1853.装備品の不足
「諸の力を束ね 光矧ぎ 弓弦を鳴らし 魔を祓え」
ラズートチク少尉の魔力が輝く光の矢となり、共食いで膨れ上がった土魚を射抜く。【光の矢】が、自動小銃の通常弾を弾いた鱗を易々と貫いた。
動きを止めた魔獣は、一呼吸の間に灰と化し、風に散る。
「魔獣の防禦を突破できるかどうかは、術者の魔力と錬度によります」
ラズートチク少尉が、呆然とするバルバツム兵に淡々と解説した。
通訳のアーテル兵は、大型化した魔獣が居た校庭を声もなく見詰める。少尉が同じ説明を繰り返すと、新兵は我に返って共通語訳した。
「君も、魔法を見るの初めて?」
魔装兵ルベルが聞くと、アーテル軍の新兵は、こくりと頷いた。
サリクス市立中央小学校の校庭には、自動小銃の掃射で死んだ土魚の夥しい死骸が転がる。血塗れの地面を泳いで来た土魚が、次々同族の死肉に喰らいついては大きくなってゆく。
「実体を持たない魔物は、霊視力のない目には視えず、通常兵器の攻撃も効きません。この世の肉体を持って、可視化した魔獣でも、成長すれば防禦も強くなり、駆除し難くなります」
ラズートチク少尉は、通訳が終わるのを待って続けた。
「魔獣はなるべく小さい内、この世での存在が希薄な内に倒すのが鉄則です」
魔獣駆除業者の作業服を着た腕が、土埃を上げる校庭を示す。
一回り大きくなった土魚が、仲間の死骸を食い尽くし、再び土中へ潜る。
「逃がすな! 撃て!」
小隊長の声と同時に銃声が轟き、校庭に血飛沫が舞う。
攻撃から身を守る知能がないのか、銃による攻撃を認識できないのか。潜りかけた土魚が土中から姿を表し、目の前の死肉に喰らい付く。
撃ち尽くした三人が退がり、二番手の三人に代わった。
僅かな隙に新手の土魚が現れ、校庭の土を波立たせる。
二番手、三番手も撃ち尽くし、また一番手が前へ出る。
血と硝煙が濃くなるだけで、一向に終わりが見えない。
「これでは、校舎内を確認するどころでは……」
バルバツム軍の通信兵が、ヘルメットで守られた頭を抱える。
ラズートチク少尉と魔装兵ルベルは、共通語がわからないフリで通す。
アーテル軍が弾薬不足に陥ったのが、よくわかる戦い方だ。
魔獣駆除の支援名目で派遣されたバルバツム軍も早晩、アーテル領に持参した弾薬が尽きるだろう。
魔装兵ルベルたちは先日、ラクリマリス王国領からインターネットで、共通語圏のニュースを見た。
複数の報道をまとめると、この派遣自体、バルバツム連邦内の様々な層から反対の声が上がる中で強行されたものだ。
賛成したのは、キルクルス教団や、信仰の繋がりを重んじる層が中心で、世俗派の多くは反対の立場を取る。
多額の予算を割いてまで弾薬を補充するか……できるのか。
ルベルには、両者の関係が今後どう変わるか読めなかった。
小隊長の指示で、通信兵とアーテル軍の新兵が、軍用車へ走る。すぐ、予備の弾倉を抱えて戻った。
バルバツム軍の兵士は、魔獣との戦い方について、アーテル軍からロクな情報を与えられなかったらしい。
土魚が剥き出しの土を移動する件は伝わったらしく、歩道の植栽には近付かず、担当する小学校の校庭にも足を踏み入れないが、彼らの反応を見た限り、この地では子供でも知る常識を知らないようだ。
……バルバツムを発つ前に情報収集とかしなかったのか?
アルトン・ガザ大陸南部にも、両輪の国は多数ある。
魔法と科学による軍事研究の論文や、魔獣の生態研究など、共通語で読める論文はたくさんある筈だ。
……急に言われて来たから、調べる暇がなかった? いや、でも、普段から魔獣と戦ってたら知ってるよな?
もっと上の指揮官止まりで、現場まで情報が回らなかったのか。
ルベルは思い付く限り可能性を並べてみたが、キルクルス教文化圏の純粋な科学文明国の判断基準がわからず、考えたところでわかるものではなかった。
「今日の任務って、この小学校に居る魔獣の駆除ですよね?」
ルベルは、バルバツム人の小隊長に湖南語で声を掛けた。
アーテル軍の新兵が、銃声に負けない大声で共通語訳する。
「そうだが、このままでは、ここで弾薬が尽きてしまう、だそうです」
「使い減りしない武器は、持って来てないんですか?」
「アーテル陸軍対魔獣特殊作戦群には、光ノ剣と言う聖められた剣がありましたよ」
ラズートチク少尉も話に加わり、小隊長の反応を見る。
バルバツム人の小隊は、射撃中の者を除いて微妙な顔になった。
「なるべく接敵しないよう、遠距離から攻撃するのが鉄則だ」
「校舎内では、そうも言ってられないのでは?」
ラズートチク少尉が無人の校舎を見遣る。
三階の窓で、赤いモノがヒラヒラ動いた。鮮紅の飛蛇だ。
「アーテルではどうか知らんが、我が国では、鍛冶分野の星道の職人が絶えて久しい。光ノ剣は、古い教会には何振りか現存するが、戦闘に耐えられる状態のものはない」
「えぇッ? じゃ、どうやって魔獣と戦ってたんです?」
アーテル軍の新兵が、年相応の驚いた顔で援軍の小隊長を見る。
「今、言った通りだ。一応、バトルナイフは携行するが、銃が効かない化け物相手では、気休めにもなるまい」
「刃に【魔除け】などの術を掛ければ、多少は効くようになりますよ」
不意に銃声が止み、ラズートチク少尉の声が腹に響いた。
小隊長が手振りで部下を退がらせる。
「もう一度、お前たちの戦い方を見せてくれないか?」
「いいですよ」
少尉は気軽に応じ、校門前から再び【光の矢】を放った。五匹同時に存在の核を射抜いて灰に変え、校庭に足を踏み入れる。
土埃が、少尉を避けた。
「俺たちの服には【魔除け】があるから、土魚みたいな小物は逃げるんです」
「我々とは別の理由で、近接戦闘に向かんのだな」
バルバツム人の小隊長は、ルベルの説明をすんなり飲み込んだ。




