって共通語でなんて言うんですか?」

 「え? えーっと、この学派……系統って言えばいいんじゃないかな?」

 ルベルは、首から()げた銀の徽章(きしょう)を軽く持ち上げてみせた。


 挿絵(By みてみん)


 「俺と手を繋いでる間だけ、俺と視覚情報を共有できます」

 「あの……みなさんもキルクルス教徒なんですよね? 魔法とかって」

 通訳の新兵が、怯えた目で小隊長に聞く。

 「生憎(あいにく)、私は信心深くないものでな。任務の遂行に必要ならば、どんな手段でも使う」

 「えっと、は、はい!」

 アーテル軍の新兵は、背中に定規でも入れられたかのように敬礼した。


 「じゃ、ボールペン貸して下さい。隊長さん、手袋を片方脱いで下さい」

 「何をするんだ?」

 「接続用の呪印を描きます。専用のインクなら、手を離しても一週間くらい持続しますけど、力なき民だから、接触中限定の方がいいですよ」

 「何故だ?」

 「力なき民は、術で繋がった他人の視界と自分本来の視界を切替えられなくて、危ないからです」

 「わかった。手は二本あるな。誰かもう一人、志願者は居ないか? バルバツムではできない貴重な経験だぞ」

 小隊長が部下を見回す。


 バルバツムの陸軍兵十名は、互いに顔を見合わせ、目顔で押しつけ合う。


 やがて、通信兵が何かを諦めた顔で小さく手を挙げた。

 「小型無人機(ドローン)の視界と比較したいと思います」

 「いい着眼点だ……それでは、お願いします」

 小隊長が迷彩服の肩ポケットからボールペンを抜いて寄越す。懐中電灯付きだ。


 魔装兵ルベルは、バルバツム人が魔法を受容れたのが意外だった。

 どう拒絶するか反応を見たかったが、それならそれで別のコトができる。



 「霹靂(かむとけ)の (あめ)()りたる (いかづち)は 魔縁(まえん)絡めて 魔魅(まみ)捕る網ぞ」


 ラズートチク少尉は、【簡易結界】の周囲で(たむろ)する土魚(どぎょ)の群を【紫電の網】で一気に始末した。横薙ぎにしたナイフの(やいば)から(いかずち)の網が広がり、地表に居た魔獣がまとめて炭化する。


 魔装兵ルベルは、二人の掌に【開門】と【接続】の呪印を描いた。

 小隊長にボールペンを返し、【索敵】を詠唱する。続いて、小隊長と通信兵の手を握り、【刮目】を唱えた。


 術者の魔力が、ゆっくりと力なき民の二人に流れ込む。

 ルベルが【索敵】の目を校舎に向けると、手を繋いだ二人は同時に息を呑んだ。

☆マコデス人の魔獣駆除業者ヴォルク/住民の避難は、これで足場を確保……「1728.普通に助ける」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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